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「エメリ式」で覆したハイラインの常識。好調アストンビラを支える“省エネ”守備戦術とは?

2024.01.19

23-24欧州各国リーグ:ダークホースの注目監督
第1回 アストンビラ×ウナイ・エメリ

レバークーゼンがバイエルン、ジローナはレアル・マドリーと冬の王者を争い、アストンビラとフィオレンティーナもCL出場圏内に食い込むなど、例年以上の波乱が起きている欧州各国リーグの2023-24シーズン。シャビ・アロンソ、ミチェル、ウナイ・エメリ、ビンチェンツォ・イタリアーノら、後半戦でも要注目のダークホースを率いる監督たちの戦術と哲学、そしてチームと生み出す相乗効果に迫る。

第1回で取り上げるのは、前半戦でアーセナル、マンチェスター・シティを撃破して現在もプレミアリーグ3位につけているアストンビラのエメリ監督。スペイン人指揮官がハイラインの常識を覆した守備戦術を、同クラブのサポーターでもある安洋一郎氏に分析してもらおう。

 これまでウナイ・エメリが指揮を執ったチームを見たことがあるサッカーファンは、現在プレミアリーグで3位につけるアストンビラの守備戦術に驚いているのではないだろうか。

 エメリは12月に受けた『Sky Sports』のインタビューで「私は今まで4バックでラインを保とうとしてきた。時には高く、時には低くと。例えば、20年前にコーチを始めた頃は、高い位置から始めたんだ。でも苦戦して、少し考えを変えたこともあった」と答えている。

プレミアリーグ第18節シェフィールド・ユナイテッド戦前に、放送局『Sky Sports』のインタビューに笑顔で受け応えするエメリ監督

 実際、このスペイン人指揮官が2020-21シーズンから22-23シーズン途中まで率いたビジャレアルではハイラインで戦う試合もありながら、時には最終ラインを低く設定するリトリートで保守的に戦い、狙った時間帯で勝負に出て最後の最後に勝ち切るやり方でEL優勝やCLベスト4進出の快挙を成し遂げてきた。

 しかし、アストンビラでは彼の監督キャリア史上かつてないほどに高くラインを設定しており、リトリートすることはほとんどない。少なくとも今季に関しては一貫してハイラインを敷き、それも「ハイラインだが相手に強くプレスにいかない」という「ハイライン×ハイプレス」という本来はセットだと思われていた原則に反するやり方で結果を残している。

 一見すると、ボールホルダーへのプレッシャーが緩い最終ラインから背後目がけてロングパスを蹴られ放題になってしまうこの守備戦術だが、実は攻略が難しい。それはアストンビラが21試合消化時点で3位という順位やリーグ4番目に少ない失点、そしてダントツ1位の106回のオフサイドを誘っていることが証明している。

 世界中のフットボールを網羅しているわけではないので寡聞にして知らない可能性もあるが、少なくともプレミアリーグではアストンビラしかやっていない「エメリ式ハイライン」の特徴やメリットについて分析していく。

攻撃パターンを限定させる外循環の徹底

 この戦術に関して厳密に言うと、エメリは相手の状況やゾーンでプレスを使い分けており、連動したハイプレスで敵陣に追い込むこともある。ただ、一般的なハイラインを敷くチームは相手の最終ラインからのビルドアップに対して高い位置から積極的にプレスを仕掛けるが、アストンビラはそれをしない。

 まずは[4-4-2]のコンパクトな陣形でブロックを作り、相手の最終ラインから中盤へのパスコースを消すことを優先するのが「エメリ式ハイライン」の鉄則だ。仮に中へボールが入ったとしても、アストンビラの選手同士の距離間が近いため、すぐに挟むことができマイボールにすることができる。

 となれば、相手は中盤を経由しての攻撃ができなくなり、自然と外循環になる。エメリ監督の狙いはここにあり、「相手に攻撃パターンを絞らせる」ことが積極的に前からプレスにいかない理由だと考えられる。

 「ハイライン×ハイプレス」は最終ラインから短いパスを繋いでビルドアップする相手に対しては間違いなく有効な戦術だ。しかし状況によっては二度追い、三度追いが求められ、フルタイムで継続することは現実的ではない。ましてや今季のアストンビラはプレミアリーグと国内カップ戦だけでなくECLも戦っており、過密日程の中で強度を維持することは難しい。

 そして本来、強度が高いはずのプレスが緩まれば中盤が間延びして、相手からすればライン間でボールを受けやすくなる。となれば短いパスで中央から攻めることも、高いDFラインの裏を狙うことも可能となり、攻撃のバリエーションが増やせる。守備側としては後手に回りやすくなり、失点のリスクが増える一方だ。

 対する「エメリ式ハイライン」では徹底的に外循環を誘うため、相手はSBとサイドハーフまたはウイングを経由しての攻撃、もしくは最終ラインから裏を狙ったロングボールの二択に絞られ、守り方がある程度決まってくる。そのためアストンビラからすれば予測しやすく、対処法の目途が立てやすい。

プレミアリーグ第16節アーセナル戦で1-0の完封勝利を収め、試合後に喜び合うアストンビラ守備陣

プレミア最多獲得数を誇る「オフサイドトラップ」

 相手が最終ラインからのロングボール1本でハイラインの裏を狙うケースにおいて、アストンビラが敷くDFラインにおいて最初の守備の選択肢となるのが、エメリの十八番でもある「オフサイドトラップ」だ。裏に抜け出す相手選手に対して、ギリギリまで水平にポジションをそろえる我慢をして反則を誘う。その成果がプレミアリーグ1位の106回のオフサイド獲得数に表れている。

 一見、ハイリスクに見えるオフサイドトラップだが、現在はそこまで危険ではない。というのも、プレミアリーグやUEFA主催の欧州コンペディションではVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)が導入されており、映像上で相手の受け手がわずかでもオフサイドラインより出ていれば見逃されず、ゴールネットを揺らそうとも取り消され、アストンビラはマイボールでリスタートできる。出し手とのタイミングが完璧に合わなければ、精度の高いオフサイドトラップを攻略することは難しい。これはお互いの距離が離れれば離れるほど難易度が上がる。「エメリ式ハイライン」は、テクノロジーの発展にアジャストした守り方の1つだと言えるだろう。エメリはこれを徹底させるため、ミーティングで選手たちに映像を見せて「4人でも5人でもラインをキープすること」「全員が集中し続けることの重要性」について伝えているそうだ。……

Profile

安 洋一郎

1998年生まれ、東京都出身。高校2年生の頃から『MILKサッカーアカデミー』の佐藤祐一が運営する『株式会社Lifepicture』で、サッカーのデータ分析や記事制作に従事。大学卒業と同時に独立してフリーランスのライターとして活動する。中学生の頃よりアストン・ヴィラを応援しており、クラブ公式サポーターズクラブ『AVFC Japan』を複数名で運営。プレミアリーグからEFLまでイングランドのフットボールを幅広く追っている。