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「リスペクト」と「時間の差」。死闘の果てのリバプール2冠【FAカップ決勝・現地レポート】

2022.05.16

2月27日のリーグカップに続く「チェルシー×リバプール」ファイナルは、またしても0-0、120分間、PK戦の末にユルゲン・クロップ監督のチームが勝ち名乗りを上げた。5月14日に行われたイングランドのFAカップ決勝、「歴史ある強豪」で「善玉」のリバプールが16年ぶり8度目の優勝で今季2つ目のタイトルを獲得した激戦の模様を、現地ウェンブリー・スタジアムで取材した山中忍さんがレポートする。

 大会創設150周年に当たる今季FAカップ決勝は、リバプールがPK戦(5-6)でチェルシーを下し、歴史的偉業となる国内外4冠にあと2冠と迫った。

 延長戦を含む得点なしの120分間も、記念すべき決勝にふさわしい好勝負だった。キックオフ直後からリバプールの猛攻が始まり、ルイス・ディアスが10分間で3度も相手ゴールを脅かした。だがチェルシーも、30分間が過ぎる頃までにはクリスティアン・プリシッチに2度のシュートチャンスが訪れるなど、ボール支配ではやや劣っても内容では互角の戦いを見せるようになった。

 後半の立ち上がりは、逆にチェルシーが攻勢を強めた。しかし、プリシッチのシュートはアリソン・ベッカーにセーブされ、マルコス・アロンソのFKはバーに阻まれる。リバプールも再び形成を逆転し、終盤にはディアスとアンドリュー・ロバートソンのシュートがポストに弾かれた。続く延長30分間も互いに譲らずに突入したPK戦でも、ポストを叩いたチェルシー2番手のセサル・アスピリクエタの失敗を、エドゥアール・メンディがサディオ・マネのリバプール5本目を止めて帳消しに。サドンデスとなると、アリソンがメンディと同じく自身の左に飛んでメイソン・マウントのPKを弾き返し、延長後半に投入されていたコスタス・ツィミカスがゴール左下隅に蹴り込んで決着がついた。

FAカップ決勝のハイライト動画

「善玉」対「悪玉」

 その瞬間、ウェンブリー・スタジアムにはピッチへと猛ダッシュを見せる優勝監督の姿があった。2015年秋からのユルゲン・クロップ体制下で、国内外主要タイトルを一通り獲得したことになる今回のFAカップ優勝だが、クラブとしては16年ぶりで、指揮官にとっては初の同大会優勝。120分間の熱闘をテクニカルエリアで一緒に戦っていたような54歳にしては、驚くほどの速さだった。選手たちと歓喜のハグを交わし合った後はスタンドに歩み寄り、拳を突き上げる自身にサポーターが「イェー!」と大声を上げる定番の祝勝エール交換。両手で投げキッスまで放ったクロップの白い歯がこぼれる満面の笑みは、赤い発煙筒のスモークの中でも眩しく見えた。

 クロップほど笑顔の似合う現役プレミア監督はいない。この一戦は「善玉」対「悪玉」という見方をされたが、正義の味方の象徴さながらだ。チームは、中盤の要人であるファビーニョをケガで欠き、試合が始まると前半途中でモハメド・サラー、後半終了時にはフィルジル・ファン・ダイクもピッチを降りることになった。プレミアリーグ優勝争いとCL決勝を意識して大事を取ったようではあるが、大一番で主力中の主力を失ったことに変わりはない。それでも、果敢なプレッシングが基本の正攻法は不変。最終的に結果を手にした後の会見の席で、優勝記念の赤いTシャツを着て金色の優勝メダルを下げてはいても、「最も大切なことはチェルシーへのリスペクトだ」としたクロップは、勝利監督の見本のようでもあった。

PK戦7人目のキッカーとして死闘にケリをつけたツィミカスを抱き締めるクロップ監督

 ただし、チェルシーも単なる「悪役」では終わらなかった。この対決の図式は、リバプールと僅差でリーグ優勝を争うマンチェスター・シティのペップ・グアルディオラ監督が口にした、「誰もがリバプールの優勝を望んでいる」というセリフが背景の一部にある。チェルシーが、“オイルマネー”によるプレミアの「成り上がり」としてシティの先輩であることは事実。とはいえ、『BBC』と『ITV』の地上波2局で生中継された決勝をテレビで見守った約760万人の中には、PK戦はもちろん、終了間際の決勝ゴールという幕切れでさえ、リバプールのみならずチェルシーにも気の毒に思えると感じながら、120分間の好ゲームに魅せられていたサッカー好きが多かったのではないだろうか?

立派なファイナリスト

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FAカップチェルシーリバプール

Profile

山中 忍

1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。

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