SPECIAL

【3日間無料】ズラタン=マーヴェリック?ミランでの物語に『トップガン』を重ねる

2022.09.20

『アドレナリン』発売記念企画#5

7月29日に刊行した『アドレナリン ズラタン・イブラヒモビッチ自伝 40歳の俺が語る、もう一つの物語』は、ベストセラー『I AM ZLATAN』から10年の時を経て世に出されたイブラヒモビッチ2冊目の自伝だ。 訳者の沖山ナオミさんのおすすめエピソード紹介に続いて、ここからは異なる立場からこの本をどう見たのかを聞いてみた。

第2回はサッカーファンにはお馴染みのフリーアナウンサー、倉敷保雄氏。アヤックスとヤリ・リトマネンを愛する彼は、ズラタンのミランでの物語を“ある映画”に重ね合わせた。

ご購入はこちら

 10年前、ズラタン・イブラヒモビッチの自伝『I AM ZLATAN』が刊行された。当時のズラタンは30歳。無双で歯に衣着せぬ俺様感満載の文章が痛快な一冊だったが、このたび40歳になった現在の俺様を語る続編『アドレナリン』が発表された。

 昨季セリエAにおいて11年ぶりにスクデットを取り戻したACミラン。歓喜の輪の中心に最後まで若手を鼓舞し、檄を飛ばし続けた王様イブラの姿があった。「かつて在籍していたチームには戻らない」ことを自分の主義としてきたイブラが、なぜミランに戻ったのか? 2019年の暮れ、ミランがアタランタに0-5で負けたことが彼のアドレナリンを噴き出させた。そして代理人のミーノ・ライオラにこう命じる。

 「ミランに電話しろ、ミランに行くぞ!」

 2冊目の自伝は40歳のサプライズ誕生パーティーの話から始まる。そして生い立ちのこと、思い出のゴールシーン、移籍の話、ミランのロッカールームでしたこと、三つ編みヘアーへのこだわり、どう年齢と向き合ってきたか、あるいは向き合ってこなかったか。舌鋒の鋭さは健在だが、体の衰えを感じながらも現状を受け入れ、遠くない未来の引退への不安も吐露している。

ズラタンの故郷マルメで感じた愛と憎しみ

 スウェーデンの音楽グループ、バレリナス&ザ・ペンドルトーンズ(The Ballerinas & The Pendletones)が発表した『ズラタンと俺』(Zlatan & jag)という2001年のヒットソングがある。イブラがマルメからアヤックスに移籍した時に、主に故郷で流行った曲だ。

 2007年に『Foot!』という番組で、僕のアイドルであるヤリ・リトマネンの足跡を訪ねるという夢のような企画があり、当時、彼が所属していたスウェーデン南部の町、マルメを訪れた。ところが、インタビューはリトマネンの都合で当日になってキャンセル。ただ、幸い予備日に取材が可能とわかったので、ほっとしたスタッフとマルメFFのスタジアム周りを撮影することになった。試合日ではなかったが、幸いファンショップが開いていた。そこにマルメを去ったイブラを懐かしむ歌が収録されたCDが売られていた。

 ズラタンと俺は同郷なんだ
 俺が見たものをあいつも見ている
 太陽のようなあいつ
 俺たちは同じ町の出身なんだぜ

 だいたいそんな歌詞だ。マルメユースからビッグクラブへ羽ばたいていったイブラは生まれ故郷でこんなにも愛されているのだなと思った。

 だが、時は流れた。

 2019年10月にスウェーデンサッカー協会の提案でマルメに建造された彼の銅像は、翌年、地元の若者によって無惨にも破壊された。両腕を広げて立つ美しい銅像は散々傷つけられ、脚をへし折られて地面に倒された。これには流石のイブラもがっかりして「どこにいても最初はもてはやされるが、その後、貶められる。成功した人間によく起こることだ」と振り返っている。

 アヤックス時代からイブラは僕の大好きな選手だ。是非映像で確認して欲しい美しいゴールがいくつもある。銅像破壊事件は珍しくないが、イブラの身にも起こっていたと知って残念だった。自伝は心情の吐露だから読者には寄り添いたい気持ちが芽生えるものだ。

アヤックス公式YouTubeチャンネルが選出したイブラヒモビッチのトップ10ゴール

ズラタンが訴えた「プレーオフ制」への疑問

 本書はフットボールビジネスについて考えさせられるところもあった。

 先日、チェルシーの新オーナーとなったトッド・ベーリーが北部と南部のクラブによるプレミアリーグオールスターというアメリカ式のアイディアを持ち込み、これにリバプールのクロップ監督があっという間に否定的な見解を示した。

 クロップは主に日程面から反対の立場をとったと思われるが、イブラはMLS時代にこのアメリカっぽいプレーオフシステムを全面的に批判している。

 MLSでは東西各カンファレンスから上位7チームが参加してプレーオフが行われ、その優勝チームがMLS王者になる。つまりシーズン前半のカンファレンスの順位はあまり重要ではない。試合にアドレナリンを求めるイブラは呑気なチームメイトに苛立つ。

