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「墓に入る寸前だった」壮絶な過去も、2度の靭帯断裂も乗り越えて。躍進オサスナで誰よりも愛される男、チミー・アビラの物語

2022.10.09

ルイス・エセキエル・アビラを知っているだろうか。チミー・アビラと言えばピンとくる人も、そうでない人もいるだろう。ラ・リーガで6位(第7節時点)につけ2022-23序盤戦のサプライズになっている、オサスナのエースアタッカーのことである。名前だけではピンとこない人の中にも、全身に彫り込まれたタトゥーやまくし上げられた短パンスタイル、ゴール時に披露する豪快なバク転などと聞けば、その姿が頭に浮かんでくるかもしれない。

ただ、それらはこの28歳のアルゼンチン人FWのほんの一面でしかない。彼はオサスナ加入後、2度の靭帯断裂で1年以上を棒に振っている。絶望を味わいながら、それでも復活を遂げられた背景には、サッカー選手となる以前の壮絶な半生があった。そしてもちろん、そのプレーにも目を見張るものがある。

代表歴はなく、世界中の視線を集めるカタールW杯で脚光を浴びるなんてこともないだろう。それでも、注目してほしい選手の1人としてスポットライトを当てたい。

 「人生で間違いを犯した。いろんな悪いこともした。幼馴染たちは刑務所にいるか墓場にいる。自分も墓に入る寸前だった。神にひざまずいて謝りたい。神は許してくれたと思っている」

 ドキュメンタリー『情熱。チミー・アビラによれば……』はこんな独白で始まる。

 チミー・アビラの苦闘とは2度十字靭帯を切ったこと――1度目は2020年1月、2度目は同年9月、復帰2週間後のことだった――だと思っていたが、そうではないのだ。

無実の罪で2年間、サッカー自体を取り上げられる

 1994年、アルゼンチンの貧しい地区の貧しい家で9人兄弟の初めての男の子として生まれた。壁はブロックを積んだだけ、床は土がむき出しの掘立小屋。「風が吹くと、屋根が飛ばないように押さえた」(チミー。同ドキュメンタリーより)。家の前は原っぱになっていて――というか原っぱの中に家がある感じ――チミーはそこで初めてボールに触れるのだが、ボールを蹴る子供たちの中には今も裸足の子が混じっているし、母と兄弟たちの家もまだ原っぱにあって、彼が幼少の頃からあまり変わっていないように見える。それだけ昔が過酷だったということだろう。

 チミーは母と兄弟たちを経済的に支え、原っぱで学んだサッカーが今、チミーを支える。

 21年3月に2度の前十字靭帯断裂から復帰するまで421日間かかっているが、17歳の時には2年間、サッカー自体を取り上げられている。

 18歳の誕生日、プロ契約寸前に所属クラブから窃盗容疑で訴えられて刑務所入り。後に無実が証明されるが、サッカー界から追放状態となって建築現場で働くことになる。その頃には今の奥さんと同棲していて長女が生まれており、生活を支える必要があったのだ。

 キリスト教への信仰を深めたのもこの時だ。長女は呼吸器系の重い病気にかかり、医師から死を覚悟するように言われたものの、涙を流しながらの祈りが通じたのか奇跡的に回復。「神の偉大さを知った」と振り返るチミーの首からは十字架が外せない。

自身のTwitterに投稿した、2人の娘との1枚

 2015年にアルゼンチンのサン・ロレンソのテストに合格してサッカー界に復帰。2017年にスペインへ渡りウエスカで1部昇格に貢献しアイドルとなり、19年にオサスナ入りする。移籍直前、ウエスカで降格を経験し「ファンに申し訳ない」と涙を流して謝っていたチミーに、オサスナはエル・サダール・スタジアムの応援風景のビデオを渡して「我われのファンの『チミー』コールの中でプレーしてみないか」と説得して成功。スタンドが急傾斜で観客との距離感が近いスタジアムは、「前へ」というラグビー的な伝統的なスタイルと併せて“イングランド風”というふうに私は感じるが、彼には故郷を思い出させた。

彼がオサスナそのもの

……

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オサスナチミー・アビラ

Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。