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ウクライナの今とサッカー界の闇。代表がEUROで背負う期待、「黄金世代」が創る新時代

2024.05.25

フットボール・ヤルマルカ 〜愛すべき辺境者たちの宴〜 #4

ヨーロッパから見てもアジアから見ても「辺境」である旧ソ連の国々。ロシア・東欧の事情に精通する篠崎直也が、氷河から砂漠までかの地のサッカーを縦横無尽に追いかけ、知られざる各国の政治や文化的な背景とともに紹介する。

footballista誌から続くWEB月刊連載の第4回(通算84回)は、614日開幕のEURO2024に臨むウクライナ代表と、その戦時下にある国内サッカー界の実状について。

戦争を背景に「新・黄金時代」が到来

 ウクライナ代表にとっての「黄金世代」とは、2006年のドイツW杯でベスト8に輝いた、いわゆる「シェフチェンコ世代」だ。その時ウクライナのファンが思い描いていたのは、欧州のトップレベルでプレーしていた彼らが指導者や連盟幹部となって自国のサッカー界がさらに飛躍する未来だった。そして現在、戦争を背景として急速に歴史が動き、アンドリー・シェフチェンコが連盟会長を、現役時代に前線でコンビを組んでいたセルヒー・レブロフが代表監督を務め、このタンデム体制によってウクライナ代表は「新・黄金時代」を迎えようとしている(残念なことに黄金世代の1人で代表最多キャップ数を誇るアナトリー・ティモシュクはウクライナ侵攻後もゼニトのコーチとしてロシアに留まり続け、「国民の敵」として代表の歴史からその存在を抹消されている)。

 予選プレーオフの末、ウクライナ代表はEURO2024への切符を手にした。選手たちはロッカールームで喜びを爆発させたが、国内での反応は同日に初出場を決めたジョージア代表に比べれば冷静なものだった。そもそも欧州予選グループC最終節、スコアレスドローに終わったイタリアとの直接対決でヘスス・ヒル・マンサーノ主審がイタリアMFブライアン・クリスタンテの自陣ペナルティエリア内でのファウルを見逃さなければ、プレーオフを戦う必要すらなかった(とウクライナのファン全員が思っている)。ボスニア・ヘルツェゴビナ、アイスランドを相手にしたプレーオフは「勝って当然」の試合であり、そんなコメントが大勢を占めるほど今の代表チームは強力なメンバーがそろっている。

 レブロフ監督がEURO本大会へ向けて発表した選手たちの内訳は国内組14人に対して国外組は12人(最終登録メンバーは6月7日に発表)。国外組にはアンドリー・ルニン(レアル・マドリー)、アナトリー・トルビン(ベンフィカ)、イリヤ・ザバルニー(ボーンマス)、ビタリー・ミコレンコ(エバートン)、ミハイロ・ムドリク(チェルシー)、ルスラン・マリノフスキ(ジェノア)、ロマン・ヤレムチュク(バレンシア)、オレクサンドル・ジンチェンコ(アーセナル)、ビクトル・ツィガンコフ、アルテム・ドフビク(ともにジローナ)といったもはや説明不要の名前が並ぶ。

 国内組のほとんどはシャフタール・ドネツィクかディナモ・キーウの所属で、34歳のアンドリー・ヤルモレンコとタラス・ステパネンコの両ベテランや、欧州強豪が獲得を狙うヘオルヒー・スダコフ、ボロディミル・ブラジコ、ブラディスラフ・バナトのような21~22歳の新星たちもいる。

 国内組と国外組のこうした比率はA代表に限ったことではなく、U-19やU-17代表においても同様だ。ウクライナが突如として選手の輸出国となっている要因は、2000年以降に取り入れた欧州式の育成システムの成果が出ていることに加えて、やはり国内における戦争の影響が大きい。家族とともに戦禍を逃れて欧州へ脱出した若者たちが移住先の町のクラブに受け入れられるケースと、国内の環境悪化により選手たちが欧州でのプレーを希望するようになった背景がそこにある。戦争は悲劇であるが、欧州でプレーする機会を得た若者たちにとってこの運命はチャンスと捉えることもできる。……

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Profile

篠崎 直也

1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。

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