SPECIAL

広がる分断、深く根を張るプーチンの威光…ウクライナ侵攻のサッカー界への影響と“声”を背景事情から紐解く

2022.03.06

2022年2月24日に開始された、ロシアによるウクライナ侵攻。世界情勢を揺るがす歴史的事変は、「スポーツと政治は別」という論理を超えてサッカー界にも深く暗い影を落としている。連日報道と憶測が飛び交うウクライナ侵攻について、大前提となるウクライナとロシアの関係性や今回の侵攻へ至るまでにあったサッカー界の動きとの関連、そしてウクライナとロシア両国のサッカー関係者の声を、ロシア・東欧の専門家である篠崎直也氏に背景事情を踏まえた上で紐解いてもらう。

 ウクライナとロシアはかつて「兄弟国」であった。しかし、ロシア軍がウクライナ侵攻を進めている現在、一部の親ロシア派を除く多くのウクライナ国民にとってこの表現はもはや憎悪をかき立てるものとなってしまった。両国国民も、国際政治や軍事の専門家すらも予想していなかったウクライナ全土における破壊と殺戮は世界秩序を揺るがし、サッカー選手が戦禍に巻き込まれて命を落とす悲劇までもが起きている。

「同じ民族」両国の距離感

 ロシアのプーチン大統領は昨年7月に「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」という論文を発表し、その中で両国民が「同じ民族」であることを強調していた。こうした認識自体は伝統的に両国民の間にもあり珍しいものではない。ウクライナ問題を語る際にはよく「親ウクライナ派の西部と親ロシア派の東部の分裂」という構図で説明されていたのだが、状況はそんなに単純なものではなく、言語だけを見てもウクライナ全土でウクライナ語とロシア語が混在し、両国にルーツを持つ人も多い。誰もが両国の間に親戚や友人を持っており、それほど関係が近いのである。

 「ウクライナでの戦争を止めて! ウクライナに栄光を!」と真っ先に反戦を訴えたウクライナの英雄アンドリー・シェフチェンコ(現在はロンドン在住)が普段話すのはロシア語であるし、ゼニトのセルゲイ・セマク監督(元ロシア代表)はウクライナ東部のルハンシク州出身、ウクライナ代表FWアンドリー・ヤルモレンコ(ウェストハム)はソ連時代のレニングラードに生まれ幼少期を過ごした。さらに、元ロシア代表主将のアルチョム・ジュバ(ゼニト)は父がウクライナ人だ。このように、両国を横断した背景が当たり前のように存在する。

ミラノダービーとなった3月1日のコッパ・イタリア準決勝第1レグでは、反戦を訴えるシェフチェンコのビデオメッセージが流された

 プーチン大統領に対して「最も苦しく痛ましい死を望む、人間のクズ!」と誰よりも激しい言葉で非難のメッセージを発信したウクライナ代表MFオレクサンドル・ジンチェンコは2015年にロシアのウファでプロデビューを果たし、マンチェスター・シティへの移籍後も当時のチームメイトやスタッフと交流が続いていた。  

 2019年には「ウクライナ代表チームからは、ロシアのメディアとは話すなと注意されている」と言いながらもロシアの人気ブロガー、エブゲニー・サビンのYouTubeチャンネル「クラサワ」に出演。マンチェスターの街を案内しながら「“我われ”のバーニャ(ロシアやウクライナのサウナ)が恋しい」などと和やかに質問に答えていた。また、昨年スタジアム内でロシアから観戦に訪れていた総合格闘技UFCの元王者ハビブ・ヌルマゴメドフと談笑し、一緒に撮った写真を投稿したことが母国から非難を受けている。

ジンチェンコが出演した「クラサワ」の動画。380万回を超える再生数を記録している

 このようにウクライナの中ではかなりロシアに親しみを持っている選手であったジンチェンコが、今や「奴らは兄弟国なんて言っていたが、くそったれ、俺は憎む!」と最もロシアを忌み嫌う姿勢を示しており、ロシアでは彼に対して「レイシスト、ならず者」といった批判であふれている。分断はあまりにも深刻だ。

2014年を境に一変した状況とサッカー界への影響

 今回のウクライナ侵攻の根本にあるのは、プーチン大統領が39歳の時に目の当たりにした1991年のソ連崩壊である。ウクライナを含むソ連の構成国が続々と独立。世界初の社会主義国の消滅はプーチン大統領によれば「20世紀最大の地政学的惨事」だった。欧米が主導してきた国際秩序への対抗を目論むプーチンは、首相時代の2011年に論文「ユーラシアにとっての新たな統合プラン―今日生まれる未来―」において、旧ソ連地域の再統合を目指す「ユーラシア連合構想」を提示。それに呼応するかのようにサッカー界では旧ソ連諸国のトップクラブを集めた「統一リーグ構想」が計画され、創設に向けて元ロシア代表監督のワレリー・ガザエフを代表に据え、まずはロシアとウクライナの強豪クラブのオーナーたちが理事に名を連ねて協議を重ねていた。

