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ゲームモデルの前に学ぶべき「ファンダメンタルズ」とは何か?

2019.09.27

特別対談:脇真一郎×林舞輝(前編)

7月に発売した『プレー経験ゼロでもできる実践的ゲームモデルの作り方』は、プレー経験ゼロの公立高校のサッカー部顧問、脇真一郎氏が欧州最先端理論ゲームモデルに基づくチーム作りを自身の体験を交えて解説した意欲作だ。彼にその道を指南したのが、現奈良クラブGM林舞輝氏。

同書の中に収録された20歳差の“師弟対談”は、ゲームモデルやその背後にある戦術的ピリオダイゼーションのエッセンスを考える上で示唆に富むものになっている。今回その一部を特別公開!前編は、どんなゲームモデルでも絶対必要になる基礎、「ファンダメンタルズ」について。

育成年代にもゲームモデルはいるの?


――『フットボリスタ・ラボ』でも育成年代でゲームモデルはいるのかどうか、何歳からゲームモデルが必要なのかという議論があります。


「正直に言うと、それは子供や選手によるので正解はないです。ただ、ヨーロッパで普及しているのは、どんなゲームモデルでも絶対必要になる基礎や基本、“ファンダメンタルズ”を11歳くらいまでに身につけるという考え方です。例えばパスはアトレティコ・マドリーでプレーしようとバルセロナでプレーしようと必要なものですし、イングランドでもスペインでもロングボールは蹴れないといけません」


――実際にゲームモデルを導入していく年代には基準があったりするんですか?


「12、13歳とは言われてますけど、それはその国によりますし、ヨーロッパが正しいとは限りません。例えば高校生でもゲームモデルうんぬん以前にまず普通に止めて蹴るができないチームがあるかもしれないし、小学生だけどそういうことはもう全部できていて、ゲームモデルを導入して意思決定と意思統一の要素を加えても全然良いチームもあるかもしれない。そもそもここまでがゲームモデルで、ここからがゲームモデルじゃないっていう境界線を作るものではなく徐々に変わっていくものなので、その境界線がどこかっていう質問に対して『うーん』って思いますね」


戦術をいつから教えるのかという議論にも似ているよね」


「その議論をしているから戦術が入らないんだと思いますよ。全然戦術の話をしていなかったのに、プロになっていきなり戦術の話をされてうまくいくはずがないんですよ。だって、何にもやってきてないのにいきなりそこで11対11の兼ね合いや噛み合わせなんてわかるわけがないじゃないですか。でも、例えば小学校1、2年生に対3をやらせて、3対3には[2-1]と[1-2]っていうフォーメーションがあるよねと。[2-1]と[2-1]がぶつかった時はこうなってで、[2-1]と[1-2]がぶつかった時はこうで、[1-2]と[1-2]だったらこことここが噛み合ってここにフリーマンができてここにスペースができてこうなるよねってことなら小学生でも理解できる。それをちゃんと理解して、じゃあもうちょっと複雑な4対4だったらどうだろう、今度は[3-1]と[2-2]と[1-3]があるから、この噛み合わせでこうやってフリーマンができて、ここにスペースができるということをちゃんと理解した先に行き着くのが11対11なんです。11対11はさらに複雑かつカオスで、さらにいろんなことや予期してないことが起こるわけですから。

1955年頃に撮影されたという、ある少年チームのキャプテンがチームメイトに戦術解説を行う様子

 だから戦術はいつから教えるのって質問は、パスっていつから教えてるのって質問と一緒だから質問自体がナンセンス。ドリブルやパスは何歳から教えたらいいですか?って訊かないじゃないですか。だって、子供たちにボールをポイっと投げたら、ドリブルだってパスだってシュートだって教えなくても勝手にやるはずなんですよ。なのに、どうして戦術だけ『何歳から~』みたいな議論が起きるのかわからない。 僕にとって、小学校1年生が団子サッカーをしている時にコーチがよく言う『人のいない方にドリブルしよう』だって立派な戦術じゃないか、と思うわけですよ。密集して守っている相手に対してピッチを広く使って空いているスペースにボールを運ぼうっていう意思統一を図ろうとしているんですから。同じようにゲームモデルはいつから教えたらいいのかっていう質問もその考えがまずちょっと違うのかなと思います」


「ゲームモデルも戦術と同じように一定のレベル以上に完成されたものを想定されてるのかもしれないけど、まったくそんなことはない。チームの『IDカード』に関わる要素をやんわりとでも含んでいれば十分ゲームモデルだから。そういうチームはノーコンセプトでサッカーをしてるわけでもないだろうし、そのチームごとのカラーや目的をきちっとした形で統合すれば、それはもうゲームモデルなんで。サッカーをやってる限りゲームモデルは存在するんじゃないかって俺は思っているので。皆が皆バラバラで、好き勝手にやるチームにしても、もしかしたらバラバラでやること自体がゲームモデルかもしれないし、どんな段階であれチームとして何をするって共有があるのであればゲームモデルだと俺は思ってるから」


