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【対談】長束恭行×篠崎直也:東欧サッカーの魅力を語り尽くす

2021.11.26

2月にクロアチア1部イストラへ原大智が移籍、7月にはロシア1部ロコモティフ・モスクワの新スポーツディレクターにラルフ・ラングニックが就任、9月はCLでモルドバ王者シェリフ・ティラスポリがレアル・マドリーを撃破――。断片的な情報しか流れてこない中、2021年も何かと話題をさらっている東欧サッカー。『東欧サッカークロニクル』の著者で、クロアチアを中心とする東欧諸国のサッカー事情に精通している長束恭行氏と、同志社大学でロシア語やロシア芸術論を教えている篠崎直也氏に、その魅力を「フットボリスタ・ラボ」で語り合ってもらった。

クロアチアもロシアも「東欧」ではない?


――まずは、お二人の自己紹介からお願いします。

長束「長束恭行と言います。もともとはクイズマニアで昔からマイナーな事象が好きでした。そういう趣味が影響したせいかマイナーなクロアチアに興味を持ち、会社員を辞めて2001年から10年間、ザグレブに住みながら取材してサッカー記事を書いていました。2011年からは4年間リトアニアに移り、そこから同じくバルト三国のラトビア、エストニア、さらにジョージアやウクライナなども見て回りまして、その成果を2018年に出版した書籍『東欧サッカークロニクル』にまとめています。よろしくお願いします」

篠崎「篠崎直也と申します。ロシアで4年間過ごした経験がありまして、普段は同志社大学、大阪大学でロシア語やロシア芸術の授業をしています。専門は演劇を中心としたパフォーマンス論なのですが、その中でサッカーもちょっと入れたりしています。サッカーを通じていろんな国のことを知るのが楽しく、ライターとして原稿も書いています。よろしくお願いします」


――お二人とも実際に東欧に住んでいた経験がありますが、苦労はありませんでしたか?

長束「クロアチアに10年いる中で、もちろん日本が恋しくなることはありました。でも人間付き合いに関してはそこまで寂しいとかなかったですよ。クロアチアは肌に合っていましたし、クロアチア語も話せていたので。さらにサッカーを知っていれば自然と話が弾んでいく。『ちょっとお茶でもしよう』と誘いやすい・誘われやすい国なので、よく現地の人々とカフェで会ってはおしゃべりを重ねつつ、交友関係を広げていきました。ただもちろん、嫌な思いもしましたよ。人種差別とかね。でもそれを差し引いても、お釣りが出るくらい貴重な経験をできたのかなって気はしますね」

篠崎「私の場合はロシア語を覚える前、もうロシアの地に降り立った瞬間肌が合う感じでしたね。気候が似ている新潟出身だからかもしれません。でも、日本を恋しいと思ったことがほとんどない私みたいな人は例外で、実際ロシアにいる日本人はやっぱり日本に帰りたい、日本が恋しいと感じる人の方が多いみたいです。嫌な思いは絶対するので。東欧だと昔は本当に極悪警官ばかりで、しょっちゅう賄賂を要求されるんです。スタジアムに入る時も荷物チェックをやっている警官が本当はカメラを持ち込めるのに、『カメラは持って入れないぞ』って言ってくる。『入りたかったらそこのビールを買ってこい』って命令してくるんですよ。時間がないからお金を渡して『自分で買ってきてくれ』と返すと、今度は『お金は受け取れない』と言い始める(笑)。そういう経験をネタとして楽しめるかどうかが大きいですね。

2008年にCL決勝マンチェスター・ユナイテッド対チェルシーが開催されたルジニキ・スタジアムで、ベンチに腰かけながらファンの到着を待つモスクワ警察。現在は優しく頼りになる警官ばかりのためご安心を

 あとはご飯。ロシアは基本的にクセの強いものはないので、そんなに抵抗感なく食べられるものが多いです。その中でも1つ、ロシア料理に慣れたかがわかる基準があります。グレーチカというそばの実です。日本だとそば粉にしますが、ロシアは実のまま炊くんですね。それをご飯のように食べるんですけど、好きになれたらだいぶロシアに馴染めているという証になります。ロストフの橋本(拳人)選手も結構食べているみたいですね」


――今回の対談テーマは「東欧サッカー」ですが、そもそも東欧とはどの範囲を指すのでしょうか?

