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「育成マーケットの勝者」ベンフィカの哲学

2020.03.31

ペドロ・マルケス(ベンフィカ/アカデミー・テクニカルダイレクター)

ベンフィカのアカデミーは今やポルトガルだけでなく、世界でも指折りの育成機関となった。ベルナルド・シルバは7歳、レナト・サンチェスは9歳で発掘され、早くしてベンフィカ一筋。ジョアン・カンセロとジョアン・フェリックスはそれぞれ13歳、15歳で加わり、エデルソンとビクトル・リンデロフ、そしてネルソン・セメドは10代後半でアカデミー入り。全員がそこからトップチームデビューとビッグクラブ移籍を果たしている。過去3年間のマーケットだけで、ベンフィカが手にした移籍金はなんと約400億円。そんな、「育成の勝者」「マーケットの勝者」であるベンフィカ・アカデミーのトップであるペドロ・マルケス氏に、巨大な成功の理由を聞いた。

早期の「タレント発掘」戦略

利点は2つ。適応する時間とベンフィカで育つことでの価値向上

── ペドロ氏はモウリーニョと同じリスボン大学のスポーツ科学科を卒業、2010年よりマンチェスター・シティのトップチーム分析官としてプレミアリーグ初優勝などに貢献、2014年からはシティ・フットボール・グループ(CFG)のグローバルリーダーを務めておられていました。そして実は、日本に住みたいと言うほどの親日家でもあります(笑)。

 「CFGにいた時は、全世界に広がるCFGのクラブへのマンチェスター・シティのゲームモデル、トレーニング理論、試合分析などの普及と一体化に取り組んでいました。もちろん、日本にもCFGの一員である横浜F・マリノスがありますから、年に数回ほど定期的に訪れていました。そして、すっかり日本が大好きになってしまいました。もちろん、マイキのいる奈良には鹿がたくさんいることも知っていますよ(笑)」

── ぜひいつか奈良に来てくださいね。ペドロ氏は2018年からベンフィカのアカデミーのテクニカルダイレクターになられました。さて、ようやく本題です。ベンフィカに入られてちょうど1年が経ちますが、具体的にはどんな仕事をされているのでしょう?

 「ポルトガル2部リーグで戦うBチームまでのアカデミーにおける育成の総責任者、つまりベンフィカが『サッカー選手』を作り上げるプロセスのすべてを担っています。ベンフィカでの最初のチャレンジは、まずは世界最高レベルの選手を次々と生み出しているアカデミーの現在の成功を続けていくことです。そういう意味で、最もフォーカスしているのは、クラブや私たちのコーチ陣、スタッフ陣がこの10~12年間でもたらしてきた最高の仕事を『継続』することであり、会長や社長などのボードメンバーが抱くビジョンを体現することにあります」

── ベンフィカのアカデミーは今や世界でも有数の育成機関となっています。まずは、そんなベンフィカ・アカデミーがどういった目標や理念で活動されているのか、そこからお話をお伺いしたいです。

 「私たちのミッションは、若い選手たちを最高の方法論と育成の原理原則、きちんと統一された育成組織、そして『ベンフィカらしさ』によって鍛え上げることにあります。世界のトップレベルやベンフィカのトップチームでプレーできるように育て、その成功に貢献することが目的です。トップチームの成功への貢献という面では、現在のクラブの戦略と継続性の結果を見れば、目に見えて明らかです。ベンフィカのアカデミーからトップチームへ昇格した選手はもちろん、多額の移籍金とともに世界のビッグクラブへ羽ばたいていった選手を見てみてください」

──「ベンフィカらしさ」というのは、ベンフィカのゲームモデルのようなものがあるということでしょうか?

 「はい。ゲームモデルという面で言えば、ベンフィカはビッグクラブであり、常に主導権を握り、ゲームを支配し、多くのゴールチャンスを作ることを目指さなければなりません。主導権を握るというのは、もちろんボールを持っていない時もそうです。ハイプレスを仕掛け、組織をコンパクトにし、インテンシティの高いプレッシャーのブロックを敷く。このようにプレーするためには、技術的・戦術的にだけではなく、フィジカル的にもメンタル的にも非常に良い準備ができていなくてはなりませんし、そのためにはチームとして最高のスピリットを持っていなければなりません。[4-3-3]をベースに、5対5、7対7、9対9でもこういったゲームモデルを目指しています。しかしながら、こういったものはあくまでも、個人個人の選手の成長を促すためのものであり、それこそが私たちが最も力を入れていることなのです。選手一人ひとりの特徴をよく見極め、将来のためのプロジェクトをともに進めていく。全員それぞれ異なるキャラクターを持っているのですから」

── そんな選手の成長のために、ベンフィカは実際どのような育成方針を掲げているのでしょうか?

 「選手の成長・育成のために、4つのキーとなるプロセスを設けています。①タレント、②育成法、③競争、④機会、です」

── ①タレントはタレントの発掘という意味でしょうか?……

Profile

林 舞輝

1994年12月11日生まれ。イギリスの大学でスポーツ科学を専攻し、首席で卒業。在学中、チャールトンのアカデミー(U-10)とスクールでコーチ。2017年よりポルト大学スポーツ学部の大学院に進学。同時にポルトガル1部リーグに所属するボアビスタのBチームのアシスタントコーチを務める。モウリーニョが責任者・講師を務める指導者養成コースで学び、わずか23歳でJFLに所属する奈良クラブのGMに就任。2020年より同クラブの監督を務める。