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W杯史に残る名勝負は、両指揮官の采配も見事だった。アルゼンチン対フランス、白熱の攻防を分析する

2022.12.20

深堀り戦術分析スペシャルレビュー

アルゼンチン代表がPK戦の末にフランス代表を退け、36年ぶり3度目の栄光を手にし幕を閉じたカタールW杯。メッシとエムバペ、両チームのエースが躍動し歴史的名勝負となった一戦の戦術的なポイントを、らいかーると氏が細かく掘り下げる。

 コンディションや累積での選手交代を除くと、グループステージからファイナルまでチームの仕組みを大きく変える必要のなかったフランス代表。一方で、サウジアラビア代表戦での衝撃から突貫工事を始め、徐々にチームとしての最適解にたどり着きつつも相手の対策も忘れない柔軟さを見せてきたアルゼンチン代表。

 両者を比較すると、結果を残してきたチームをいじりにくいフランスと、いじることで結果を残してきたアルゼンチンでは、アルゼンチンの方が決勝戦に備えて動きやすい側面があったことは紛れもない事実だろう。実際、最初に仕掛けてきたのはアルゼンチンという構図は、理にかなった流れになっていたと感じている。

違いは“グリーズマン役”の有無

 最初にフランスの差配から見ていく。

 フランスはアントワーヌ・グリーズマンとキリアン・エムバペが“バグ要員”として君臨している。ボール保持ではフリーマンとして振る舞うグリーズマンは、ボール非保持においても多種多彩な役割を担っていた。相手陣地では敵の攻撃の起点にプレッシングをかけ、自陣ではオレリアン・チュアメニの横に立ちセントラルハーフとして振る舞い、自陣のゴール前では最終ラインを埋めることで防波堤としても機能しているグリーズマンは、フランスを支える屋台骨のような存在となっていた。

 エムバペは破壊者として存在していた。メッシがわかりやすい意味において守備をしないことで有名だが、メッシよりも守備をしないことで話題になったエムベパの役割は、自身がカウンターの脅威になることで、相手に多くの決断を強いる存在として君臨すること。その仕組みは、レアル・マドリーでビニシウス・ジュニオールが担うそれと同じ発想と言っていいかもしれない。エムベパが下がらない代わりにアドリアン・ラビオがカバーリングし、中盤のスライドの穴埋めをグリーズマンが行うことで問題をチャラにする差配は怪しさこそあれど、機能していたと言っていいだろう。

 両サイドを比較すると、左はエムベパがハーフスペースへの移動を行う関係で、SBのテオ・エルナンデスが果敢に大外レーンを駆け上がる仕組みになっていた。一方で、右サイドはウスマン・デンベレが大外レーンに位置し、グリーズマンが相手のライン間をうろちょろする関係になっている。よって、途中からSBとしてスタメンに定着したジュール・クンデはあまり攻め上がらない役割となっていた。

フランスのスターティングイレブン

 次にフランスの差配に対する、アルゼンチンのかみ合わせを見ていく。この試合の一番の注目点は、アンヘル・ディ・マリアを左サイドの大外レーン担当で起用したことだった。クンデが攻撃参加をしないことを受けて、ディ・マリアが守備に奔走する必要がないという計算もあったのだろう。これまで大外レーンを担当していたマルコス・アクーニャでなく、ディ・マリアの破壊力に懸ける。そして、デンベレをニコラス・タグリアフィコで抑えるという計算は非常に理にかなっていた。

 さらに、リオネル・メッシを右サイドから中央に配置することで、エムベパと同じような役割となっていることも注目だろう。メッシが守備に下がらないエリアはロドリゴ・デ・ポルが根性でスライドすることによってどうにかする作戦は、フランスの作戦とそっくりであることがよくわかる。デンベレ役をディ・マリアが、エムベパ役をメッシが、ラビオ役をデ・ポルがと考えるとわかりやすいのではないだろうか。

アルゼンチンのスターティングイレブン

 オランダ代表戦でも見せたように、リオネル・エスカローニ監督は単純なミラーゲームではなく、相手の役割をそのまま相手にぶつける策略を採ることを好んでいるように感じる。となると、問題はグリーズマン役がアルゼンチンにはいないということだろうか。つまりエスカローニは、グリーズマンをどのように消し、グリーズマンがいない分を自分たちはどのようにカバーするか?という戦いに持ち込んだと言えるだろう。

前半:アルゼンチンが披露した、フランスの3センター解体

 フランスのキックオフで始まった試合は、アルゼンチンがボールを持つことを表明する形で幕を開けた。フランスはグリーズマンを前に出して[4-4-2]に変化するというよりは、エムベパが高い位置にいるために左サイドが前に飛び出している非対称な[4-4-2]のような形でアルゼンチンのビルドアップにプレッシングをかけていくこととなった。

 フランスは自分たちのターンがくればボールを保持しようとプレーするが、クンデを残す3バックへの変化に対してフリアン・アルバレス、メッシ、ディ・マリアがプレッシングをかけてくる構図を察知すると、ゴールキックを蹴っ飛ばす判断をしていた。決勝戦なので慎重な判断こそが正義と言っていいだろう。しかし、ボールを保持することを諦めるにはまだまだ証拠が足りない。アルゼンチンのプレッシングの論理を探る必要があるため、フランスはミスを重ねながらも懸命にボールを繋ぐ道を選んでいく。

