COLUMN

ドンナルンマを見出したのは誰か。 ミラン下部組織のGK育成戦略

2017.10.24

16歳8カ月という異例の若さでトップチームデビューを飾ったドンナルンマ。1歳年下のプリッツァーリも同じく16歳でベンチ入りを果たしたように、続々と規格外のタレントを生むミラン下部組織のGK育成は特筆すべきものがある。その秘密をミランに密着する神尾光臣さんにレポートしてもらおう。
文 神尾光臣
「あの試合の前の1週間で、ベルルスコーニは2度もミラネッロにやって来て、ディエゴ・ロペスを使うように言ってきた。私はこう返した。『2つ選択肢があります。私をクビにしてディエゴ・ロペスを使うか、私を残してドンナルンマを使うかです』と」
16年11月、ミハイロビッチ(現トリノ監督)は『コリエーレ・デッラ・セーラ』紙のインタビューで、ジャンルイジ・ドンナルンマをデビューさせた15年10月25日のサッスオーロ戦の後日談を語った。数日前からミハイロビッチが不調のディエゴ・ロペスに代わって16歳8カ月の若者を先発させると噂になり、イタリア全土で話題になった驚きのデビューが訪れる。試合は2-1の勝利で終わり、GKとしてはセリエA史上最年少の先発出場を果たしたドンナルンマは、随所に好セーブを披露した。

16歳と242日でセリエAデビューを果たしたサッスオーロ戦でのドンナルンマ

その後、スケールの大きな逸材はスターダムを一気に駆け上がった。サッスオーロ戦以降はディエゴ・ロペスに一度もポジションを譲らず、正GKに君臨。長身ながら鋭い反応と正確なキャッチング技術、安定した足技に加え、何よりミスを引きずらない精神力が出色だった。翌シーズンにはGKとしてイタリア代表最年少出場も記録している。当然のように市場価値は高騰、ミランとの契約延長をめぐる神経戦はシーズンオフの話題の一つとなった。
代理人のミーノ・ライオラが「GKにおけるマラドーナだ」と公言する才能はどのようにして見出されたのか。その背景には若手発掘プロジェクトを確立したミランの前経営陣とスカウト部門、そしてトップで使える選手に育てるべく指導を体系化したGKコーチ陣の努力があった。

きっかけはベルルスコーニの指令
決まりかけたインテル行きを覆す

12年1月、ベルルスコーニ名誉会長とガッリアーニ副会長は、下部組織の強化責任者たちを集めて指令を出した。
「短期間でトップに引き上げられるような14歳以下のイタリア人、もしくはイタリア在住の外国人選手をスカウトせよ」
14歳とは、イタリア国内でクラブの管轄地域外からの選手加入が可能となる年齢である。のちにベルルスコーニは「ミランは若いイタリア人で」とスローガンを掲げるようになるのだが、その号令はまずは現場に出されていたということだ。
それを受けて、スカウト部門の責任者であったマウロ・ビアンケッシは全国行脚を開始。若手育成に定評のあるアタランタの下部組織からヘッドハンティングを受け人材発掘を委ねられていた彼は、1年後にナポリ近郊のカステッランマーレ・ディ・スタビアの地元クラブでプレーする少年の評判を聞きつけた。それがドンナルンマだった。セリエAでプレーしたGKを多く見出したベテランコーチのエルネスト・フェッラーロの指導を受け、背丈の伸びとともに著しい上達を見せていた少年は、育成部門で大きな注目を集めていた。
ビアンケッシは現地に飛び、直接ドンナルンマのプレーを見て驚く。しかしその頃には、インテルがすでに交渉で先行していたのだ。ミラノに戻り、急いで動かないとライバルに取られるとガッリアーニに訴えたのだが、「だったらなぜここにいる、連れて来るまで帰って来るな」と逆に厳命されて家族との交渉に臨んだ。粘り強く説得した結果、ドンナルンマがミラニスタだったことが決め手となり本人からの加入意思を引き出し、晴れてスカウトに成功したのである。

ドンナルンマを見出したマウロ・ビアンケッシ。17年7月からはラツィオの育成部門責任者を務めている

インテル側とは練習場でのテストも済ませ条件面での交渉も進んでおり、あとはサインのみの状態だったところをひっくり返した。ガッリアーニがドンナルンマの獲得を命じた背景には、彼に目をつけたライオラからのプッシュがあったとも噂されている。当時の彼の代理人は「今夏ライオラがドンナルンマの契約延長拒否でミランと揉めていたのも、予想できた結末だ」と地元紙にこぼしていたという。

