さらわれた「10代の主役」は明日への強烈なエネルギーに。鹿島アントラーズ・吉田湊海が足を踏み入れた「45分間のネクストステージ」
ようやく掴んだ晴れ舞台だった。18歳23日での開幕スタメンは、クラブ史上2番目の年少記録だが、昨年の4月に初めてJ1のピッチに立ってから、1年4か月近いここまでの日々は、常にトップチームのスタメンの座を狙い続けてきた。鹿島アントラーズの背番号30。吉田湊海。将来を嘱望される才能が、鹿島の地で過ごしてきた2年半を思い出しつつ、これからの輝く未来に思いを馳せる。
加入して1か月。短い言葉に滲ませた「鹿島アントラーズの選手」の矜持
「鹿島アントラーズというチームは常に勝利を求めてやっているチームで、アウェイでもホームでも勝ちにこだわってやっている部分はあったので、今日の試合も勝ちたいと思っていました」
この発言は、63,960人というJリーグ史上最多入場者数を更新した、J1リーグ開幕戦の試合後に出てきたものではない。今から2年半前。まだアントラーズレッドのユニフォームに袖を通すようになって1か月も経たない、高校1年生の4月に話してくれたものである。思えばあのころから、もう吉田湊海ははっきりと鹿島アントラーズの選手だった。
東京を代表する強豪の街クラブとして知られる、FC多摩ジュニアユースで頭角を現し、中学3年時の夏に開催された日本クラブユースサッカー選手権(U-15)大会では、キャプテンとしてチームを日本一に導いたうえ、大会得点王とMVPを獲得。その名前は多くの人の知るところとなる。
もちろんそんな逸材にはオファーが殺到したものの、「本当に伝統のあるクラブで、あのクラブ全体の熱い感じが自分は好きだったので、鹿島を選びました」と鹿島アントラーズユースへの加入を決断。冬には中学卒業を待たずにアカデミーハウスへ入寮し、一足早くユースのトレーニングに参加しながら、チームのフィロソフィーを身体に刻み込む。
高校年代最高峰のリーグに当たる、高円宮杯プレミアリーグにデビューしたのは1年時の開幕戦。柏レイソルU-18戦にいきなりスタメンで起用されると、翌節の市立船橋高校戦では初得点もマーク。自ら獲得したPKを、当然のように蹴りに行き、当然のように決めてしまうあたりに、強靭なメンタリティが滲んだ。
レジェンドストライカーが示した「フォワードとして生きる道」
冒頭で紹介した言葉が出てきたのは、リーグ第3節の流通経済大柏高校戦。結果的にその年の高校選手権でファイナリストになるチームを相手に、堂々と渡り合っていた吉田は、1点ビハインドの後半に真価を発揮する。シンプルなクリアに素早く反応すると、マーカーと巧みに入れ替わり、そのままフィニッシュ。1本目のシュートは相手GKに弾かれるも、2本目をきっちり沈め、スコアを振り出しに引き戻す。
「ロングボールが来た時に、前に12番の大きい選手がいて、ファウルギリギリだったとは思うんですけど、身体をぶつけて自分のボールにしました。1本目の右足のシュートはちょっとうまく当たらなくて、『入らないかな』と思ったんですけど、キーパーが弾いたボールが左足の方に来たので、空いていたニアに流し込みました」
試合直後に得点シーンを振り返ってもらうと、いたって詳細に、理路整然と言葉を重ねる口ぶりも、15歳とは思えない。ここからの抱負を訪ねても、「プレミアというのは高校の中の最高峰のリーグで、自分の思ったようにプレーができない時もありますけど、自分が得意としているところは点を獲るところなので、これからも点を獲り続けられるようにしたいと思いますし、このアントラーズの中で中心になってやっていきたいと思います」ときっぱり。既に漂っていた只者ではないオーラが、強く印象に残った。
中学時代はボランチやトップ下が主戦場。本人も中盤でのプレーにこだわりを持っていたが、ユースではストライカー起用が続いた。当時の指揮官は、昨季からトップチームのコーチを務めている柳沢敦。吉田も「ヤナさんは本当にフォワードとしても一流の選手だったので、吸収する部分が本当に多いですし、動き出しや受け方は勉強になっていて、中学校時代に比べたらフォワードとしての動きは変わったと思います」と話していたが、日本を代表するストライカーだった柳沢の慧眼が、今の立ち位置に繋がっていることは語り落とせない。
念願のJ1デビューから続いた悔しい日常
Jリーグ初出場は高校2年生に進級したばかりの、2025年4月29日。J1リーグ第13節。横浜FCとのアウェイゲームで初めてベンチ入りを果たすと、90+4分に鈴木優磨との交代でピッチへ送り出される。16歳9か月14日はクラブ史上最年少のトップチームデビュー。ただ、吉田はいたって冷静に現実を受け止めていた。
「1分ちょっとくらいしかピッチに立つことはできなかったんですけど、自分はもうこの中でずっとやりたいなと思いましたし、ここで活躍できる選手になりたいなと思いました。まず試合に出られたことはいいんですけど、結果も大事だと思うので、次は(徳田)誉のゴール記録を抜かしていきたいという気持ちはあります」
次のターゲットはユースの2年先輩に当たる徳田誉が持っている、クラブ最年少のJ1ゴール記録。そのタイミングではまだ半年以上の“猶予”があり、大きな期待が集まったが、結果的に記録が更新されることはなかった。デビュー以降、2試合でベンチには入ったものの、2度目のJ1出場はシーズンの最後まで訪れなかったからだ。

一方で、本人はその理由も真摯に受け止めていた。J1の優勝争いも佳境に差し掛かっていた10月。その日も得点を奪ったプレミアリーグの試合後に、吉田が話していた現状への自己分析が印象的だった。
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Profile
土屋 雅史
1979年8月18日生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社。学生時代からヘビーな視聴者だった「Foot!」ではAD、ディレクター、プロデューサーとすべてを経験。2021年からフリーランスとして活動中。昔は現場、TV中継含めて年間1000試合ぐらい見ていたこともありました。サッカー大好き!
