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英国文学賞の受賞作品はウェストハムやセルティックと関係あり?

2020.12.20

 今年、英国の権威ある文学賞「ブッカー・プライズ」を受賞した作品が、フットボールに関係しているという。

フランシス・マッケベニーのモデルは?

 受賞作の『シャギー・ベイン』は、1980年代のスコットランドで育った少年を描いた小説で、著者ダグラス・スチュアートの処女作だ。グラスゴー生まれのスチュアートはロンドンの美術大学で修士号を取得した後に渡米し、ファッション業界で成功を収めた人物。カルバン・クラインやラルフ・ローレンなど、名だたるブランドでデザイナーとしても活躍した。

 そして本職の傍ら時間を見つけて小説を執筆し、今年2月にアメリカでデビュー作『シャギー・ベイン』を発表した。同作品はアメリカで高評価を得て、英国でも発売されると今年のブッカー賞にノミネートされ、見事に大賞に選ばれたのである。

 物語は、主人公のシャギー少年が80年代のグラスゴーで様々な問題と向き合うというもの。アルコール依存症の母親との生活や、女々しいせいでいじめを受ける学校生活など、体験記ではないものの著者スチュアートの生い立ちに近いという。

 そんな作品の中にマッケベニーという一家が出てくる。実は、これがフットボール界との繋がりなのだ。実にスコットランド人らしい名前だが、これは元選手から拝借したものと言われている。それがセルティックやウェストハムなどでストライカーとして活躍したフランク・マッケベニーである。

 「私が子供の頃、フランク・マッケベニーは非常に大きな存在だった」とスチュアートは英紙『The Times』に語った。「毎日のように彼の名前を耳にしたからね。学校でもみんなが彼の話をしていた。でも、私が彼について知っているのは、彼の髪型くらいなんだ。彼のフットボールの実績よりも、彼の髪型の方を覚えている。作中に出てくるフランシス・マッケベニーは完全に架空の人物さ」

“スコットランドのジョージ・ベスト”

 このフランク・マッケベニーとはどんな選手だったのか。グラスゴー生まれのマッケベニーは、スコットランドのセント・ミレンでプロキャリアをスタートさせると、1982年にはスコットランド若手年間最優秀選手に選ばれ、その後ウェストハムに引き抜かれてイングランドのトップリーグでも活躍した。

 加入1年目の1985-86シーズンには、ギャリー・リネカー(当時エバートン)の30点に次ぐ26ゴールでチームをクラブ史上最高成績となる3位に導いた。そして1988年にはセルティックで国内2冠に貢献し、スコットランド代表にも選出されたほどの選手だ。

 だが彼は、ピッチ内での活躍以上にピッチ外の派手な私生活で話題となった。TV出演をきっかけに業界人との付き合いが増え、アルコール、ドラッグ、女性問題などが大きく取り沙汰されたという。一部では“スコットランドのジョージ・ベスト”と呼ばれることもあったそうだ。

 だからプレーの印象が薄まり、著者のスチュアートが同選手の活躍を覚えていないのも無理はないが、覚えていない理由はそれだけではない。そもそも、スチュアートはサッカーに興味がなかったのだ。

 グラスゴーといえばスコットランドの2強、レンジャーズとセルティックの本拠地だ。どちらを応援するかで人生が変わるようなフットボールの街だが、スチュアートにとってはどちらでも良かったのだ。

 英紙『Independent』のインタビューでレンジャーズとセルティックのどちらのファンかと聞かれたスチュアートは、どちらを選んでも角が立つため「二度とグラスゴーに戻れなくなるよ!」と答えた。そんな冗談を飛ばした後で、スチュアートは本心を明かした。

 「実はどちらでもないんだ。私はフットボールのサポーターじゃない。私はゲイの少年だったので、フットボールには縁がなかった。もちろん、昔から何度もそういう質問を受けた。そのたびに私は、どのストリートで聞かれたか、誰に聞かれたかによって、よく考えてからうまく答えるようにしたのさ」

 スチュアートはフットボールにまったく興味が持てず、渡米してファッション業界で成功を収めた。恐らくフットボールと無縁の生活を送ってきただろう。だが、それでもどこかでフットボールの影響を受けてしまう。それがグラスゴーという町に生まれた宿命なのかもしれない。


Photo: Getty Images

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Profile

田島 大

埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。

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