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過去最高の「セレブレーション」はどれだ?

2014.02.02

書籍化記念 ヘンリー・ウィンターの蔵出しコラム(3)

英国の高級紙『デイリー・テレグラフ』の花形記者ヘンリー・ウィンター氏が、イングランドサッカー界の日常と激戦の記憶をたどる本誌の人気コラム「A Moment in Time あの日のオールドシアター」が、2007年12月の連載スタートから6年、『フットボールのない週末なんて』として一冊の本になりました。

1月31日の発売に合わせ、惜しくも書籍に収録できなかった過去の本誌掲載コラムを5回にわたってお届けします。第3回は、そのゴールに勝るとも劣らない、インパクト大の「セレブレーション」に注目した「2009年12月9日発売号」掲載分を。

一発芸から定番まで、“ゴール後”に拍手喝采

 2009年11月28日のマンチェスター・シティ対ハルで、ジミー・ブラードが披露したゴール・セレブレーションは、イングランド全土に“笑撃”をもたらした(シティの関係者とファンを除く)。シティ・オブ・マンチェスターでの両軍の対決といえば、大差をつけられて前半を終えたハルのフィル・ブラウン監督(当時)が、ハーフタイムにピッチ上でチームトークを行った08-09シーズンのワンシーンが記憶に新しい。今対戦で82分にPKを決めたハルのMFは、ブラウン役としてその一場面を再現し、自身の同点ゴールを祝ったのだった。

 アウェイでのシティ戦だからこそのパフォーマンス。輪になって座るチームメイトたちといい、選手たちを指差しながら叱咤するブラードの演技といい、すべてが完璧なジョークだった。ネタにされたブラウンも感服した“一発芸”により、巷では「過去最高のセレブレーションを披露した選手は誰だ?」という議論が持ち上がった。

感情の爆発、自慢の舞踏

 最も劇的だったのは、1982年のW杯スペイン大会、決勝の西ドイツ戦でイタリア2点目のゴールを決めた直後、叫び声を上げながらガッツポーズを繰り返したマルコ・タルデッリだろうか。「タルデッリの雄叫び」は純粋な感情の爆発だった。

 感極まる表情では、イングランドにも有力な候補がいる。EURO1996の準々決勝スペイン戦、PK戦で3人目のキッカーとなったスチュワート・ピアースだ。ピアースは90年のW杯イタリア大会でPKを失敗し、チームの準決勝(対西ドイツ)敗退を招いていた。苦悩の6年間の末に、母国の聖地ウェンブリーで実現した「贖(あがな)いのPK」。セックス・ピストルズの大ファンとして知られるピアースだが、仁王立ちで拳を突き上げたパフォーマンスは、パンクロッカーに勝るとも劣らない、エネルギーとフラストレーションの大爆発だった。

 ゴールが母国の命運を左右する国際大会では、そのインパクトもあって印象的なセレブレーションが生まれやすい。例えば、カメルーンのためにと現役に復帰してイタリア大会に臨んだ、ロジェ・ミラの「歓喜のダンス」。コーナーフラッグをくるりと回って腰を振る動きは、ブラジルの名手カレカから拝借したものだが、大会当時38歳だったミラの腰は10代のエルビス・プレスリーのように激しく揺れていた。

 イングランドには、ピーター・クラウチの「ロボットダンス」がある。ピッチに立つ街路灯のような長身FWは、リズミカルに腰を振ることはできないが、長い手足をぎくしゃくと動かす姿は板についている。ピッチ上でのお披露目は06年W杯予選でのゴール後だったが、デイビッド・ベッカム主催のパーティー(チャリティ目的)でも、英国のウィリアム王子との謁見(えっけん)の場でも披露された自慢のセレブレーションだ。

悪評への自虐的リアクション

 英国人は自虐的なジョークを得意とするが、そのユーモアの精神は外国人選手にも伝染するようだ。90年代にトッテナムに在籍したドイツ人のユルゲン・クリンスマンは、移籍後の初ゴールを“ダイブ”で祝った。シミュレーション癖があるという悪い評判を逆手に取ったブラックジョークだ。チームメイトたちも後を追ってピッチに身を投げ、派手なセレブレーションとなった。

 集団の演技では、EURO1996でのポール・ガスコインも忘れがたい。イングランドの面々は、大会前の夜遊びで世間のひんしゅくを買っていた。ナイトクラブで回転椅子に座り、口に酒を注がれる様子が報じられたのだから仕方がない。だが主犯格のガスコインは、問題のシーンをピッチ上で再現して国民の拍手喝采を浴びた。グループステージでのスコットランド戦、ガスコインは頭越しにボールを浮かせて相手のDFコリン・ヘンドリーをかわすと、強烈なボレーをゴール上隅に叩き込んだ。即座にピッチ上に仰向けになるガスコイン。大きく開けられたガスコインの口にドリンクボトルから水を噴射するテディ・シェリンガム。周囲の非難に対する最高のリアクションだった。

リバプール時代のクレイグ・ベラミー(現カーディフ)が、07年のCLバルセロナ戦(決勝ラウンド1回戦)で見せた“ゴルフスイング”も、印象的な「反撃のセレブレーション」だった。ベラミーは試合2日前、酒の席でゴルフクラブ片手にヨン・アルネ・リーセ(現フルアム)に殴りかかったとして、“Nutter with the putter”(パターを持った異常者)の見出しとともにマスコミから中傷されていたのだった。

 一方、穏やかなセレブレーションは、後世に受け継がれやすい点で評価に値する。イングランドではデニス・ロウ、ジミー・グリーブズといった往年の名選手よろしく、片手を挙げてさり気なくゴールへの歓声に応える選手を今でも見かける。ブラジルのベベトが、実子誕生を記念して94年のW杯アメリカ大会で披露した「揺りかごダンス」は、その後、父親になったばかりの選手に世界中でコピーされている。一発芸から定番まで、残るシーズン後半戦、そして来たるW杯でのゴールとセレブレーションが楽しみだ。

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Translation: Shinobu Yamanaka

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ヘンリー ウィンター

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