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ベルギー戦。8年間に及ぶ戦いが終わり、新たな未来が託された

2018.07.05


 ベルギーに地力の差を見せつけられる形で、日本代表のロシアW杯はベスト16で幕を下ろした。

 大会2カ月前の、ヴァイッド・ハリルホジッチ前監督の解任劇と、西野朗新監督の就任。準備期間の短さから苦戦を予想する向きもあったが、選手たちは培った力を余すことなくピッチに注ぎ込んだ。個々の能力、戦術スペックの高さを見せつけると同時に、チームとして勝ち抜く術にまだまだ改善の余地があることも思い知った。

 難敵ベルギーに立ち向かい、散った日本代表のこの試合をどう総括するべきだろうか。

 この試合には日本、ベルギーともベストメンバーをそろえてきた。格上であるベルギーと対峙するうえで懸念される材料はいくつかあった。一つは、日本の基本陣形。今大会で採用している[4-2-3-1]に対し、ベルギーの[3-4-2-1]の噛み合わせは芳しくないこと。これまで戦ってきた3試合では、この形を取る相手と対峙したことはなかった。

 例えばシャドーを担うエデン・アザール、ドリース・メルテンスへの対応をどうするか。ベルギーのビルドアップ時でいえば、ケビン・デ・ブルイネへの監視役を誰が担うか。加えて、柴崎岳や長谷部誠を最終ラインに落として3枚でビルドアップする日本のボール保持時に、ベルギーが前線の3枚を同数で当ててきた場合どう対抗するかも気がかりだった。


ベルギーが仕掛けた罠

 日本は、グループステージ3試合よりも高い位置からプレスを開始した。ベルギーのビルドアップ能力に加え、前線にタレントをそろえる陣容を鑑み、この戦い方がベストだと判断したのだろう。日本の選手の特性を踏まえても、ミドルゾーンの高い位置から積極的にボールを奪いに行く方が、自分たちの土俵で戦えると考えたのではないか。

 ただしベルギーもそれを想定していたのか、変則的なビルドアップで日本のプレスに対抗した。

最終ラインの右のスペースを餌にし、乾に二択を迫る。本当の狙いは乾の背後のエリアで長友に対し数的優位を作ること

 3バックのうち、ヤン・フェルトンゲンを左サイド寄りに配置。中央にバンサン・コンパニとトビー・アルデルワイレルト、リンク役にデ・ブルイネ。右サイドにはあえてスペースを空け、アクセル・ウィツェルが状況に応じて降りてくる。日本はフェルトンゲンに原口元気を、コンパニとアンデルワイレルトには大迫勇也と香川真司を、デ・ブルイネには柴崎岳を当ててビルドアップを阻害しようとしたのだが、問題は右のスペースに降りるウィツェルを乾貴士がどのタイミングでつかまえるかだった。

 ピッチのどこに数的優位のゾーンができているかを考えてみる。日本はルカクに対し、吉田麻也と昌子源の2枚で監視し数的優位を確保したが、それは他のゾーンでベルギーに数的優位が存在することを意味する。それはベルギーの右サイド、ムニエとウィツェルに対しマッチアップする乾のゾーンだった。

 日本とすれば、当然ウィツェルにはフリーでボールを持たせたくない。対面に位置するムニエか、目の前で浮遊するウィツェルか。ウィツェルは、乾がこの二択を迫られる状況を作り出した上で最終ラインに下りてボールを受けようとした。フリーで持たせたくない乾が釣られたタイミングで、その背後でメルテンスをケアする長友佑都に対してノーマークのムニエが加勢し、数的優位の局面を作り出すのがベルギーの狙いだった。

 キーマンであるデ・ブルイネにマークがつくことを想定し、相棒のウィツェルがカギを握ったこのビルドアップ。日本とすれば昌子をルカクの監視役から外し、一枚ずつスライドしてそれぞれに人を当てる対抗策もあっただろう。だが、それはリスクのある選択だと言わざるを得ない。結果的に、日本の左サイドはこの仕掛けに苦労することとなった。

