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tkq的書評。イブラヒモビッチ自伝は『課長島耕作』である

2022.10.24

『アドレナリン』発売記念企画#7

7月29日に刊行した『アドレナリン ズラタン・イブラヒモビッチ自伝 40歳の俺が語る、もう一つの物語』は、ベストセラー『I AM ZLATAN』から10年の時を経て世に出されたイブラヒモビッチ2冊目の自伝だ。 訳者の沖山ナオミさんのおすすめエピソード紹介に続いて、ここからは異なる立場からこの本をどう見たのかを聞いてみた。

第4回は、別にイブラヒモビッチ好きではないが、掛け合わせると面白いかなというイージーな理由でtkq氏に書評を依頼。果たして、彼は『アドレナリン』をどう読んだのか?

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もはや三国志の武将?サッカー界の天上天下唯我独尊男

 「俺さ、劉備玄徳の生まれ変わりだと思うんだよね」

 サークルやらなんやらで抜群のコミュ能力を発揮し、友人も多数で人望があった大学時代の友人Tは、飲み会で当時こう嘯いていました。それを聞いた私は「夷陵で蜀軍ごと壊滅させたるぞ」と内心思いましたが、若さゆえの傲慢と未来への希望が入り混じった発言は非常に印象的で、今でも覚えています。

 少年から青年、そして中年へと人間は年を取っていきます。加齢は誰しもが経験することであり、どんな超人でさえもその時の流れからは逃れられません。それは、サッカー界における天上天下唯我独尊男であるズラタン・イブラヒモビッチにおいても例外ではありません。

 イブラヒモビッチについて今さら紹介することはないでしょう。長身ながらも華麗なテクニックと強靭なアスリート能力を兼備し、アクロバティックなゴールを積み重ね、数々のタイトルを獲ったサッカー界の生きる伝説です。また、その反面、歯に衣着せぬ言動でしばしば話題になる人物でもあり、時には傲慢にさえも見える圧倒的な個性の持ち主、それがイブラヒモビッチです。

2021-22シーズンのセリエA優勝セレモニーでミランが11年ぶりに獲得したスクデットを、両腕を広げるお馴染みのポーズで祝福するイブラヒモビッチ

 そのイブラヒモビッチが40歳になりました。それを記念してなのかどうかはわかりませんが、発行された自伝が本書になります。実はこの自伝は2冊目で、前回の自伝『I AM ZLATAN』は未読です。前回の自伝はちょうど10年前に発売してるんですね。つまり、私にとって、ズラタン・イブラヒモビッチに関する書物を読むのは生まれて初めての経験となるわけです。

 そりゃ、期待しますよね。あの圧倒的才能に裏打ちされた自信を持つイブラヒモビッチが、どういうことを書くのか。たぶん、イブラヒモビッチが古代中国とかに生まれていたら一介の平民から王朝を打ち立てるくらいまではできたと思うんですよ。首都の名前を「威武」とかに変えて強引な遷都しちゃったりしてね。まあ油断して、部下に毒殺されるんですけど。そんな傑物なので、我々の知らないところで宇宙人とサッカー対決をして地球を救ってたりもするかもしれないじゃないですか。そこまではいかないにしても、その圧倒的個性から繰り出される伝説エピソードが乱打されるのではないでしょうか。読む前はそんな予想をしていました。

本書でも「俺様エピソード」満載だが…

 実際、確かに自信は満々です。当然ながら、一人称は「俺」です。サッカー界一人称ピッタリ選手権をやったら間違いなく1位を獲るのがイブラヒモビッチの「俺」でしょう(2位はシックの「弊機」)。エピソードも俺中心ワールドのものが満載。例えば、サンレモ音楽祭のエピソードは、サッカーじゃないのに主役感がビンビンでしたね。イタリアの音楽祭にゲストとして呼ばれたイブラヒモビッチは、その即興のトークがウケまくって、1日2回の登場だったのを何回も出るようになったそうです。「俺のショーになっていた」と断言していますが、実際そうだったのだろうと信じられるくらい存在感はありますよね。音楽祭でイブラヒモビッチ見たいですもん。

サンレモ音楽祭で爆笑するイブラヒモビッチ

 マテラッツィとの因縁イベントも面白かったです。ユベントス時代に仕掛けられたラフプレーを恨みに思って、途中でインテルで3年間チームメイトとなった時も辛抱強く待ち、その後ミランに移籍後に復讐を遂げるのです。ラフプレーから5年後のミラノダービーで、イーブンなボールの競り合いの時に、両足でスライディングに来たマテラッツィをジャンプでかわして、エルボーを食らわせて病院送りにしました。あまりにもプロの手口で笑ってしまいました。総合格闘技でしょ、もうこれ。

2010-11シーズンのセリエA第11節で、どさくさに紛れてマテラッツィに肘鉄をお見舞いするイブラヒモビッチ

 そもそも、冒頭から「俺は神だ」と名乗っていますからね。このご時世、というか古代から自分を神と名乗る奴なんて詐欺師かファラオくらいしかいないわけですよ。それでもイブラヒモビッチは名乗るわけです。もう自信の塊ですよね。ただ、40歳となった今となっては、そこにこう続くわけですよ。「ちょいと老いぼれた神だ」と。……

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Profile

tkq

世界ロングボール学会(WLBS)日本支部正会員。Jリーグの始まりとともに自我が芽生え、カントナキックとファウラーの薬物吸引パフォーマンスに魅了されて海外サッカーも見るように。たぶん前世でものすごく悪いことをしたので(魔女を10人くらい教会に引き渡したとか)、応援しているチームがJ2に約10年間幽閉されています。一晩パブで飲み明かした酔っ払いが明け方にレシートの裏に書いた詩のような文章を生み出そうと日々努力中です。【note】https://note.mu/tkq

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