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結局プレミアリーグ優勝には何が足りなかったのか?マッチレビュアーが総括するアーセナルの23-24シーズン

2024.05.27

せこの「アーセナル・レビュー」第12回

ミケル・アルテタ監督の下で一歩ずつ着実に再建を進めているアーセナル。その復活の軌跡をいち”グーナー”(アーセナルサポーターの愛称)でありながら、様々な試合を鋭い視点でわかりやすく振り返っているマッチレビュアーのせこ氏がたどる。

今回は2023-24シーズンを総括。またしてもプレミアリーグ優勝に一歩届かなかった理由をピッチ上の成長と課題から探っていく。

 5月19日をもってアーセナルは2023-24の全日程を終了。プレミアリーグでは優勝争いを演じながらも、タイトルを獲得することなくシーズンを終えた。

 昨季と同じ2位ではあるが、成長なく1年を過ごしたわけではない。勝ち点を比べても1年前の84から5ポイント上がっている。4連覇したマンチェスター・シティの昨季に並ぶ89は、03-04シーズンの“インビンシブルズ”が達成したクラブ記録である90にも肉薄する数字だ。

 また7年ぶりに出場したCLでも、ノルマと言えるグループステージ突破(やや組み分けに恵まれた感もあるが)を無事に達成。ポルト戦ではビハインドからホームでの第2戦でやり返すことに成功して鬼門であるラウンド16を09-10シーズン以来、初めて突破した。準々決勝でバイエルンの壁を超え、レアル・マドリーと戦うことができれば最高だっただろうが、かつては明らかに格が違ったドイツの盟主と真っ向勝負できた試合内容は明らかに手応えのあるものだった。

 そうした今季の成果を本連載で書いた課題と照らし合わせながら振り返っていきたい。

「動かないほうがいい」定説を覆したライスのアンカー起用

 まずシーズン開幕当初に掲げた今季のテーマは「システムの多様化」である。特に柔軟化したのはビルドアップ。[4-3-3]の左SBが絞るアクションによる[3-2-5]変形一辺倒だった従来のアーセナルに比べると、今季は序盤戦からかなり多くの可変をテストしていた。

 焦点となるのはアンカーと並び立つ選手を誰にするかである。右インサイドハーフのウーデゴールが降りるアクションを見せることもあれば、左SBに絞る動きが苦手なキヴィオルが入った時は右SBのホワイトが中盤に入るアクションにトライした時期もあった。

 また、両方のSBが同時にインサイドに絞る[2-3-5]も想定されていただろう。このプランはSBの初期配置からMFに近いタスクを行うことができるティンバーとトーマスが安定して起用できる状況になかったため棚上げになっていたが、長期離脱から前者が戦線復帰した最終節エバートン戦でその一端を垣間見ることができた。

 さらにアンカーに起用される選手のカラーによっても少しサポートの方法に変化があった。よりポジションが静的なジョルジーニョに関しては中盤のプレスが緩いチームであれば、あえてサポートに行かずにパスワークを彼に任せることもしばしば。タクト役と主に右に流れながらサイド攻撃の後方支援を行うジョルジーニョは、プレータイムこそ限られながらも要所でチームを助けた。

 もう1人のアンカーであるライスはより列移動が多く、最終ラインに降りたり左右に動いてボールを受けたりするシーンが多かった。アンカーは「動かないほうがいい」というのが定説ではあるが、アーセナルの今の面々はSBやCBもライスに近い水準で組み立てを機能させることができるので、中央に居座ることにこだわる必要がなく、移動によって相手の守備基準を乱すメリットが勝ったということだろう。周りの選手の成長にもリンクする話である。

昨夏にウェストハムから加入したライス。チーム最多の公式戦51試合に出場する中で7ゴール10アシストを記録した

 これらの多様な仕組みをわざわざ機能させる意味はプレス回避である。22-23シーズンはシステムの固定化ゆえに相手に捕まってしまい前進が滞る場面もあったが、今季はそうした場面が明らかに減少。先に挙げたライスを活用したポジションの流動化に加えて、新たに加わった足下の技術があるGKラヤを積極的にビルドアップに組み込むことにより、シームレスなポジション移動からハイプレスをいなす場面は大幅に増えた。シーズン序盤は互いのポジション移動に戸惑うところからミスを連発していたが、中盤戦以降はそういったミスは格段に減少。収支は大きくプラスになったと捉えていいだろう。

 動きの多様化はアタッキングサードでも見られた。ハヴァーツ、トロサールといった面々はベースポジションにこだわることなくあらゆる位置に顔を出しており、ウイングやインサイドハーフの開始地点からでも逆サイドやボックス内に入り込む動きを自在に見せることができていた。アタッキングサードではプレーのキャンセルを繰り返しながら、常に相手を動かすための最善の選択肢を模索。加えて受け手となるためのオフ・ザ・ボールのサポートランは今やポジションにかかわらず、アーセナルでプレーするための最低限のスキルとなった感がある。

昨季から成長の跡が見られた試合運びと選手管理

……

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Profile

せこ

野球部だった高校時代の2006年、ドイツW杯をきっかけにサッカーにハマる。たまたま目についたアンリがきっかけでそのままアーセナルファンに。その後、川崎フロンターレサポーターの友人の誘いがきっかけで、2012年前後からJリーグも見るように。2018年より趣味でアーセナル、川崎フロンターレを中心にJリーグと欧州サッカーのマッチレビューを書く。サッカーと同じくらい乃木坂46を愛している。

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