 また、セットした状態でのベルギーのバイタルエリア攻略も見事だった。

中央で4対3の数的優位を作り、パス交換で日本の中盤をバイタルエリアから追い出す

 今度は、中央に数的優位なエリアを創出する。香川、柴崎、長谷部に対し、ベルギーはアザールとメルテンスの両シャドー、そこにデ・ブルイネとウィツェルが加勢して4対3の局面を作っていく。ボールを動かしながら、日本の両ボランチをバイタルエリアから追い出し、そのタイミングでシャドーの選手がバイタルエリアを利用しボールを受ける。

 空間把握能力の高いデ・ブルイネとメルテンスが絡み、そこにフリーマンのアザールが加わりチャンスを演出していく。特に状況に関係なく前線に残り、常に日本陣地にできるスペースに位置しボールを受けようとするアザールの存在は厄介であった。

 ただ日本も負けてはいない。噛み合わせが悪ければその分走り、ギリギリのところで身体を投げ出しベルギーの攻撃を食い止める。攻撃に関しては、ベルギーの前線3人でのプレスに3人でのビルドアップでは分が悪いと見れば(出しどころがなくほとんどが川島へのバックパスになっていた)、通常の4人でのビルドアップに変更した。

 特に両サイドバックの位置はビルドアップの逃げ場として機能した。ベルギー陣内に入れば、横圧縮しペナルティエリアの幅でブロックを形成するベルギーの5枚の最終ラインに対し、大外のレーンを活用。最も有効だったのが、デ・ブルイネとウィツェルの両脇にできるスペース。ここをとりわけ柴崎がうまく活用し、後にこれが先制点にも繋がるポイントとなる。最前線ではコンパニ相手に大迫がしっかり深さを作り、その結果できたスペースを香川が活用した。

ベルギーの中盤の脇、また横に圧縮したことでできた大外レーンのスペースを使う

 ここで一つポイントがあったとすれば、「前で奪えない」と判断したベルギーが、ある程度日本にビルドアップを許してでも「引いて守る」選択ができることだろう。バイタルエリアのケアは決して褒められたものではなかったが、前後が分断しても後ろの陣容で守り切れると判断できる点は日本にはない強みである。このままお互い一歩も譲らず、前半は終了した。


ベルギーの弱点をきっちり突いた日本

 後半に入り、歓喜の瞬間が訪れる。48分の先制点では、乾がムニエからボールを奪った瞬間、走ろうともしないアザールを尻目に、柴崎はデ・ブルイネが空けた中央のスペースに走り込む。柴崎がボールを受ける直前、チャンスが生まれると確信した原口はフェルトンゲンの背後のスペースにスプリントを開始。ベルギーのネガティブトランジション(攻→守)の遅れを意識し、構造上最も狙えるスペースをいち早く突いた柴崎の頭脳と、長い距離をきっちり走り込める原口の個性が絡み合った、まさに化学反応と言えるようなゴールだった。

 また52分の乾のゴールは、デ・ブルイネへのパスをカットした吉田が、大外にフリーで待機していた乾にパス。前線の3枚は戻る素振りもなく、デ・ブルイネも次の攻撃を考えてかゆっくり戻ろうとしていたスキを見逃さず、ベルギーの最終ライン前にできた広大なバイタルエリアを活用。ミドルシュートをきっちり枠に飛ばした。5対6と日本にとって数的不利な状況ではあったものの、ベルギーの前線が前に残りがちで、人数がそろっていてもバイタルエリアを空けてしまう最終ラインというベルギーの習性を見逃さず結果に結びつけた、見事な得点である。

