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「偽9番」とは何か?ウルティモ・ウオモ戦術用語辞典

2023.07.08

近年、サッカーの試合中継や各種メディアで頻繁に耳にし、目にするようになったのが、「ポジショナルプレー」や「ハーフスペース」といった戦術用語だ。しかし、その本当の意味や狙いを、果たしてどれほどの人が理解しているだろうか。おそらく、漠然としたイメージしか浮かばない方も少なくないはずだ。そこでイタリアの新世代WEBマガジン『I’Ultimo Uomo(ウルティモ・ウオモ)』の人気連載「戦術用語辞典」を『footballista』の監修のもと1冊の本にまとめた完全保存版『footballista×l’Ultimo Uomo 戦術用語辞典』から、基本用語から新語まで、現代サッカーを語る上で欠かせない戦術的キーワードの一部をお届け。その言葉の成り立ちから一つずつ丁寧に読み解いていこう。

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バルセロナ時代のペップ・グアルディオラとリオネル・メッシによって打ち出されたのが、「ファルソ・ヌエベ(偽9番)」という戦術的新機軸だった。ただし、現代に“純粋な”偽9番がどれだけいるのか、疑問でもある。一般的な9番との明確な違いは、果たしてどこにあるのか。

 「偽9番」という呼び方は今やブームとなっている。しかし実際のところ、センターフォワード(CF)として起用されたプレーヤーがピッチ上で古典的な「9番」として振る舞うのか、それとも「偽9番」として振る舞うのかを、彼の身体的、技術的特徴だけから判断することは難しい。彼が「偽9番」かどうかは、身長が180cmを超えているかどうか、あるいは彼がキャリアの中で初めて本来とは異なるCFとして起用されたかといった要素によって判断されるわけではないからだ。

 「発祥の地」であるスペインにおいて「ファルソ・ヌエベ」は、その機能と役割が明確に定められた1つのポジションだと考えられている。

ポジションと役割の起源
Origine del ruolo e del termine

 機能と役割が明確に規定された現代的な「ファルソ・ヌエベ」が初めて登場したのは、2009年5 月2日、サンティアゴ・ベルナベウで行われたレアル・マドリー対バルセロナでのことだ。

 この「エル・クラシコ」は、チャンピオンズリーグ(CL )準決勝の第1レグと第2レグに挟まれる日程となっており、それゆえチェルシーとの第1レグをホームで戦ったにもかかわらず0-0で終えたペップ・グアルディオラ監督(当時)は、この試合ではターンオーバーに踏み切るだろうと予想されていた。しかし、グアルディオラはレギュラー全員をピッチに送り出しただけでなく、歴史に残る新たな戦術的新機軸を打ち出したのだった。

 ペップはリオネル・メッシを、サミュエル・エトーとポジションを入れ替えて前線中央で起用しただけでなく、シャビ、アンドレス・イニエスタという2 人のインサイドハーフと連携して、Rマドリーの2 ボランチ(ラサナ・ディアラとフェルナンド・ガゴ)に対して常に数的優位を作り出すというタスクを委ねた。メッシはインサイドハーフがボールを持つと、CF のポジションを離れて中盤に下がり彼らと連携してポゼッションの確立を助けた。

 偽9番に求められる、あらかじめ決められた動きは習得が必要であり、その場で求められて即興的に対応できるものではない。ただしこの議論はメッシには当てはまらない。2013年にスペインで出版された本『ペップ・グアルディオラ、もうひとつの異なる勝ち方』(ギジェム・バラク著)によれば、グアルディオラは試合の前夜になって初めて、メッシを監督室に呼び寄せて新しいタスクについて議論した、とされている。そして翌日の試合でメッシは、生まれた時からこのポジションを務めてきたかのようにプレーしてみせたのだった。

 数的優位を活かし2ライン間でフリーになってパスを受けたメッシには、ターンして前を向きスピードに乗って最終ラインに突破を仕掛ける時間とスペースがあった。当時Rマドリーを率いていたファンデ・ラモスがピッチに送り出したクリストフ・メッツェルダーとファビオ・カンナバーロのセンターバック(CB)ペアにとって、この状況からメッシを止めることは事実上不可能だった。2人のどちらかがメッシに前を向かせないよう最終ラインから飛び出してプレッシャーをかけに行けば、その背後に残したスペースをすかさずウイング(エトーあるいはティエリ・アンリ)がアタックする。このシーズンを最後にRマドリーからユベントスに復帰することになるカンナバーロは後日、「本物の悪夢だった」と振り返っている。結果は2-6でバルサの圧勝だった。

09年5月2日のエル・クラシコ。「偽9番」として初めてプレーしたメッシ(右)だったが、RマドリーのCBコンビ、メッツェルダー(左)とカンナバーロを巧みに釣り出し、その背後のスペースを有効活用することに成功した

 この日から「偽9番のメッシ」はヨーロッパ中のチームを困難に陥れ、グアルディオラはあまりにも有名な「我々にCFは必要ない。我々のCFはスペースだから」という名言を残すことになる。大仰で誇張されたようにすら聞こえるこの言葉は、しかし「偽9番」の本質をきわめて的確に言い当てている。実際、通常CFが占有しているスペースは空けられ、その度ごとに異なるプレーヤーによって活用することが可能だ。

 当時メッシのバルサと対戦したチームは、様々な偽9番対策を試みた。2011年、Rマドリーを率いていたジョゼ・モウリーニョは、最終ラインの前にもう1人CB(ペペ)を置くことで、0-0の引き分けをもぎ取った。ミランを率いていたマッシミリアーノ・アッレグリは、2013年のバルサ戦(グアルディオラはすでに去っていたが)で2ライン間を縦横両方向に狭く保つことで、メッシがパスを受けて前を向くこと自体を不可能にした。

 偽9番そのものに関して言えば、グアルディオラがサッカー史上初めて導入したというわけではない。戦術の歴史はある意味循環によって成り立っており、ある種の戦術は単にそれへの対策が忘れ去られたという理由によって復活することがある。実際、メッシ以前にも少なくないCFがこのポジションを独自の解釈でプレーしていた。……

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ウルティモ ウオモ

ダニエレ・マヌシアとティモシー・スモールの2人が共同で創設したイタリア発のまったく新しいWEBマガジン。長文の分析・考察が中心で、テクニカルで専門的な世界と文学的にスポーツを語る世界を一つに統合することを目指す。従来のジャーナリズムにはなかった専門性の高い記事で新たなファン層を開拓し、イタリア国内で高い評価を得ている。媒体名のウルティモ・ウオモは「最後の1人=オフサイドラインの基準となるDF」を意味する。

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