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失われた20年、イタリアはなぜ「タレント」を育てられなくなったのか【特集総括前編】

2026.03.16

【特集】イタリア代表はなぜ、弱くなったのか?#8

W杯4度の優勝を誇るイタリアが、2大会連続で出場できず、北中米W杯予選でも再びプレーオフに回ることになった。だが、より深刻なのは結果そのものではない。バッジョ、トッティ、デル・ピエーロといった天才を輩出してきた「タレント大国」から、世界を驚かせる選手がほとんど生まれなくなっているという事実だ。少子化、外国人枠、若手の出場機会減――説明は出尽くした。しかし、どれも決定打にはなっていない。本特集では、成功している国ではなく、失敗している国の内側にこそ学ぶべきものがあるという視点から、イタリアサッカーが直面している問題点を検証する。

第8&9回は今特集の全ての取材を担当した片野道郎氏による総括だ。異なるレイヤーの3人の証言を重ねて見えてきたのは、イタリアからタレントが生まれなくなった背景に「タレントを育てられない環境」が存在するという仮説だ。その環境はどのように形成され、なぜ変わらないのか。

出発点は2つの疑問

 本特集のテーマは『イタリアはなぜ、弱くなったのか?』だが、出発点として頭の中にあった問いはむしろ、なぜイタリア「だけが」弱くなったのか? だった。

 ストリートサッカーが消え、子供の運動時間そのものが減少して、サッカーが「習い事」化しているという社会環境の変化そのものは、イタリアだけの問題ではない。そうした変化の中にあっても、スペインやフランス、ポルトガル、イングランドといった大国はもちろん、オランダやベルギー、さらにはノルウェーのような中堅国まで、育成で成果を出している国は少なくない。

 しかしその中でイタリアだけは、2006年のドイツW杯を制したトッティ、デル・ピエーロ、ピルロ、ネスタ、カンナバーロ、ブッフォンら1970年代生まれの世代を最後に、ワールドクラスの輩出が止まり、代表チームも弱体化が進む一方だ。W杯出場権を2回続けて逃すというのは、本当に信じられないことだったし、EURO2020の優勝も、今から振り返れば復活の兆しというよりも単なる特異点に過ぎなかったように見える。

 さらに、問いはもう1つあった。それは「なぜイタリアは変わらないのか?」だ。

 実は本誌では、今からほぼ10年前、まだ紙の月刊誌だった2017年2月号で『イタリア再生計画』という特集を組んでいる。今回取材したサマデンにはその時も話を聞いたのだが(当時はインテルの育成責任者だった)、今回のインタビューの冒頭でも触れた通り、当時話題に上った問題のほとんどは、10年経った今も解決されないまま残っているのが実情だ。それがなぜなのかを理解しない限り、「弱くなった」理由の本質にはたどり着けないだろうという予感があった。

インテル育成責任者時代のロベルト・サマデン(左)

なぜイタリア「だけ」停滞したのか

 そうした前提に立って、問題に対する俯瞰的な視点を持つコンサルタントのラッリ、クラブの育成部門を率いる責任者サマデン、そして年代別代表を統括するエリート育成のトップであるビシディという立場の異なる3人に話を聞き、その内容を重ね合わせて見ていくと、1つの大きな仮説が浮かび上がってくる。

 それは、イタリアサッカーという環境そのものが、突出したタレントの輩出を妨げ、平均点の高い優等生が生き残るような仕組みとして機能しているのではないか、そのように構築されてしまっているのではないか、というものだ。「イタリアからはタレントが生まれなくなった」という言い方はおそらく正しくない。そうではなく「イタリアがタレントを育てられなくなった」ということなのではないか。

 上で「イタリアサッカーという環境」という言い方をしたのは、イタリアの育成が抱えている困難は、「若手に出場機会を与えない」「外国人選手が多い」「戦術ばかりで技術が疎かになっている」など、単一の問題に帰することができるものではなく、ラッリがインタビューの中で一貫して指摘していた通り、異なるレイヤーが複雑に絡み合った構造的な問題であるように見えるからだ。

 実際、3人が挙げてくれた問題点は、イタリアの社会・文化、サッカー界の制度やガバナンスといった上部構造から、クラブとアカデミーの運営、そして育成現場という下部構造まで、すべてが相互に作用し合う多層的な構造の中で生まれている。それを解きほぐすためには、まずそれぞれのレイヤーにおける問題の所在を整理してみる必要があるだろう。

イタリア社会に根づく価値観

 まず、一番上にあるのは、イタリアの社会・文化にかかわるレイヤーだ。サッカーに限らず、イタリア社会のあり方そのものに根ざした文化的な要因、と言ってもいい。

……

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Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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