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ライト・トゥ・ドリームの成功。アフリカに眠る「10億人」の可能性

2019.10.16

 今年8月末、リバプールはエースを務めるモハメド・サラーの母国エジプトに続き、インド洋に浮かぶモーリシャスでアカデミーをオープン。この“アフリカ2号店”へ入団を希望した2400人以上に上る子供たちの中から発掘された256人の“原石”は、3年計画でじっくりと “宝石”に磨き上げられる予定だ。

 こうしたアフリカ大陸でのアカデミー拡大は同大陸の2大スーパースター、サラーとサディオ・マネが共演している欧州王者に限った話ではない。バルセロナもここ数年でナイジェリア、ザンビアと立て続けにアカデミーを開設した他、バイエルンも今年に入ってエチオピアにアフリカ初となるアカデミー展開を発表している。近年、ビッグクラブはアフリカでのアカデミー運営に少しずつ力を注ぎ始めているが、先駆者であるレッドブル・ガーナが残していった教訓を忘れてはならない。

 アフリカにいち早く目をつけたレッドブル・グループは2008年に西アフリカ・ガーナでフットボールクラブおよびアカデミーを創設。こうして誕生したレッドブル・ガーナは当時同グループの“トップチーム”だったザルツブルクに「毎年2、3人の選手を送り込むこと」を目標に掲げ、数百万ユーロの設備投資で数多くのアフリカ人選手を輩出できる見込みだった。

 しかし、6年のうちにそこまでたどり着けたのはたった3人。その1人、唯一ザルツブルクのトップチームで出場機会を得たフェリックス・アジェイもわずか64分間のプレーに終わり、レッドブル・ガーナは2014年に早くも消滅(フェイエノールト・アカデミーと合併)してしまった。

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アジェイはザルツブルクのBチームであるリーフェリングを退団した後、約9カ月の無所属期間を経てスウェーデン3部のウメオに加入。極寒の地でおよそ2年間プレーを続けた後、オーストリアへ帰還している

使い捨てではない“プランB”

 「欧州のクラブによるアカデミー運営がうまくいかない理由は、プロになれなかった選手たちの行く末を見ればわかる」

 こう指摘するのは同じガーナの地でアカデミーを始めた先人トム・バーノンだ。このマンチェスター・ユナイテッドの元スカウトは1999年にトップチームを持たない育成専門組織ライト・トゥ・ドリーム(RtD)を立ち上げ、現在に至るまでマンチェスター・シティやチェルシーなど世界各国のクラブに30人以上の選手を輩出中。今ではビッグクラブからも熱視線を浴びているアカデミーの創設者はこう続ける。

ライト・トゥ・ドリーム卒業生の中にはデイビッド・アッカム(右)を筆頭にガーナ代表まで上り詰めた選手も多数

 「(アカデミーに入って)充実した施設で5年間過ごした子供が、昇格できなければアフリカの奥地に帰ることを強要される。それはその子供だけに限らず、アカデミーにいるすべての子供たちに衝撃を与えるんだ」

 「ヨーロッパの子供たちはプロになれなくても家族や社会が用意してくれる“プランB”を頼りにすることができるが、ガーナではそうはいかない。だからアカデミーがプランBを提供しなくてはならないんだ」

 この言葉の通り、RtDが用意しているのはフットボールの道だけではない。10、11歳でトライアウトを通過した子供たちには、バーノンが「私たちの“生徒”が法律家や医師になることを志したなら、15歳でアメリカに渡って(スポーツ特待生として全額支給の)奨学金を受けることができる」と独自の進路支援を明かしているように、学業へ舵を切るプランBがあるのだ。

 もちろん、ガーナに残った子供たちへの手厚い支援も忘れていない。未来のフットボーラーたちは世界各国で開催されるトップレベルのユース大会に出場しながら成長と経験を重ねることができ、今年7月には世界最大規模のユース大会であるゴシアカップの男子U-17部門を制している。さらに、FIFAルールで国際移籍が解禁される18歳を迎えてもオファーが届かなかった子供たちには、バーノンが会長を務めるデンマーク1部ノアシェランへ“昇格”し北欧で夢を追い続ける道もある。

 バーノンは「2050年までにアフリカの総人口は22億人に増加し、そのうちの10億人は25歳未満だ」と予測する。莫大な人的資源が眠っているアフリカには今後も多くのビッグクラブが進出していくだろうが、RtDのように子供たちへプランBを提供できるかどうかが成功の鍵を握るのかもしれない。

MLSにも多くのタレントを送り込んでいるライト・トゥ・ドリーム


Photos: Getty Images

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Profile

足立 真俊

1996年、岐阜県出身。生まれもっての“人見知り”を克服するためにアメリカにあるウィスコンシン州立大学でコミュニケーション学を専攻。学業の傍らで趣味として始めた翻訳活動がきっかけとなり、翻訳を通じたサッカーに関する情報発信を模索中。2019年5月、結局“人見知り”のままfootballista編集部の一員に。