「いいサッカーをして勝つ」ための孤独な闘い――2019年、永井秀樹が率いた東京ヴェルディの内実
泥まみれの栄光~東京ヴェルディ、絶望の淵からJ1に返り咲いた16年の軌跡~#11
2023年、東京ヴェルディが16年ぶりにJ1に返り咲いた。かつて栄華を誇った東京ヴェルディは、2000年代に入ると低迷。J2降格後の2009年に親会社の日本テレビが撤退すると経営危機に陥った。その後、クラブが右往左往する歴史は、地域密着を理念に掲げるJリーグの裏面史とも言える。東京ヴェルディはなぜこれほどまでに低迷したのか。そして、いかに復活を遂げたのか。その歴史を見つめてきたライター海江田哲朗が現場の内実を書き綴る。
第11回は、2019年夏、東京ヴェルディの監督に就任した永井秀樹氏が掲げた理想、選手たちの共鳴、同時にクラブが抱えていた内情について詳細に描く。
「ヴェルディ語を習得する」という信念
2019年7月18日、東京ヴェルディの新監督に就いた永井秀樹は、報道陣を前にした最初の囲み取材でこう話した。
「基本的な考え方はユースの指導と変わらない。ユースの選手であれくらいのサッカーができるなら、プロの技術レベルならもっとやれるでしょう。きれいごとに聞こえるかもしれないけど、いいサッカーをして勝つ、ここはブレずにいきたい。いいサッカーをしたほうが勝つ。勝つためにいいサッカーをするんだと。第一、自分たちがボールを持っていないと面白くないでしょ。やっている選手が面白くなければ、観ている人たちも楽しめるわけがない」
日本サッカー協会から公認S級ライセンス(現JFA Proライセンス)の認定が下りたのが同月11日。資格を得て、即座に現場を預かることになった。永井の監督就任は既定路線と見られ、私はくるべきものがきたという受け止め方をした。
のちに永井はポゼッションサッカー、パスサッカーをやるつもりはないと明確に否定しているが、目指すスタイルを構築するうえでボール支配率は最初の取っ掛かりのひとつだった。
選手を起用するうえでプライオリティの上位に置くのは、止める、蹴るの技術、状況判断の正確性だ。ボールの動かし方やパススピードにこだわり、特にポジショニングにはセンチ単位でこだわる。ポゼッションで相手を圧倒し、同時に「5.5」(ボールロストから5秒5メートルは全力で追いかけるカウンタープレス)を指針として示した。
「人生はなかなか自分の思ったとおりにはいかないもの。まさか現役の最後をこのクラブで終えられるとは考えていませんでしたし、今回の件もそれと同じです。トップの監督のオファーをいただき、迷う、迷わないといった次元の話ではなかった。常々、ヴェルディを再建したいと公言しながら、ここで逃げ出すわけにはいかないでしょう」
永井は力みのない軽やかな口調で語る。
この人物においては、人生をサッカーに置き換えることが可能だろう。10代の頃から名うてのドリブラーとして鳴らし、国見高、国士舘大を経て、1992年、ヴェルディ川崎(現東京V)に加入した。「太く短く」をモットーに飛び込んだプロの世界だったが、現役生活は24年間に及び、2016シーズンを最後にスパイクを置いたときは、Jリーグ最年長の三浦知良(横浜FC)に次ぐ45歳となっていた。「選手として衰えた、みっともない姿は周りに見せまいと決めていたんですが、年を重ねるごとにボールを蹴る日々が愛おしくなってね。自分でも戸惑うほど、どんどんサッカーが好きになっていった」と当時を述懐する。
チームで用いる戦術を開示し、選手にはそこで要求する基準を示す。戦い方を形づくっていく仕事が始まる。
「選手に求めるのは、プレーの判断を間違えないこと。そして、仲間のためにやれるかどうか。(リオネル・)メッシなら、無関係に試合で使いますよ。でも、そんな選手はいませんからね。サッカーは正解のないスポーツ。そのうえで、自分たちがどういうサッカーをしていくのか方向性を明確にしていくのが大事。いずれは、人から『ヴェルディらしいサッカーとは何なのか?』と問われたとき、全員が同じことを言えるようにしたい」
サッカーに生きる人たちは、コミュニケーションを取るうえで、一般的な言語のほかにサッカー語を話す人種だと私は定義している。それぞれの地域やクラブに根づくカルチャーによってさらに細分化され、ローカルな共通言語を持つ。
永井が指し示すのは、知識やプレーのやり方を身につけるだけではなく、本質的には「ヴェルディ語」を習得するということだ。いつまで経っても言葉の意味が通じない選手は、集団から取り残されていく。

強烈な求心力と同時にはらんだ危うさ
一方、懸念される事柄もあった。いかに選手の能力を最大化させるチームマネジメントを行えるか。現役時代の永井は、対象を絞ったマネジメントの深さはすでに達人の域だった。心酔する選手は数人おり、彼らが身を粉にして働き、持ち味が存分に引き出されることに疑いの余地はない。
反面、本心を隠して全方位外交ができるほどの器用さはなく、偏りや極端さが人物の魅力を際立たせていた。一匹狼として生きるのならそれもよしだが、監督業はその態度では務まらない。
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Profile
海江田 哲朗
1972年、福岡県生まれ。大学卒業後、フリーライターとして活動し、東京ヴェルディを中心に日本サッカーを追っている。著書に、東京Vの育成組織を描いたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)。2016年初春、東京V周辺のウェブマガジン『スタンド・バイ・グリーン』を開設した。
