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安易な二項対立では語れない。『モダンサッカー3.0』は「工夫」のヒント

2023.08.15

<コーナータイトル>
『モダンサッカー3.0』書評#2

好評発売中の『モダンサッカー3.0 「ポジショナルプレー」から「ファンクショナルプレー」へ』は、イタリアでカルト的な人気を誇る若手指導者アレッサンドロ・フォルミサーノの革新的なメソッドがまとめられた一冊だ。書評企画の第二弾はサッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』を主宰し、育成年代の指導者も務めるらいかーると氏。現場視点で感じた素直な感想を綴ってもらった。

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 『モダンサッカー3.0』に触れる前に、『モダンサッカーの教科書』について整理しておきたい。同書はレナート・バルディと片野道郎の対談で構成されている。画期的だったのはレナート・バルディが現役のコーチだったことだろう。現場感あふれる内容や現代サッカーのアップデートを簡潔明瞭に2人で語っていく内容は、欧州から遠く離れた日本にいる読者にとって刺激的なものになったことは言うまでもない。欧州で活動しているコーチから生の情報を得る気軽な手段もなかったことから、サッカー本界隈にとっても意義深いシリーズ本となった。

 その『モダンサッカーの教科書』と比較すると、『モダンサッカー3.0』は少し毛色の異なる内容になっている。前者は現代サッカーについて様々な角度からレナート・バルディが語るものだったが、後者はフォルミサーノが現代サッカーについて語るのと同時に、独自の考えやメソッドを提唱するものとなっている。

「戦術的秩序の流動化」→「マンツーマン再興」の流れ

 「モダンサッカー1.0」をサッキによるゾーンディフェンス革命、「モダンサッカー2.0」をグアルディオラによるボール保持による試合支配とすると、「モダンサッカー3.0」は戦術的秩序の流動化と、フォルサミーノは定義している。戦術的秩序の流動化がサッキやグアルディオラの起こしたパラダイムシフトほどの変化になるかは、いまだにわからない。一方で現代サッカーにおいて、幾何学な分析が効果的でなくなりつつあることは紛れもない事実だろう。

 ポジショナルプレーの優位性といえば位置的優位、数的優位、質的優位だ。賢明なるフットボリスタ読者の方ならば何度も目にしてきたことだろう。これまでのサッカーの試合は往々にして上記の3つの優位性で説明することができていた。多くの人が果敢にチャレンジしているマッチレポで唐突に現れる配置図は、位置的優位と数的優位を表す地図ということができるだろう。位置と数で得た優位性を相手陣地まで紡いでいき、最後までその優位性を活かすのか、質的優位を発揮しやすい状況を作るのか、はたまたその優位性を試合支配に役立てるのかはチームのゲームモデルによって異なるが、大切なことは優位性をどのように認知、共有するかだ。

 しかし、モダンサッカーは進化を続けていた。

 相手の配置に延々と殴られるチームは減り続けている。この配置で優位性を得ました! なんて状況が延々と続くことはなくなりつつある。相手の配置に対して可変システムで対抗したところで、相手もポジショナルディフェンスで対抗して終わりである。フォルミサーノの言うところ、戦術的秩序の流動性がまさにここにある。幾何学な分析が今でも大事なことは言うまでもないが、幾何学な分析を中心に試合を語ることに限界がきていることもまた間違いない。頻繁に入れ替わる選手の位置関係、サリーダ・ラボルピアーナを中心とする可変システムのバリエーションは増え続けている。それはつまり、戦術的秩序の流動化によって、その都度に最適化される配置を幾何学なアプローチで語ることが適さなくなったと言う方が正しい表現になるかもしれない。だからと言って、プレー原則ですべてを語ることもまた困難な作業になるので、現代サッカーは解説者泣かせの時代と言えるだろう。

ポジショナルプレーの代表格ペップ・グアルディオラが率いるマンチェスター・シティにめっぽう強いブレントフォード。昨季3冠を成し遂げたチームに対し、リーグ戦ではシーズンダブルを達成している

 相手の配置、役割が流動化する中で、プレッシング側の振る舞いはとうとうマンマークをベースにするチームが増えてきている。相手のビルドアップをマンマークで仕留め、自陣に撤退した時は5バックで頭数を揃える守備が目立つようになり、「位置」と「数」の優位性を気軽に掴むことは難しくなってきている。5レーンアタックも5バックによる迎撃で抑えられる現代サッカーにおいて、次のキーファクターはスペースメイクとスペースアタック、6人目の加勢となりつつある。

幾何学の先にあるのは阿吽の呼吸?

 では、ピッチでは同数の勝負が増えていく中で、何が違いを生み出すのか?……

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モダンサッカー3.0

Profile

らいかーると

昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』(小学館)。

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