名伯楽マーニGKコーチが統括する
現代的GK養成プログラム

そうしてミランの下部組織に加入したドンナルンマを待っていたのは、トップチームにまで登り詰めるために構築されたミランの優れたGK養成プログラムだった。ことGKに関しては、トップチームのGKコーチであるアルフレード・マーニが下部組織の練習メニューなどもすべて統括する形で、育成プログラムの高度なシステム化を進めていたのだ。
フィオレンティーナやブレシアなどでコーチ経験を積んでいたマーニは、早くから最先端の指導技術の導入に積極的だった。練習ではビデオを活用してパフォーマンスの上達具合をデータとして記録に残し、コーディネーションなどの指導に役立てるノウハウを確立。ミランではそれをさらに一歩進め、トップチームから下部組織に至るまで各年代の選手すべての情報を5人いるGK部門のコーチングスタッフ全員に共有化できるようにした。
マーニは、指導方針も一貫させた。まずは「試合や日々の練習に耐えるためには、それ相応の準備をしておく必要がある」というコンセプトの下、ジムトレーニングによるフィジカル強化やメンタル面での強化などもプログラムに盛り込む。さらにキャッチング技術の向上は当然のこと、現代のGKに求められるビルドアップへの参加を向上させるメニューを整備し、積極的に取り入れた。
ポゼッションサッカーを志向するチームでは、DFラインを高く押し上げた裏に発生する広大なスペースはGKがカバーする。裏へと抜けてくる相手FWに詰めて対処し、ビルドアップでも貢献が求められる。そうしたフィールドプレーヤーとしてのタスクには、ただ足技がうまいというだけでは対応できないというのがマーニの考え方だ。そのために必要なポジショニングを鍛え、素早い移動を可能とするダッシュ力作りもトレーニングメニューに採用。そして、試合全体の戦況を正確に読むための判断力を養うケーススタディの時間も設けた。もちろん、これらの練習プログラムはどの年代も共通だ。ドンナルンマが下部組織から引き上げられて、何の違和感もなくトップチームのビルドアップに溶け込むことができたのは、そうした準備が背景にあったからだ。
https://youtu.be/1m9JGKKUSpM

16-17シーズンのドンナルンマのセーブ集動画


1歳年下の後継者プリッツァーリ
クロスタもカリアリでデビュー

ミランがこの2、3年で輩出した優秀な若手GKはドンナルンマだけではない。ドンナルンマと同じく16歳からトップチームのベンチに座り、U-20W杯にも参加した17歳の天才GKアレッサンドロ・プリッツァーリ(17-18はセリエBのテルナーナにレンタル移籍)は、足技ではドンナルンマよりも上との評価もある。ドンナルンマにポジションを奪われる形でカリアリへと去った当時プリマベーラGKルカ・クロスタも、昨季最終節でミラン相手にセリエAデビューしPKをストップ、トップチームでの契約延長を勝ち取った。さらにその下には年代別代表の常連16歳のニッコロ・ザネッラート(19歳のMFと同姓同名だ)や同じく16歳のマッテオ・ソンチンもいる。彼らの台頭は若手GKの育成システムが見事に機能していることの証左だ。

昨季のミランは18歳のドンナルンマが正GKで、17歳のプリッツァーリ(上)が実質第2GKだった。19歳のクロスタ(下)もカリアリでセリエAデビューを飾っており、ここ数年のGK育成は目覚ましい成果を上げている


ドンナルンマという才能を掘り起こし開花させたのは、まさしくクラブ全体としての努力の成果。もっとも、この体制がこれからも引き継がれるかどうかは不透明な部分がある。ドンナルンマをミランにスカウトしたビアンケッシは、ガッリアーニら前経営陣と関係が深かったという理由からか、ミラベッロ新SDから解雇通知を受け取った。その後任には、ユベントスでマロッタGMやパラティチSDらとともに若手スカウト網の構築に尽力したステファノ・ルクゾーロが抜擢されている。一方で、マーニGK統括コーチは続投。一部報道では「ミランの新経営陣はマーニを軸にドンナルンマ側との関係回復を図るのではないか」と報じられている(編注:ドンナルンマは7月にクラブとの契約を4年間延長した)。

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Profile

神尾 光臣

1973年福岡県生まれ。2003年からイタリアはジェノバでカルチョの取材を始めたが、2011年、長友のインテル電撃移籍をきっかけに突如“上京”を決意。現在はミラノ近郊のサロンノに在住し、シチリアの海と太陽を時々懐かしみつつ、取材・執筆に勤しむ。