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「ゲームモデル」から「個の最大化」へ――佐伯夕利子が語る、スペインをW杯王者にした関係性の設計

2026.10.05

2010年、スペインが初めてW杯を制した時、その強さを支えたのはアンドレス・イニエスタら「個」の卓越した技術と、バルセロナを中心とするポゼッションサッカーだった。それから16年。再び世界の頂点に立ったスペイン代表には、かつてとは異なる強さがあった。

ルイス・デ・ラ・フエンテ監督が繰り返したのは「26人全員が重要」という言葉。個を生かすことが、最強の集団を作る。世界的な知名度やSNSのフォロワー数を誇るスーパースターではなく、「ロープロファイル」の選手たち一人ひとりのポテンシャルを引き出し、その組み合わせによってチーム全体の力を高めていく。8試合1失点という堅守も、華麗な14得点も、その思想の延長線上にある。

19歳のパウ・クバルシを含む3世代を見続けてきた代表監督が築き上げた関係性の優位、W杯の舞台でも家族との日常を守る環境づくり。スペインが16年ぶりに世界一へたどり着いた背景を、ビジャレアルCFのフットボールマネジメント部に所属する佐伯夕利子に聞いた。(敬称略)

「ロープロファイル」のチーム。2010年W杯制覇との違い

――2010年のW杯南ア大会でスペインが初優勝した際には、佐伯さんに幼い頃のイニエスタのエピソードなどを聞きました。イニエスタを佐伯さんが初めて見た頃、彼がひと際小さくて皆と同じ練習着なのに袖から手が出ていなくてまるでパジャマみたいにブカブカ、でも驚くほど上手くてクレバーで……育成を含めての話が印象に残っています。16年経って、今回の優勝はどうご覧になっていましたか? 比較して違いは感じますか?

 「今回は時差もありましたのでじっくり観戦するのは難しかったのですが、スペインと日本の試合は追ってはいました。10年の優勝と比べても違いがあると思っています。今回ももちろんスペインサッカーの表現に変わりはありません。そうした中で、ラ・フエンテ監督が率いて以来繰り返し語ってきた、選手のポテンシャルを最大限に引き出すという姿勢が今大会は印象的でした。監督が今大会中も優勝後も繰り返したのは『26人全員が重要』『集団の利益が個に先立つ』という言葉でした。その土台にあるのが、一人ひとりのポテンシャルを最大限に引き出す発想です。それを2010年の優勝後ずっと、スペインサッカー全体がテーマとして取り組んできたと私は見ています」

――W杯期間中、現地で中継や記者会見や速報コメントを見る機会があり、ラ・フエンテ監督が「静けさこそが力。選手が快適に、安心してプレーできる環境作りを心がけている」と何度も話していました。当たり前といえば当たり前のコメントですが、「快適で安心したプレー」といった表現はW杯では独特に聞こえました。

 「今大会のスペイン代表にはいわゆる世界的なスーパースターと呼ばれる、メッシやムバッペ、ホーランドのような選手がいなかった点も挙げられるでしょうか。言うまでもなくスペイン代表には欧州のトップクラブで中心を担う素晴らしい選手たちが揃っています。でもSNSのフォロワー数が世界トップ級であるとか、コマーシャリズム的な認知度においての話題性、知名度を持っているとか、そういう選手たちではありませんでしたよね。ヤマルには19歳という年齢もあり注目は集まった一方で、今大会のスペイン代表を象徴する存在だったかといえば少し違っていたかもしれません。わかりやすい知名度とは違う『ロープロファイル』の選手たちの活躍が、今大会のスペイン代表を優勝に導いたと思います」

――機器なら薄型、低さを指すロープロファイルですね。あまり目立たないとか、どちらかといえば控えめで謙虚であるとか、そんなイメージですか。

 「そうですね、控え目で思慮深くて決して目立とうといった振る舞いはしない。彼らに共通しています。ここでいうロープロファイルはあくまでもコマーシャリズム的な意味であって、選手としてのポテンシャルとは全く違います」

「個の最大化」が生んだ8試合1失点。「システム」だけでは説明できない強さ

――チームの戦い方は、セオリーやシステム、決まり事とは少し違ったのでしょうか。

 「パリ五輪で金メダルを獲得したU-23の代表で、ヤマルと同じ19歳のパウ(クバルシ、W杯で最優秀ヤングプレーヤー賞をスペイン選手として初受賞)は昨年までA代表での出場は10試合ほどです。その19歳がW杯で全8試合フル出場を果たし、わずか1失点の守備陣を完璧にまとめました。監督自身は『集団の利益が先立つ』と語ります。けれども私には、その集団こそが個の最大化の積み重ねでできていると見えました。パウの個の最大化は1つの好例です」

パウ・クバルシ

――ラ・フエンテ監督は準々決勝(ベルギー戦)で調子があまり良くないと言われたペドリをベンチに下げました。

 「思い切った采配で私も含めてスペインの関係者たちも驚きました。でも1人の選手のポテンシャルを1.5にまで最大化することで、ピッチにいる他の選手との関係性で1+1が3以上に引き上げられるかもしれない。それが監督の選手起用のベースにあったと思います。ペドリのコンディションが良くないから、彼に比べて調子の良い選手と入れるといった単純な起用ではないでしょう」

――監督の言う快適さや安心感が考慮されている?

 「代わって入ったファビアンとロドリの中盤のコンビはピッチで互いの力を最大限引き出し合っていました。プレー面での相性の良さがDFラインにも大きな安心感を与えたはずです。今大会、スペインらしい、とってもステキなゴール(14点)には魅力がありました。でも優勝をたぐり寄せたのは8試合でわずか1失点の守備でした。例えば私が指導者目線でスペイン代表の守備を見るとしますね。やはり守備には陣形があり、私は『いやー、この並びではラインコントロールは難しいだろうな』とか、『あっ、ここを狙われると後ろを取られちゃうんじゃない?』と、どうしてもカタチに目が行くわけです。でもシステムではないんです。個の力、という表現とも少し違います。そもそもサッカーで言う個の力とは何を指しているかの定義が時間をかけ議論されているかです」

ファビアン・ルイスとペドリ

……

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Profile

増島 みどり

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年独立しスポーツライターに。98年フランスW杯日本代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞。「GK論」(講談社)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作多数。フランス大会から20年の18年、「6月の軌跡」の39人へのインタビューを再度行い「日本代表を生きる」(文芸春秋)を書いた。1988年ソウル大会から夏冬の五輪、W杯など数十カ国で取材を経験する。法政大スポーツ健康学部客員講師、スポーツコンプライアンス教育振興機構副代表も務める。Jリーグ30年の2023年6月、「キャプテン」を出版した。

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