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ジル・スコット。誰からも愛されたフットボール界のレジェンドが引退

2022.08.24

 フットボール界で最も愛される選手がスパイクを脱ぐ。

 35歳のMFジル・スコットは、女子フットボール界のみならず、全フットボール界のレジェンドである。2013年から所属してきたマンチェスター・シティの女子チームでは、2016年のリーグ優勝のほか、女子FAカップを3度制覇。さらにイングランド代表としても2006年から16年間に渡り、歴代2位となる161試合に出場してきた。

 そして今年7月に地元で開催された女子EUROで、ウェンブリー・スタジアムに8万7000人以上が詰めかけたドイツとの決勝戦を制してヨーロッパ女王に輝き、イングランド女子代表に初の国際タイトルをもたらしたのだ。

 「フットボールには感謝しかない。5歳でサッカーボールを蹴り始めてから、フットボールに魅了され続けているの。一生、フットボールを愛し続けるわ」。スコットは引退の決意を『Players’ Tribune Football』にて語った。

王子を“削った”過去も

 彼女は偉大な選手であると同時に、誰からも愛される選手だった。愛された理由は、献身的な姿勢もそうだが、何より彼女のユーモアにあった。チームメイトに冗談を仕掛けたり、みんなで和気あいあいと世間話をしたり。先月の女子EUROでも彼女は先発レギュラーではなかったものの、“チームの和”を築く功労者だった。

 だから決勝戦の翌日、トラファルガースクエアで開かれた祝賀会で、DFルーシー・ブロンズはこのイングランド代表が特別な理由を聞かれて「ジル・スコット!」と一言だけ語ったのだ。マンチェスター・Cの元監督であるニック・クッシングも、シティ時代の一番の功績について「ジル・スコットのような人を友達と呼べること」と振り返ったことがあるそうだ。

 イギリス王室内にも、スコットの人間性に惹かれた者がいる。スコットは、10年ほど前のチャリティイベントでウィリアム王子とサッカーをした際、足を滑らせて王子に思い切りスライディングタックルを見舞ったことがある。以来、ウィリアム王子はイングランド女子チームを激励に行くたびに、スコットと楽しそうに会話をしていたという。

 スコットの引退を知ったウィリアム王子は「女子サッカー界のパイオニアであるジル・スコットの素晴らしいキャリアを称えたい。君と知り合えてうれしいよ」とツイートしたうえで「1つだけうれしいのは、軽くボールを蹴るイベントで二度とスライディングタックルを食らわなくて済むことさ(笑)」と冗談を飛ばした。

ウィリアム王子(右)とは、勢い余ったスライディングタックルを機に交流が生まれた

“ラストラン”でピッチに別れ

 引退に際し、子供の頃の自分へのメッセージを聞かれたスコットは「努力は意味がある。夢を見続けること。まだその夢自体が存在しないかもしれないけど」と語った。イングランドの女子リーグが完全プロ化されたのは2018年のこと。スコットが生まれた時(1987年)は、女子ワールドカップは存在さえしなかったのだ。

 そして彼女は、幼い頃の自分にこう語りかける。「何かチャンスがないか、周りの人に声をかけること。自分を信じること。そうすれば、いつかウェンブリーで金メダルを胸にできる。練習でのランニング、仲間との口論、そしてサッカーをさせてもらうためだけに戦った日々が報われるわ」

 スコット、そして彼女の仲間たちは道を切り開いてきた。そして、努力を忘れなかった。延長戦までもつれ込んだドイツとの決勝戦の試合後、メダルを胸にしたスコットはお祭り騒ぎのスタジアムの中で、ピッチの上を走り始めた。フィットネスコーチのマーティン・エバンズと若手DFロッタ・ウーベン・モイ(23歳)を誘ってボックスからボックスまで“キャリア最後”のランニングをしたのだ。

 スコットは、コーチのエバンズに「今まで私たちを何度も走らせてきたのだから、最後は一緒に走ろう」と声をかけてピッチの上を走った。「金メダルを胸に、ウェンブリーのピッチを走った。観客は大声援を送ってくれたわ。エバンズとロッタは知らなかったけど、私にとってはあれが最後の瞬間だったの。本当に特別な時間だったわ。泣きたくなかったし、あれが私なりの別れの告げ方だった」

エバンズコーチ(左)、若手DFモイ(右)とともに笑顔の“ラストラン”

 「代表チームが恋しくなる。練習もそうだし、みんなでお茶をしたり、世間話をしたりする、あの雰囲気が恋しくなる。そこで育んだ友情は一生ものだわ。これから、私はイングランド女子代表の一番のファンになる」

 自身のプレースタイルを店名にした『BOXX 2 BOXX』というカフェを経営しているスコットだが、今後もサッカー界に携わりたいという。「ロックダウン中に気づいたわ。私の真の目的はサッカーをするだけではない。誰かの助けになること。だから、できることならイングランドの若い世代の指導に携わりたい」

 常に周りを笑顔にさせてきたジル・スコット。これから歩み出す第二の人生でも、みんなから愛されることだろう。


Photos: Getty Images

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イングランド女子代表ジル・スコットマンチェスター・シティ

Profile

田島 大

埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。