「よくこういう話をする時に、どこかに切れ目があると考えるのはサッカーっていうゲームと相反する考え方だという話をします。育成に関しても、サッカーはこの年代まではパスを教えよう、ここ年代からはドリブル、ここからここまではシュートって、そういうふうにプレーを切り離して育成を考えられるスポーツじゃない。例えばキーパーの練習ならまだわかります。まずキャッチができないと ハイボールの処理ができるわけないじゃないか、みたいな話はありますし、例えば柔道のようにまず受け身をやらなきゃいけないとか型のあるスポーツならわかりますが、サッカーはそういうスポーツじゃない。練習に答えなんてないですから、世の中の練習メニュー本を全部燃やしたいです、何の役にも立たないですよ(笑)」


「それは俺も自分の中でサッカーの理解が進んできたなって思った頃から、今まで散々買い貯めてきた練習メニュー本を一切読まなくなったもんね」


「練習メニューを作るヒントがどこにあるかって言ったら試合です。練習でしなきゃいけないことはその試合の中で全部起きてますから、練習メニュー本なんて開いている暇があったら今目の前の試合を見てくれって話ですよ」


「本当にそれは思う。試合やります。これがうまいこといってる、これがうまいこといってない、この中からうまいこといってないところを補強するために練習として再現するにはどうやっていったらいいかを考えると、いくらでも練習メニューは出てくるから。昔練習メニュー本にいっぱい金使ったけどそんなにいらんかったなって(笑)」

部活が直面する「モデルチェンジ」


――育成年代のチームは選手が入れ替わるのでゲームモデルの変更も行われますが、変更する際の注意点はあるのでしょうか?


「ゲームモデルが変わるってことはチームが変わるってことですから、マイナーチェンジじゃない。そういう意味では部活とかの人数が集まらないチームでゲームモデルが向いてないって言われたらそれまでですよ。毎年選手のレベルも資質もランダムに変わるから『積み上げ』がやりにくい構造ではあると思います」


「実際に俺も高校で指導しているけど、1年ごとに新しい1学年が入ってきて、1学年抜けていってと1年刻みで人が動くから、ゲームモデルの中で設定する目標も1年スパンとかになっていきます。そうするとゲームモデルをメジャーで変えるかマイナーで変えるかみたいな話は絶対出てくる。ゲームモデルの構成要素として、当然選手の入れ替わりは大きな影響があるので、ゲームモデルにアップデートは必要になります。ただ、その中で変わらないコンセプトと属人的な要素として変えていくべき部分の擦り合わせはチームごとに色分けしていくべきかなっていうのはあるので。チームとしての方向性、目標、土台なるサッカーくらいまではある程度の選手の違いの中で作れるかもしれないけど、例えばポゼッションを軸にするって言って実行に移る時にそれができる選手がどんどん減っていったら、根本的に変えなきゃいけない場合もあれば、パスができると言ってもポジショニングからできているのか、動きながらできているのか、ドリブルも織り交ぜてできているのかとちょっとした違いの中でマイナーチェンジが必要になってくる場合もある」


「逆にわっきーさんのように今まで部活動という環境でゲームモデルをちゃんと言語化して選手に伝えた人ってあんまりいないと思うんですよ。なおかつ強豪校じゃないから勝手に優秀な選手が集まってくるわけじゃないし、合う選手をスカウトできるわけじゃないですか。それでもゲームモデルを継続してちゃんとマイナーチェンジだけでできるか。やっぱり学年によって全然違うからゲームモデルを諦めてエコロジカルな方面に進むのか。わっきーさんが成功させたらどこの中学や高校の部活でもゲームモデルができるってことじゃないですか。10年やったら3周しますよね。これで続けられたら本物じゃないですか。成功したのを見たい一方で、3年目くらいに突然フェライーニみたいな選手が入ってきて、ロングボールの方が良くないですかって選手に反乱を起こされて、わっきーさんがゲームモデルを破り捨てて、フェライーニみたいなやつにどんどんロングボールを当てて勝っていく姿も見たい(笑)。それもやっぱり学びなので、10年やってみてどうなるかすごい楽しみにしてます」

現在中国でプレーする元ベルギー代表MFフェライーニ(左)は194cmの恵まれた体躯を持ち、 かつてアフロヘアーを揺らしながらプレミアリーグの屈強なDFたちを肉弾戦で次々と制圧。 日本もロシアW杯で対峙したが、その圧倒的なフィジカルを前に為す術がなかった

対談全編を読むなら『実践的ゲームモデルの作り方』!

Photos: Greated/Fox Photos/Hulton Archive/Getty Images, Three Lions/Getty Images, Getty Images

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。