 守備をしない傾向にある!と言っても、この試合はW杯のファイナルだ。ビックマッチになると、途端に守備をするようになるスペシャルな選手も数多く存在したが、この日のメッシも例外ではなかった。少し後ろが重ためのアルゼンチンの配置に対して、メッシはその空いたエリアを埋めるべく走る場面が何度も見られた。フランスは重心を下げてアルゼンチンを自陣に引き込もうと試してみるが、ビルドアップ隊には同数プレッシングを発動してくるアルゼンチンに対する解決策を探す序盤戦となる。

エムバペに対してチェイスするメッシ。精力的に守備にも奔走した

 ボールは持てど解決策を探しているフランスに対して、アルゼンチンは明確なルートをすでに発見しているようだった。序盤からアルゼンチンが優勢だった理由は、フランスへの対策が明確であったからだろう。多くのチームがエムベパの裏をフランスの弱点と認識していたのに対して、アルゼンチンは守備でも多彩な役割を担っているグリーズマンの裏をアレクシス・マカリスターが狙い続けること、右SBのナウエル・モリーナが囮として高い位置に進出してラビオの気を引くこと、メッシはダヨ・ウパメカノ周辺をスタートとしながら中盤に下りていくことの合せ技で、フランスの可動範囲の広い3センターの解体を狙った。そして、中盤の攻防で優位に立つことができれば、あとはディ・マリアで質的優位を相手に叩きつけてからのチャンスメイクとゴールへの道筋まで設計済みであった。

 アルゼンチンがGKを使いながらビルドアップを行うのに対して、フランスは少しずつロングボールに活路を見出すというより、アルゼンチンにボールを保持させて守備を整えたいと考えているように見えた。しかし、グリーズマンを前に出さなければアルゼンチンのビルドアップ隊にプレッシングがかからない。かといってプレッシングをかければ、アルバレスに放り込んでセカンドボールをメッシが拾う関係性に手を焼く展開となる。また、グリーズマンが前に行くとマカリスターが空く構図になってるため、ディ・マリアがより躍動する展開へと導かれていった。

 ボール保持において、どうにも困った状態のフランスはグリーズマンを起点に試合を動かしたい状況となっていく。しかし、マカリスターとエンソ・フェルナンデスに監視されたグリーズマンは試合に大きな影響を与えないエリアでボールを受けることはできたが、影響を与えるエリアでボールを受けるとすぐに2人のどちらかがプレッシングに来る状況に苦しんでいた。

アルゼンチンの“標的”にされたグリーズマン

 例えばクンデが前に上がったり、チュアメニがサリーダ・ラボルピアーナをしたりとさらに変化を見せれば何かが起きたかもしれないフランスだが、いじらないことでここまで勝ち進んできたことを考えると、動くことは難しかったかもしれない。ボールは持てば奪われてカウンターを食らい、ボールを持たせればディ・マリアやメッシに苦しめられる展開は、フランスにとっては悪夢のような時間帯となっただろう。

 23分にディ・マリアがデンベレに倒されてPKを得た場面は、アルゼンチンがパスを何本繋いだだろうか?と数えたくなるようなボール保持からの攻撃であった。フランスはCFのオリビエ・ジルーがエンソを担当する雰囲気もあったが、アルゼンチンのCBまでもがフリーになっており、どうすればいいかジルーは明らかに困っているようだった。中途半端な対応になったことで、エンソを使ってボールを左右に振り分けるようになったアルゼンチンのやりたい放題になっていく。

メッシが冷静にネットを揺らし、アルゼンチンが先手を取った

 テオ・エルナンデスとエムベパをデ・ポルとモリーナで、グリーズマンとデンベレをマカリスターとタグリアフィコで監視することによってフランスのサイドユニットを抑え続けるアルゼンチンに対して、フランスが有効打を打てない状況で試合は進んでいった。CFのアルバレスがチュアメニを消しながら前に出てくるプレーもアルゼンチンにとっては非常に大きかった。なお、フランスに押し込まれた時にアルバレスとディ・マリアが、チュアメニの周りをうろちょろすることでトランジションを優位に運んでいたことも隠れたファインプレーだった。

 メッシのPKが試合の流れを変えるかどうかに注目していたが、まるで変わらなかった。アルゼンチンはデ・ポルとエンソを横に並べることで、さらにジルーを混沌に落とし込みグリーズマンを前に誘うようになる。アルゼンチンの配置も非対称の雰囲気が強く、右の大外レーンの高いエリアには誰もいないことが多かった。ただし、右のハーフスペースにはメッシが位置していて無視するわけにもいかないため、フランスからすればどのように前に出ていき、スペースを埋めるべきかがはっきりしない展開がまだまだ続いていた。

 36分にはアルゼンチンのカウンターが炸裂する。グリーズマンの裏を執拗に狙い続けるマカリスターがカウンターの起点とアシストをこなし、最後はディ・マリアがゴールを決める。左サイドにディ・マリアを起用したスカローニ監督の采配が完全に当たったことを証明するかのようなゴールであった。レアル・マドリーでの活躍が印象に残っているディ・マリアだが、レアル・マドリー後は迷走している印象なので、そんな彼が報われる試合となったことは感動を誘うところである。

2-0にリードを広げたディ・マリアのゴールシーン

 2-0になったことでフランスが攻撃的な姿勢を見せ始めるが、どうしても枚数が足りない状況となる。球際勝負を作れてもただではボールを失わないアルゼンチンからボールを奪えず、逆に球際勝負を作られてボールを奪われる循環となっていた。ラビオやチュアメニが攻撃の起点となるべく画策するが、前の選手は全員が捕まっている状況に解決策が見出せる状況ではなかった。

デシャン怒りの采配

……

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Profile

らいかーると

昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』(小学館)。

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