2022年2月、侵攻が噂される中で北京五輪の開幕セレモニーに足を運んだプーチン大統領。大会閉幕から4日後、作戦を実行へと移した

 しかし、2014年にウクライナで親ロシア政権が崩壊したことで状況は一変する。

 ロシアが国の威信を懸けて開催したソチオリンピックの閉会式、まさにその日だった。直後にウクライナ東部のルハンシク州とドネツィク州で親ロシア派勢力とウクライナ政府軍の戦闘が勃発。ウクライナ東部における紛争は8年前から続いており、この2州の都市を本拠地とするシャフタール・ドネツィクとFCゾリャ・ルハンシクはこの時から避難生活を余儀なくされている。前者は首都キエフ、後者は南部の都市ザポリージャで活動し、すでに多くの育成プログラムや社会活動が新天地で定着していることが8年という時間の長さを感じさせる。また、この時からFIFAやUEFA主催の大会ではロシアとウクライナの代表およびクラブが対戦しないよう、抽選会の際に別グループに分ける措置が取られることになった。

 そして、同年のロシアによるクリミア併合に対して欧米を中心とした世界各国が経済制裁を発動。「新冷戦」と呼ばれた東西の対立は特にメディア戦争によって鮮明となった。スポーツ界ではすぐさま、ロシアの国家主導によるドーピング問題が浮上。2018年のワールドカップ時に英国メディアが報じたロシア代表デニス・チェリシェフのドーピング疑惑に関する捏造記事の例に見られるように、フェイクニュースや捏造記事が西側メディアにも入り混じっていたため、ロシア国内では「政治問題に起因した不当なロシア叩き」として欧米への対立感情と自国への愛国心が高まっていく。

 一方、ウクライナでは各地のスタジアム内でプーチン大統領を侮辱するチャントが広まり、2018年に日本代表がウクライナ代表と対戦した際にもスタンドから響いていた2019年には代表の主力だったヤロスラフ・ラキツキがロシアのゼニトへ移籍。「裏切り者」「金の亡者」と誹謗中傷が殺到し、その後代表チームへの招集が途絶えている。こうした過剰なナショナリズムはメディアを通じてさらに増幅し、ウクライナ人とロシア人の間では親戚や友人であってもつかみ合い、殴り合いの喧嘩を避けるために政治的な話題はタブーとなっていった。

ウクライナ国内の関係者たちの言葉

 昨年末からウクライナ国境にロシア軍を集結させ、2月24日にはウクライナ全土への侵攻に踏み切ったのは、プーチン大統領の極めて偏執的で独断的な決定であろう。ウクライナの加盟に消極的なNATO、ロシアのエネルギーに依存しているドイツやフランスをはじめとした欧州主要国の慎重な外交姿勢、シリアやアフガニスタンからの撤退で顕著となったアメリカの国際舞台における影響力の低下などが複雑に絡み合い、ウクライナは東西の緩衝地として犠牲となってしまった。サッカー界ではウクライナはUEFAに加盟し、欧州の大会でもおなじみの存在となっているが、地政学や文化的な意識では欧米にとってまだまだ遠い国である。

 そして、独裁政権が続くベラルーシでは反体制運動の広まりに危機感を募らせているアレクサンドル・ルカシェンコ大統領がスポーツ選手にも理不尽な締め付けを行なっており、ロシアとの結びつきを強化。今回の侵攻をサポートしている。

 ロシアのメディアはプーチン大統領の言葉そのままに今回の侵攻をウクライナ東部のロシア系住民の保護を目的とした「特別軍事作戦」と報じているが、ウクライナや世界の多くの国はこれを「侵略」「戦争」と断言している。現在は真偽不明な情報があふれ、ウクライナで起きている個々の事象については今後詳細な検証が必要だろう。ただ、「特別軍事作戦」が超えてはならない一線を超え、多くの命が失われていることは紛れもない事実である。……

残り:6,950文字/全文:10,471文字
この記事は会員のみお読みいただけます

会員登録はこちら

プレミア会員 3つの特典

雑誌最新号が届く

電子版雑誌が読み放題

会員限定記事が読める

「footballista」最新号

フットボリスタ 2022年9月号 Issue092

11、12月開催のW杯を控えた異例のシーズン。カタールをめぐる戦いの始まり【特集】ワールドカップイヤーの60人の要注意人物 【特集Ⅱ】ワールドカップから学ぶサッカーと社会

10日間無料キャンペーン実施中

TAG

ウクライナウクライナ侵攻ロシア

Profile

篠崎 直也

1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。