 「プレーオフモードってなんだ? あり得ねえ。2週間だけ勝利を目指してどうするんだ?」

LAギャラクシー時代のイブラヒモビッチ

 すべての試合が決勝戦と同じ。日々の全力を尽くしたトレーニングがあってこそリーグ戦の勝利に繋がる。それに懸ける選手の思いがファンに伝わり、新たな観客を呼ぶ。それこそスポーツのエキサイティングな情景だ。

 不変の興行システムなどない。アイディアは時代によりトレンドがクルクル回っていく。それでも変わらないのは目の前の試合に勝つという快感だ。勝ち続ける快楽、アドレナリンが湧き立つ感覚だ。本のタイトル“アドレナリン”はビジネスにとっても観客にとっても重要なキーワードなのだ。

現在進行形で「ズラタン物語」の未来を知れる楽しみ

 実は、僕はこの本をある映画の主人公を重ね合わせて楽しんだ。今年、大ヒットしたトム・クルーズ主演の大娯楽作品『トップガン マーヴェリック』の主人公だ。

 特殊任務のために選りすぐられた精鋭パイロットたちが集められ、そこに作戦の訓練を施す教官としてやってくるマーヴェリック(トム・クルーズ)。天才パイロットでありながら常識破りの性格が災いして、組織からはみ出したままベテランとなったレジェンドが若きエリートを成長させていく物語は世界で感動を呼び、胸を熱くさせた。

 マーヴェリックのチームに課せられたミッションは、NATO条約に違反するウラン濃縮プラントを破壊する特殊任務で、強力な相手の防空網(ディフェンス)を突破するために険しい峡谷を超低空&超高速(アタッカーの超絶技巧)で飛行しなければならない。

『トップガンマーヴェリック』の予告映像

 イブラがミランと挑んだチャレンジングもまたミッション・インポッシブル。映画ではストーリーの終盤に胸を打つのが最新式第五世代戦闘機とのドッグファイト。マーヴェリックはかつてのナンバーワン戦闘機“F14トムキャット”でパイロットとしてのテクニックのすべてを駆使して挑んでいく。ここもイブラと被る。

 スクリーン映えするスペクタクルアクションを売りにするエンターテインメントは若い世代にも響いた。果たすべきミッションに向かって一直線に進行するストーリーと感動のクライマックス。スクデットを掲げたイブラもまた感動のクライマックスを迎えた。

 ただ、この本がイタリアで発売されたのは21年12月。まだACミランは優勝していないし、彼の代理人ミーノ・ライオラは健在だった。

 本書の魅力は読者がこの続きを知っていながら読むことにもある。最終節までもつれ込んだ中での優勝。イブラはスクデットを4月に亡くなった彼の盟友であり、最高の相棒だったミーノに捧げた。それは今の僕たちは知っているが、この時のイブラは知らない。本人も知らない成功への道のりを僕たちはさかのぼって読めるという楽しみだ。

 イブラの物語は今も続いている。イブラはミランのスクデット獲得のわずか2日後に7カ月から8カ月の離脱を余儀なくされる左膝の手術を受け、7月にACミランとの契約を来年6月まで更新した。目下、リハビリ中で試合には参加していないが、本来の仕事に戻るべく記録的なスピードで回復しているという。

 ピッチへの復帰は来年1月の予定。カタールW杯への出場は叶わなかったが、今度はビッグイヤーを獲得するために(ミランがCLのグループステージを突破する必要があるけど)、年明けからはアドレナリン全開で挑戦してくるだろう。

 復活したイブラはきっと視点を逆転させる必殺のオーバー・ヘッドシュートを放つ。ミーノ・ライオラのいる空が目に飛び込むはずだ。そして、ゴール後、両腕を広げたあのパフォーマンス、イブラが世界の支配者になった気分に浸るあの瞬間を、僕はもう一度見たい。


Photos: VI Images via Getty Images, Getty Images

プレミア会員になってもっとfootballistaを楽しもう!

プレミア会員 3つの特典

雑誌最新号が届く

電子版雑誌が読み放題

会員限定記事が読める

「footballista」最新号

フットボリスタ 2022年9月号 Issue092

11、12月開催のW杯を控えた異例のシーズン。カタールをめぐる戦いの始まり【特集】ワールドカップイヤーの60人の要注意人物 【特集Ⅱ】ワールドカップから学ぶサッカーと社会

10日間無料キャンペーン実施中

TAG

『アドレナリン』MLSアヤックスイブラヒモビッチミラン

Profile

倉敷 保雄

1961年生まれ、大阪府出身。ラジオ福島アナウンサー、文化放送記者を経て、フリーに。93年から『スカパー!』、『J SPORTS』、『DAZN』などでサッカー中継の実況者として活動中。愛称はポルトガル語で「名手」を意味する「クラッキ」と苗字の倉敷をかけた「クラッキー」。著作は小説『星降る島のフットボーラー』(双葉社)、エッセイ『ことの次第』(ソル・メディア)など。