 一気に優位に立った日本。ただ、「赤い悪魔」はこのままでは終わらなかった。


技術を力技に変えて襲い掛かるベルギー

 65分、ベルギーはメルテンスに代えてフェライーニ、カラスコに代えてシャドリを投入する。結果的にこの采配が、試合の大きな分岐点となった。ベルギーはピッチに並ぶ駒の特性を踏まえ、攻め筋をこれまでとは明確に変更した。

長友とのミスマッチを狙うベルギーに対し、昌子がフォローに入る

 194cmのフェライーニを170cmの長友とマッチアップさせ、「高さ」という質的優位のポイントを作る。当然、この状態でフェライーニに縦パスが入れば、危険な位置で起点を作られてしまう。日本は昌子がルカクを離し、長友のヘルプに入る。ベルギーはボールをサイドに展開し、クロスに対してフェライーニ、そして吉田と1対1でマッチアップする形となったルカクがゴール前に飛び込む戦法で日本ゴールに迫っていった。

 左サイドにフレッシュなシャドリを入れたことで、ベルギーは「左から崩し、中で高さのミスマッチを突く」という新たな形も披露することとなった。技術やスピードの駆け引きだけではなく、場合によっては高さや力強さという対極的な手法も使い分けるベルギー。そして、日本はそれを止める術を持ち合わせていなかった。

 69分、74分とセットプレーの流れから日本は連続失点、後半アディショナルタイムには自分たちのCKからカウンターを食らって決勝点を奪われた。日本はベルギーが最後に繰り出した高さ、そして彼らの最大の武器であるポジティブトランジション(守→攻)の破壊力に屈する形で、ベスト8への切符をあと一歩というところで逃すこととなった。


選手たちのポテンシャルは見事だったが…

 2010年とは異なるサッカーでたどり着いた決勝トーナメント。しかし、高い壁を超えることはまたしても叶わなかった。大会直前の紆余曲折を経て、日本代表は一致団結し世界を驚せるサッカーを披露した。ただ、それだけでは足りなかった。

 ベルギーは総力戦で臨み、試合中でいくつもの戦い方を駆使した。それはレギュラーをほぼ固定し、自分たちの土俵に持ち込む日本とは対極のもの。日本もしっかりとゲームプランを持ち、ピッチ上でそれを表現できるハイスペックな技術、個人戦術を持っていた。ただ、その大半は個人に依存したものだ。チームとして、戦況に応じた異なる戦い方を披露することはできなかった。4年前のブラジルW杯で痛感した「引き出しの乏しさ」を、またも露呈することとなった。

 加えて、選手層。国内組で、日本代表のレギュラーを奪ったのは昌子だけ。選手層の薄いポジションであるボランチには国内トップレベルとうたわれる大島僚太がいたが、1試合も出場機会を得られなかった。海外組が口にする「国内と海外は同じスポーツに思えない」というコメントは、今まで以上に重く受け止めるべきだろう。海外で鍛えられた選手がスタメンの大半に名を連ねたからこそ、短期間でこれだけのチームができた可能性は高い。

 試合後、本田圭佑は「次の世代にバトンを託す」と語った。本田ら南アフリカワールドカップ出場組にとって、この大会は8年前から続くベスト8を狙う戦いでもあった。彼らの戦いが終わっても、日本サッカーの歴史は続いていく。「感動をありがとう」で終わらせるのか、何かが足りなかったと捉えるのか。グループリーグ突破が目標だった20年と決別し、ベスト8を現実のものとするにはどの道を歩めば良いのか。大きな、大きな分岐点である。


Photos: Getty Images

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FIFAワールドカップベルギー代表日本代表

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みぎ

愛知県出身。名古屋グランパスをこよなく愛する中年サラリーマン。永遠のアイドルはドラガンストイコビッチ。海外では元バルセロナソシオ。最近の悩みは妻の視線が恐ろしくフットボールを観る時間が取れないこと。愛読書は勿論footballista。ブログ:http://migiright8.hatenablog.com/

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