長束「クロアチアはかつてハプスブルク帝国に属してましたし、アドリア海沿岸はベネチア帝国の影響が強い。そんな歴史的観点から『俺たちは東欧ではなく中欧だ』と言っています。だからクロアチア版のウィキペディアでは、『クロアチアは中央ヨーロッパの国』と書いてあります。日本のウィキペディアでは東欧の国、バルカンの国と書いていますが、現地の人はそう思われることを嫌っているんです。地理的観点でみても『クロアチアを東西に流れるサバ川より南がバルカン半島』と現地では解釈されています。しかし、政治的観点でみると旧共産主義国として東欧に分類される。また、日本の外務省ではクロアチアが『中・東欧課』に含まれている一方、旧ソ連から独立したバルト三国は『西欧課』に含まれているので、欧州はなにかと区分が難しいですね」

篠崎「ロシアでは、旧ユーゴ諸国は全て東欧、トルコより東はヨーロッパではないという考え方が一般的ですね。バルト三国はロシアから見ると西欧ですが、心情的には東と呼びたいのですね」

長束「バルト三国は本当に微妙な立場ですよね。リトアニアはロシア人が少なく、バルト三国の中では一番反ロシア体制を作っています。でも、今もソ連を支持している人々が少なからずいて、全土からレーニン像を集めたテーマパークもある(笑)。みんなやっぱり懐かしい時代があるんですよね。クロアチアも同じくユーゴノスタルジーという考え方があったりするので」

長束氏が撮影したリトアニアのソ連懐古テーマパーク「グルート・パルカス」の展示品。レーニンの銅像や胸像、肖像画が並んでいる

篠崎「一方ラトビアやエストニアはソ連時代の銅像がだいぶ町中から撤去されている」

長束「ラトビア、エストニアは3割ぐらいロシア人がいて、サッカー界でもロシアの影響力が大きいですよね。チーム内の共通言語がロシア語だったり、監督や選手もロシア系が多かったりするクラブもあるので。サッカーの視点から見ると東欧に分類されるのかもしれません」

篠崎「そのロシアもそもそもヨーロッパなのかという議論が続いていて、自分たちにとって都合のいい時はヨーロッパを自分事のように扱って、都合が悪くなるとヨーロッパを他人扱いする傾向にあります。ロシアはユーラシア大陸に大きくかけて存在している国なので、その中でもヨーロッパ側とアジア側で感覚の違いもありますが、国民の中では『ロシアはあくまでもロシア』という認識が一番強いです」

プレーヤートレーディングで分かれる両国の移籍戦略


――今季のCLで注目を集めているシェリフはモルドバ代表として出場していますが、彼らも東欧クラブという扱いで間違いないでしょうか?

長束「シェリフが代表しているのは厳密に言うと、モルドバから独立宣言をしている『沿ドニエストル共和国』という非承認国家ですね。南オアチア、アブハジア、ナゴルノ・カラバフというロシア寄りの3地域からしか認められていないです」

篠崎「シェリフが本拠地としているティラスポリには、3割ぐらいロシア系の人々が住んでいるんですよね。ロシア軍も歴史的に駐留してモルドバと綱引きをやっている状況ですが、ロシアからするとシェリフはちょっと遠い旧ソ連の地域という感じで、正直そこまでシンパシーはないです。ただ今回のシェリフの活躍はロシアでも大きく報じられています。ロシア国内リーグの下位クラブより予算が少ないシェリフが、どうやってそんなに勝っているのかという分析特集も組まれていました」

長束「モルドバリーグは、シェリフをヨーロッパで勝たせるために外国人枠を撤廃したんですよ。それでロシアリーグでも外国人枠を撤廃した方がいいという論調が出たそうですね」

篠崎「そうなんです。ロシアリーグの外国人枠は6枠に限定されていますが、ずっと増枠について議論がされています。より外国人を入れて競争力を高めていかないと、逆に若いロシア人選手が伸び悩んでしまうのではないかという意見がある。ヨーロッパで勝つためというよりも自国選手の育成力を上げるために、外国人枠の話をしていますね。ただ今回、シェリフのやり方を見てやはり結果を得られる旨味も感じています」

プレーオフでディナモ・ザグレブを下し、初のCL本戦出場を果たしたシェリフ。グループステージでも格上シャフタールと名門レアル・マドリーを破る大番狂わせを演じた謎のクラブとして、その名を世界中のサッカーファンに知らしめた。1試合を残しながらEL決勝トーナメントプレーオフへ進む3位を確定させており、欧州での冒険はまだまだ続く

長束「ただ、モルドバリーグのように完全に外国人枠を撤廃すると、国内の選手が育たなくなってしまいますよね。現地の情報を追いかけていても、やっぱり国内で不満は出ています。モルドバの選手が出てないのはどうなのかと。ただ欧州の舞台でクラブ自体が存在感を示すことで沿ドニエストルだけではなく、モルドバという国の宣伝になっているのは確かです。だからポジティブに捉えているモルドバ人もいます」


――ロシアリーグでは橋本選手や齊藤(未月)選手がプレーしていますよね。ロシア側も限られた外国人枠の中で、日本人選手を取るニーズがあるんですか?
……

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文化篠崎直也長束恭行

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