FEATURE

久保竜彦は「ストライカー」ではなかった。“未来の才能”に伝えたい魂のメッセージ

2020.05.19

中野和也が描く、渾身の久保竜彦ルポルタージュ(後編)

「日本人ストライカー改造計画」――つまり、世界に通用する日本人ストライカーを誕生させる方法を探るわけだが、過去の日本人ストライカーの中にすでにその答えはあるのかもしれない。今も「W杯で見たかった」と夢見る人が続出する久保竜彦だ。彼をプロデビューから追い続けた中野和也氏に、ゴールデンウィーク後の5月7日にオンラインインタビューで2時間以上(夕方5時から晩酌してビール3本を呑んでインタビューに備えていたという)語り続けたという本人の言葉を、当時の事情を知る中野氏の解説とともにぜひ読んでほしい。後編では、プロ入り後に誕生した「ストライカー」久保竜彦の核心に迫る。

←前編へ

「ストライカー」との出会い

 久保竜彦の適性ポジションは、どこなのか。

 河内勝幸サテライト監督の悩みの深さは、彼のポジション遍歴にも現れる。

 トップ下、ウイング、ウイングバック。

 「そういえば、CBもやったことがあるんですよ」

 えーーーっ。

 彼を取材して24年目になるが、初めて聞いたエピソードだ。......

残り:12196文字/全文:12661文字
この記事は有料会員限定です

10日無料キャンペーンで全文を読む

日本人ストライカー改造計画

Profile

中野 和也

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。