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クラブW杯で醜態。サポーターと仲直りできなかったボカと、不発に終わったカバーニ

2025.07.06

EL GRITO SAGRADO ~聖なる叫び~ #18

マラドーナに憧れ、ブエノスアイレスに住んで35年。現地でしか知り得ない情報を発信し続けてきたChizuru de Garciaが、ここでは極私的な視点で今伝えたい話題を深掘り。アルゼンチン、ウルグアイをはじめ南米サッカーの原始的な魅力、情熱の根源に迫る。

footballista誌から続くWEB月刊連載の第18回(通算177回)は、信頼回復を期したクラブワールドカップ2025の舞台で、厳しい批判を浴びる羽目になってしまったアルゼンチンの名門について。

 クラブW杯に臨んだアルゼンチンの2強、ボカ・ジュニオルスとリーベルプレートは、いずれもグループステージで姿を消すという期待を裏切る結果に終わってしまった。ブラジルから参戦した全4クラブがベスト16進出を決めて南米の底力とプライドを見せつけた一方、アルゼンチン勢は持ち味を発揮することもなく、早々に開催地アメリカを後にするという対照的な結末を迎えた。

 とりわけ残念だったのは、この大会を通じてサポーターとの距離を縮める絶好の機会を活かせなかったボカである。

 チームの不振に不満を抱きつつも、クラブへの揺るぎない忠誠心から現地に応援に駆けつけたボケンセ(ボカのファン)たちは約5万人。初戦(対ベンフィカ)と2戦目(対バイエルン)の試合会場となったハードロック・スタジアム(フロリダ州マイアミガーデンズ)は青と黄色のチームカラーで埋め尽くされ、その圧倒的な数と熱量は欧州から参加したクラブ関係者やメディアを驚嘆させただけでなく、大会を主催するFIFAにも強烈な印象を残した。グループステージ第2節終了時にFIFAがSNSで入場者総数を発表した投稿にはボカのサポーターの写真が用いられ、その存在感とインパクトのほどを物語っていたのだ。

 だがチームは、そんなボケンセたちの熱い応援に応えることができなかった。

格下相手の体たらくに「動け、モタモタしていないで動け!」

 滑り出しは、決して悪くなかったと言っていい。

 ボカでの3期目をクラブW杯でスタートさせることとなったミゲル・アンヘル・ルッソ新監督の指揮の下、苦戦が予想されたベンフィカ戦では2点先制。その後ドローに持ち込まれたものの、チームにはそれまで失われていた積極性と自信が窺われ、アルゼンチンのサッカー専門メディアでは「ボカがアイデンティティを取り戻した」と肯定的な評価が下された。

ベンフィカ戦(△2-2)のハイライト動画

……

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Profile

Chizuru de Garcia

1989年からブエノスアイレスに在住。1968年10月31日生まれ。清泉女子大学英語短期課程卒。幼少期から洋画・洋楽を愛し、78年ワールドカップでサッカーに目覚める。大学在学中から南米サッカー関連の情報を寄稿し始めて現在に至る。家族はウルグアイ人の夫と2人の娘。

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