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無名だったデフェンサを、10年足らずで国際タイトル制覇へと導いた「信念」

2021.02.09

2021年1月、コパ・スダメリカーナでクラブ初となるタイトル獲得を成し遂げたデフェンサ・イ・フスティシア 。やはり監督として初の戴冠となった元アルゼンチン代表FWエルナン・クレスポに注目が集まりがちだが、この成功はクラブの確固たる信念を抜きには語れない。快挙を記念して、クラブの足跡とポリシーについて取り上げたフットボリスタ第69号(2019年5月発売号)掲載のコラムをあらためて公開する。

 2018-19スーペルリーガ(アルゼンチン1部/当時)は、私が贔屓にするラシンの優勝で幕を閉じた。第4節(全25節)から首位を守り続け、26チーム中、最多勝利(17)、最多得点(43)、最少失点(16)という好成績だったが、終盤まで首位を争ったデフェンサ・イ・フスティシアとの直接対決がある最終節を前に優勝が決まった時は、うれしさと安堵感が混ざった複雑な感触を覚えた。デフェンサがあまりにもしたたかで、最後にひっくり返されてしまうのではないかとハラハラさせられたからだ。

2014年に初昇格、常に攻撃サッカー

 このデフェンサ、ほんの数年前までは下部リーグに属する国内でも無名のチームだった。ところが2014年にクラブ史上初の1部昇格を果たしてからというもの、低予算に合わせた賢明なチーム作りを実践した結果、2016年以降はリーグ戦で常に10位以内に入り、2017年から3年連続でコパ・スダメリカーナ出場権を獲得するという目覚ましい躍進を遂げてきた。ブエノスアイレス郊外のフロレンシオ・バレーラ地区を本拠とするデフェンサは、路線バスを運営する親会社「Halcón」(鷹)の名前をそのまま愛称とし、ユニフォームの色もバスと同じ黄色と緑を使っている。地元の人たちにとって、路線バスとデフェンサはどちらも毎日の暮らしに欠かせない大切な存在だ。創設は1935年だが、人々の憩いの場となるソーシャルクラブとしての活動が主だった期間が長く、本格的にサッカーに力を入れ始めたのは1980年代から。そして2011年、当時2部リーグにいたリーベルプレートと互角の勝負を展開して話題となった。以後、対戦相手にかかわらず攻撃的サッカーを仕掛けるチームとして警戒されるようになり、監督が交代してもそのプレースタイルを維持し続けた。

ホームの鷹!

 この陰には当然、サッカー部門の顧問を務める役員たちの信念がある。常に同じ基準で監督を選び、予算に合わせた補強で赤字を防ぎ、チーム力も維持する。言葉にすると簡単だが、組織の上に立つ者が替わるたびにすべてが変わり、荒波が立つアルゼンチンにおいて、これらを実行し続けることは非常に難しい。デフェンサの場合、2014年の1部昇格後7度も監督が交代したとは思えない安定ぶりを見せているが、国内ではごく稀なケースと言える。

 このシーズンの快進撃の立役者となった38歳の監督セバスティアン・ベカセッセ(編注:執筆当時)は、あのホルヘ・サンパオリのアシスタントコーチとして14年間従事した経歴の持ち主。華麗なパスワークによる攻撃的サッカーで熾烈な優勝争いを繰り広げ、国内のサッカーファンを魅了した。ボカに敗れて無敗記録を止められた第20節でも終始主導権を握る積極的なゲームを展開し、試合後の会見では「勝ったのはボカだが人々の心をつかんだのはデフェンサ」という名台詞を残した。惜しくも王座を逃したが、ベカセッセは「チームには今後さらに成長する余地がある」と語っている。若き監督に導かれた“鷹”のさらなる飛躍が楽しみだ。

その後も一貫した強化方針を貫いたデフェンサは1年半後、エルナン・クレスポ監督(右)の下でコパ・スダメリカーナを制し悲願のタイトルを手にした

Photos: Getty Images, Javier Garcia Martino/Photogamma

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デフェンサ・イ・フスティシア

Profile

Chizuru de Garcia

89年からブエノスアイレスに在住。1968年10月31日生まれ。清泉女子大学英語短期課程卒。幼少期から洋画・洋楽を愛し、78年ワールドカップでサッカーに目覚める。大学在学中から南米サッカー関連の情報を寄稿し始めて現在に至る。家族はウルグアイ人の夫と2人の娘。