【鼎談】竹内達也×らいかーると×片野道郎:“裏道”が日本を強くした?エリート育成では拾えない才能の正体
特集『イタリア代表はなぜ、弱くなったのか』の感想として「イタリア育成停滞の理由と日本の現状はかなり似ているのではないか?」という声を多くいただいた。そこで日本の育成年代を取材してきた竹内達也記者と、U-12(4種)年代を20年以上指導してきたらいかーると氏を招いて、日本とイタリアの育成の共通点と違いについて議論してみた。
前回は「フィジカル重視」という共通テーマから、日本とイタリアの育成がなぜ異なる結果にたどり着いたのかを掘り下げた。第2回ではさらに踏み込み、日本サッカーを支える“裏道”の存在に焦点を当てる。戦術化が進む育成年代、自由化される移籍、そして大学・街クラブ・高体連へと続く複線的なキャリアパス。なぜ日本では、エリート育成からこぼれ落ちた選手たちが、何度でも這い上がれるのか。イタリアとの比較から見えてきたのは、日本サッカー特有の“複線構造”だった。
U-12で“偽SB”の時代。戦術化する日本の育成現場
片野「日本では学校でサッカーできるのが大きいですよね。少年団も学校のグラウンドを使わせてもらえるとか。それと比べるとイタリアのU-12ではクラブチームやサッカースクールしかなくて、そこでも結果重視のサッカーをやる傾向が強いようです。ストリートとか、そういう遊びでサッカーをやる環境はもうなくなっている。日本ではその辺どうなのか、育成の現場に携わってきたらいかーるとさんから見て、U-12年代がサッカーをする環境がこの20年でどのくらい変わったのかをお聞きしたいです。一般的には子供たちの運動能力が低下しているとかも言われていますが、そういった視点も含めて変化を感じる部分はありますか?」
らいかーると「トップレベルというか、県でベスト8とか、下手したら全国に出るレベルのチームの話をすると、戦術のレベルは上がってきています。ビルドアップで可変式をするのも当たり前ですし、相手のシステムに合わせて守備の形を変えることも当たり前にもやっていますし、相手陣地ではマンマークでやって、自陣では[3-3-1]ゾーンで対応するとか、もうプロ顔負けです」
片野「そんな感じなんですね」
らいかーると「相手を見ての変化は当たり前になっています。偽SBも8人制なのにやってますよ。ただそれはサッカーの習慣として、僕は間違ってないと思っています。そういう方向への変化はいいことだと思ってトップレベルを眺めています」
片野「なるほど」
らいかーると「運動能力に関しては、昔に比べて低くなってきているというのは、あまり感じませんね。全体的には緩やかに下がってきているのかもしれませんが、トップの子たちはやっぱり身体が動きますし、最近は運動できるように育てる保育園とか増えてるじゃないですか。だから身体が動く子は動きます。だからサッカーが上手いかっていうと、そこはまた話が別なので面白いんですが、運動能力の低下はあまり感じないですね。ただ、スポーツをやっている子とやってない子の走り方の差は、ちょっとえげつなくなってはきています」
片野「サッカーをする環境という点ではどうですか?」
らいかーると「グラスルーツに関して言えば、この20年であまり変わっていないように思います。Xで保護者の方々が怨念のように呟いていますけど、遠くまで合宿に行ったのに子供が試合に出られなかったとか、そういう話は相変わらずたくさんあります。外からそれを見ていると、何でグラスルーツのチームがそれをやっているんだよって思いますが、彼らには彼らの言い分があるんで仕方ありません。だから、やっているサッカーの質とか、そういう点ではグラスルーツは上がってきていないイメージがありますね。ただ、その子たちが『このままじゃヤバい』と言って、ちゃんとサッカーを教えてくれるチームに移籍するケースはすごく増えました。
先ほど日本では大学年代でキャリアを再構築できるという話をしましたが、4種レベルでも選択肢が増えてきているんですよ。だから指導者の立場からすると、子供がちゃんとサッカーをやりたかったら今はそういう場所を選べるので、環境としては良くなっているのかもしれないですね」
「出られないなら移れ」タレントIDが変えた育成思想
片野「U-12でも選択肢が増えているんですね」
らいかーると「はい。増えていると思います。移籍に関しては、JFAにたくさんクレームが届いたせいで、基本的に自由ということになっているので。JFAから『移籍は自由です、引き留めや拒否は禁止です』という宣言が出たくらいですからね」
片野「それは4種だけですか?」
らいかーると「いや、上もですね。4種に比べれば少ないですけど、移籍はちょいちょいあると思います」
竹内「JFAの方針としては高校年代の移籍も自由が望ましいというくらいになっているように感じます。今、育成年代の子にIDを振ってデータを集約・追跡する『タレントID』の取り組みが進んでいるんですが、そこでも『我々が見たいのは出場時間だ』というのを明確に打ち出していました。すなわち『出られない選手は出られるところに行くべき』という明確なゴールがある。キャリアパスを記録して指導に活かすというのはもちろんですが、出場時間を満たしていないのであれば、その子がサッカーを十分にやれていないということだから、出場時間を確保するためにJFAが働きかけるような意図もあるのかなと思います。その後、技術委員長が変わって経過を聞いていないので、どう運用されていくのかはわかりませんが、当時はとにかく小学生の出場時間の提出を義務づけさせたい、というくらいの構想も持っていたようでした」
片野「管理の負担が大変そうですね」
竹内「そう思います(苦笑)。でも、小学生の頃から何分出ている子がどうなっていくかを、一人ひとりにIDを振ってキャリアパスをちゃんと追っていく仕組みを、ヨーロッパのいくつかの国でやっているという話は聞きますし、日本でもまず出場時間を増やす、その数字を記録してちゃんと追うというところがベースだったので、そこの問題意識はあったんだと思います。逆にそこさえ解決できれば、あとは自然に何とかなるという感覚なのかもしれません。
育成年代の変化という点では今回の特集でもう1つ個人的に気になる論点がありました。それはネット戦術文化の影響です。日本では必ずしも戦術への意識の高まりがイタリアで言われているような均質的な育成にはつながっていないと思っていて。エリートレベルで戦術への意識が明確に変わったのは2016年くらいからだと感じているんですが、らいかーるとさん、いかがですか?」
5レーンを知る小学生たち。ネット戦術文化が育成を変えた
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
