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伝説のFKから25年、ロベルト・カルロスがオークションサイトで自身を出品

2022.01.16

 歴代最高のゴールは? 永遠に答えの出ないテーマだが、「最も衝撃的なゴールは?」と言われれば、必ず上位にランクインするであろうゴールが思い浮かぶ。それは元ブラジル代表DFロベルト・カルロスが1997年に決めた“あのゴール”だ。

「説明のできないゴール」

 ワールドカップ・フランス大会を翌年に控えた1997年6月、W杯の前哨戦としてフランスで4カ国対抗戦が開かれた。そこでR.カルロスが決めた約35mのFK弾は、世界中のサッカーファンを興奮させた。大人たちはそのゴールを肴にお酒を飲み、子供たちは彼の長い助走やアウトサイドのシュートを真似たものだ。

 そんなR.カルロスが、スポーツ専門サイト『The Athletic』にて当時を振り返っているので紹介しよう。「毎日のように30~40分ほどFKの練習をしていたんだ。どうやって蹴り込むか思い描きながらね」。R.カルロスは、伝説FKは努力の賜物だと明かす。

 しかし、彼が決めた最も難しいゴールは、物理の法則に反するような25年前のFKではないという。1997-98シーズンのレアル・マドリー時代にテネリフェ戦で決めたゴールの方が難しかったというのだ。

 そのゴールとは、背後から送られてきた浮き球のパスを追いかけて左サイドを疾走し、ボールがゴールラインを割る寸前のところで左足を振り抜いたもの。バウンドしていたボールの真芯をとらえたシュートは、角度のないところから物凄いスピードで飛んでいき、逆サイドのネットに突き刺さった。「自分でも何が起きたか分からなかったが、うまくいったんだ。説明のできないゴールだよ」と振り返っている。

 そういった大胆なゴールについてR.カルロスは「私は決して失敗を恐れなかった。うまくいったプレーも多いが、それと同じくらい失敗することもあった。それでも恐れずにプレーしたんだ」と、強烈なインパクトを残した自身の現役時代について語っている。

ホジソンとの本当の関係

 そんな選手時代を振り返り、最も影響を受けた指導者としてビセンテ・デル・ボスケ、ファビオ・カペッロ、マリオ・ザガロといった世界的な名将とともに、元イングランド代表のロイ・ホジソン監督の名前も挙げている。イタリアのインテル時代にホジソンの下でプレーしたR.カルロスだが、過去には不仲説が報じられ、それが理由でインテルを退団したとまで言われていた。その真意についてこう説明する。

 「彼は素晴らしい指導者だったよ。彼に非はない。彼は私に、もっと自分にプレッシャーをかけてゴールを目指すように指導したんだ。マスコミの多くは私たちが常に口論していると勘違いした。でも違うのさ。これまで私がホジソンについてあまり語ってこなかったのは、デタラメな報道について話す意味がないと思ったからさ。彼は私のキャリアにとって非常に重要な人だったよ」

 確かにホジソンはR.カルロスを本職の左SBではなくウイングで起用した。そのため、ブラジル代表定着を目指していたR.カルロスは、本来のポジションでの出場を希望して移籍を決断。「Rマドリーへ移籍した理由はそれだけさ」と明かしている。

 2015年に現役生活に別れを告げたR.カルロスは今、恵まれない環境にある若者たちの力になる活動をしている。その一環として、世界最大のオークションサイトである『eBay』に自分を出品し、落札者のチームで一緒にプレーするというチャリティーを行っているそうだ。幸運な人は、あの伝説のFKを間近で見ることができるかもしれない。


Photo: Getty Images

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Profile

田島 大

埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。