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ユベントス会長が活動禁止処分?伊ゴール裏ビジネスの実態

2017.09.27

CALCIOおもてうら

 イタリア政府に設置されたアンチマフィア特別委員会が、カルチョの世界に大きな動揺と困惑をもたらしている。イタリア全土にその影響力を広げている南イタリア・カラブリア州のマフィア組織「ンドランゲタ」の動向に関する捜査を通して、この組織がユベントスのウルトラスによる「ゴール裏ビジネス」に食い込み、チケットの不正転売行為などによる利益を吸い上げているという事実が、白日の下にさらされつつあるからだ。そして当のユベントスも、アンドレア・アニエッリ会長以下の幹部がそれを知りながらチケットをウルトラスに販売していた疑いで、事情聴取を受ける事態になっている。

 アンチマフィア特別委員会の刑事捜査においては、ユベントス関係者に犯罪の容疑は一切かけられておらず、単なる参考人という立場で捜査に協力したにとどまる。しかし、ウルトラスに対するチケットの一括販売はFIGC(イタリアサッカー連盟)の定める規程に違反しているため、アニエッリ会長と営業部門の幹部3人(1人は元幹部)が、FIGCの裁定委員会から告発を受け、9月25日にアニエッリ会長に罰金および1年間の資格停止処分が下された(ユベントスはこれを不服として控訴を決定)。

 ユベントスの「ゴール裏ビジネス」に「ンドランゲタ」が食い込んでいるというニュース自体は、すでに昨年夏頃から一部マスコミによって散発的に報じられてきたが、スキャンダルとして大きな問題に発展することはなかった。それが今回大きく取り上げられたのは、政府直轄のアンチマフィア委員会の捜査網にこの問題が引っかかり、トップであるアニエッリ会長とマフィアとの繋がりに疑いが及んだためだ。

アニエッリ会長の反論

 問題が発覚した後の3月18日には、アニエッリ会長自らが記者会見を開き、長い声明文を読み上げて身の潔白を主張するという一幕もあった(体裁は会見だが質問は受け付けなかった)。その主な内容を整理すると次のようになる。

・幹部数人が犯罪組織について捜査中のトリノ検察局から参考人として事情聴取を受けた。ユベントスは捜査に全面的に協力しており、単なる参考人であり被疑者ではない。
・FIGC査定委員会による私と幹部に対する告発は、犯罪組織の協力者であるという疑いに基づいたもので、到底受け入れることはできない。身の潔白を証明するために全面的に戦うつもりだ。
・サッカーの試合の秩序を維持することはクラブの義務であり、ユベントスはそのために警察当局と協力してあらゆる努力を行っている。ウルトラスとの対話を行うこともその一環であり、そのこと自体によって糾弾されるいわれはない。
・私はマフィアの構成員と面会したことはない。ウルトラスの代表とは面会しているが、その時点で彼らは単なる一般人であり、その後犯罪を犯したとしてもそれを予見することは不可能だ。
・一部ではユベントスのトップ交代が取り沙汰されているが、残念ながら私以下現在のマネージメントは今後も長期間にわたってこの職をまっとうすることになるだろう。

 この声明文の行間に読み取れるように、この問題をめぐる論点はアニエッリ会長が面会したウルトラスの代表の中に「ンドランゲタ」の関係者がいることを知っていたかどうか、つまりウルトラスとマフィアとの繋がりを承知した上でウルトラスにチケットを販売していたかどうかに集まっている。

 しかし、実のところ問題はもっとずっと大きなところにある。何よりもまず、ユベントスの、そしてイタリア中の「ゴール裏ビジネス」は、もはやマフィアが食指を伸ばしてくるほどの規模に成長しているという事実。さらに問題なのは、それを成り立たせているのはクラブによる便宜供与であり、それがしばしばウルトラスの脅迫に屈する形で行われているという状況である。

無料チケットで「平穏」を買う

 今回問題になったユベントスのケースはその典型と言っていい。ここから少しその背景を掘り下げてみよう。

 ユベントスにとって、2011年に完成したユベントス・スタジアムの「治安」は、極めて重大な課題だった。ユーベのウルトラスは大きく5つのグループに分かれて、勢力争い(時には武力抗争に発展することもある)を続けながら微妙なバランスを保ってきた。スタジアムのオープンに際して、彼らを無用な禍根を残すことなく二層に分かれたクルバ・スッド(南ゴール裏)に収めることは、新スタジアムの売り物である安全な観戦環境を確保するために絶対不可欠だった。

 実際、スタジアムのオープンを前にした2011年夏には、プレシーズンキャンプ地でのトレーニングマッチ中に、ウルトラスの最大勢力「ドゥルーギ」が、ゴール裏の2階席を分け合うことになっていた対抗勢力の「ブラービ・ラガッツィ」を襲撃する乱闘事件が起こっている。暴力で相手のグループを潰してスタンドを独占しようと目論んだのだ。こうした種類の連中を大人しくさせておくために、ユベントスが選んだのは強硬策ではなく懐柔策だった。彼らの機嫌を損ねて対立関係に入り、ゴール裏、そしてスタジアム周辺の治安が保てなくなる事態は、何としても避けなければならないと考えたからだ。その取引材料として使われたのが、ゴール裏のチケットだった。

