REGULAR

スペイン撃破の舞台裏、森保一の熟練のマネジメント術――「選手の自主性」を尊重したからこそ打てた一手

2022.12.05

森保一監督は、就任から一貫して「選手の自主性」を尊重するチーム作りを行っていた。強烈なトップダウン型と言われているスペイン代表監督ルイス・エンリケとは、正反対のアプローチである。ある意味、「わかりにくい」からこそ批判されていた日本代表監督のやり方であるが、ドイツとスペインを撃破するというこれ以上ない成果を残した。それを間近で取材していた川端暁彦氏が、人間心理を広い視野で見ている指揮官の凄みを教えてくれた。

 森保一監督のスペイン戦へ向かうファーストプランは[3-5-2]([5-3-2])だった——と言われている。実際、試合2日前に選手たちにそのプランを提示したのは間違いないし、これは森保監督自身が認めている。ただ、この話は結構グレーだ。

 スペインの[4-3-3]に対する「前から全ハメ」することが可能な配置は、もちろん2トップである。ブスケッツにもう1枚をぶつけ、ウイングバックが相手のSBに圧をかける、後ろは同数OK——。もちろん相手に押し込まれれば、5バックでミドルラインを敷くということだろうが、随分と夢のあるプランである。ただ、これは余りにもロマンチック過ぎないか。選手たちが「これを最初からやるのは厳しい」と感じたのも無理はない。

 そして日本代表の指揮官も、そう思っていたのではないか。

スペイン戦前日、練習を見守る森保監督

あえて「前から全ハメ」を提示した意図とは?

 森保監督は基本的にリアリストである。今大会は勝負の采配を仕掛けて猛将と化す時間帯を作って世間を驚かせてはいるが、冷静に相手との力量差を見極めて判断するタイプなのは間違いない。スペイン相手に玉砕覚悟に思える「前から全ハメ」策を提示したのはちょっと驚きである。

 複数のシステムを提示する中で選手からも意見を出させて、鎌田大地昨季のELでバルセロナを破った経験から[3-4-2-1]([5-4-1])案を出してこれに落ち着いた。だが実はこの“落としどころ”は想定内だったように思う。

 選手から言わせることで、逆に異論も出ようがないのだ。言い出しっぺの鎌田を含め、やや貧乏くじを引くことになる先発の攻撃陣も責任感を持って試合に入りやすい。吉田は「納得感を持ってやるかどうかでまったく違う。少しでも迷いがあればドイツやスペインのようなチームは必ずそこを突いてくる」と語っていたが、その迷いを消して全員の意思統一を図るためにも、選手の意見を採り入れて採用された戦術という枠組み自体が重要だったように思う。

昨季、敵地カンプノウでのEL準々決勝第2レグでバルセロナに2-3で競り勝ち、2戦合計3-4で4強進出を果たしたフランクフルト

 また「どういう状況になるかはわからないので、選択肢は多く用意していたおいた方がいい」という吉田の言葉を借りれば、このテストが無駄だったとも言い切れない。後半早々に逆転したために実際には使われなかったとはいえ、そう都合の良い試合展開になるばかりでもないだろう。その場合、指揮官は2トップの布陣を途中から“やる”つもりだったのではないか。

 そしてそれは、クロアチアとの試合で生きるのかもしれない。……

残り:2,705文字/全文:4,002文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

Profile

川端 暁彦

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣『エル・ゴラッソ』を始め各種媒体にライターとして寄稿する他、フリーの編集者としての活動も行っている。著書に『Jの新人』(東邦出版)。

RANKING