 2007年に起こり警官1人の命を奪ったカターニア暴動事件の後、政府が打ち出したウルトラス対策によって、プロサッカーの試合チケットはすべて事前購入が前提の記名式となり、さらに購入者1人につき最大4枚に購入枚数が制限されるなど、チケット販売には様々な制約がかけられるようになった(蛇足になるが、これがセリエAの観客動員数が増えない一因でもある)。

 それまでイタリアの多くのクラブは、ウルトラスにゴール裏のチケットを無料で提供するのと引き換えに抗議や暴力を抑制するという、良く言えばギブ&テイク、正しく言えば癒着の関係によってスタジアムの安全と平穏を保ってきた。ウルトラスはこのチケットを構成員にそれなりの価格をつけて販売することによって資金源とし、日本円にして数千万円から数億円規模のビジネスを成り立たせてきた。彼らがゴール裏でこれだけの勢力を誇り続けている最大の理由もそこにある。

5億円以上のビッグビジネス

 2007年以降、上記のような制約に加えて、クラブによるウルトラスへのチケット提供そのものが非合法化された。にもかかわらず、ウルトラスの勢力が大きく衰えることはなかった。それは、スタジアム入場時の混雑や停滞がもたらす危険を避ける、観客動員減少に対するクラブの不満に対処するといった名目で、当局側がチケット回りに関する規制をかなり「弾力的に」運用してきたからだ。それがスタジアムの「目先の」安全と平穏に寄与していたことは一面の事実だが、ウルトラスがその勢力を維持拡大する上で最大の資金源としているチケット不当転売を根絶する機会を逸する結果にもなった。

 実際ユベントスは、ユベントス・スタジアムに本拠地を移した2011年以降も、ゴール裏の秩序と引き換えに、ウルトラスにまとまった数のチケットを販売し続けてきたことが、今回の捜査を通して表面化した。かつてのように無料で提供することはさすがにできないものの、1人当たり4枚以内という制限を大きく超える枚数を定価で販売することによって、ウルトラスがマージンを上乗せしてメンバーに不当転売するという「ビジネス」を間接的に支援してきたわけだ。

 ウルトラスが陣取るクルバ・スッドの収容人員は約8000席で、チケットの定価はセリエAが35ユーロ(約4550円)、CLは55ユーロ(約7150円)。これに15ユーロ(約1950円)のマージンを乗せて販売したと仮定しよう。セリエAのホームゲーム19試合+CL5試合(ベスト8まで)でウルトラスが手に入れる純利益は288万ユーロ、日本円にして3億円以上にも上る。15ユーロというのはかなり低く見積もった額で、実際には倍づけ、CLではそれ以上という話もあるくらいなので、下手をすると利益は5億円を上回るだろう。そこに、ゴール裏での「制服」となっているグループのロゴ入りウェア(Tシャツ、トレーナーなど)などグッズ類の販売、さらにアウェイ遠征時のバスツアー(CLの重要なアウェイゲームにはチャーター便を手配すらする)といったビジネスが絡んでくる。これだけの利権を、5つのグループのボス連中が分け合っているというのが、ゴール裏の実態だ。

 ウルトラスのボスというのは、日本で言うと半グレのような存在であり、マフィアのような犯罪組織とも日常的に接点を持っている。ユベントスのゴール裏にしても、最大勢力「ドゥルーギ」のリーダー、ディノ・モッチョーラは、警察官を殺害した容疑で懲役19年の刑を受けた前科者。出所後ゴール裏のヘゲモニーを取り戻すために「ンドランゲタ」の力を頼り、トリノの裏社会を仕切っていた大物サベリオ・ドミネッロの息子ロッコをグループの幹部に受け入れた。

 今回問題になっているのも、アニエッリ会長がそのロッコ・ドミネッロの素性を知った上で面会していたのかどうかという点だ。「ドゥルーギ」と対立関係にありながらゴール裏2階席を分け合っている「ブラービ・ラガッツィ」も、リーダーが「ンドランゲタ」の別の勢力と繋がって麻薬の密輸・密売、売春などに関わった容疑で現在収監中。1階席には第2勢力の「バイキング」を筆頭に、「ヌクレオ1985」、「トラディツィオーネ・ビアンコネーラ」という、上の2つと比べると比較的穏健な3グループが陣取っているが、それも程度の問題でしかない。こうしてゴール裏ビジネスに入り込んだマフィアが、ウルトラスの構成員をマーケットとする億単位のビジネスから利益の一部を吸い上げるという構図は、ユベントス・スタジアムだけでなく多くのゴール裏で起こっているのが現実だ。

 ユベントスは、アンチマフィア委員会の捜査に対して事情説明と釈明のために36ページにおよぶ文書を提出した。そこでは「クラブがスタジアムの安全維持のために対話を余儀なくされているウルトラスのリーダーたちの危険性、犯罪性は、公共の秩序を守るため我われがその要求に屈服せざるを得ない状況をもたらした」という言い方で、制限枚数を超えたチケットの販売が正当化されている。ある意味で開き直っているとも言えるわけだが、ウルトラスが暴力によってスタジアムの安全を脅かし、クラブに損害を与えることができる状況が、そうした脅迫の温床となっていることも事実である。

 そこには、サポーターが問題を起こした場合にはクラブがその責任を問われ、経済的な損失(罰金、無観客試合処分など)を受けるという制度的な欠陥が絡んでいるのだが、それについてはまた機会をあらためて掘り下げることにしたい。

Photos: Getty Images

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アンドレア・アニエッリセリエAユベントス

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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