当時の藤枝の状況と横浜FCの「今」は似ている。須藤大輔新監督が掲げる「インプレッシブサッカー」とは何か(前編)
Jリーグ新監督のビジョン#6
2026シーズンのJリーグは、降格がない百年構想リーグという変則レギュレーションの後押しもあり、チャレンジングな監督人事が目立つ。サンフレッチェ広島のバルトシュ・ガウル監督は38歳、ガンバ大阪のイェンス・ヴィッシング監督は37歳とドイツの新世代監督を招聘。トップレベルの指導経験はない藤枝MYFCの槙野智章監督も驚きの人選だった。名古屋グランパスのミハイロ・ペトロヴィッチ監督や北海道コンサドーレ札幌の川井健太監督、横浜FCの須藤大輔監督といった攻撃サッカーを掲げる戦術家も新天地で新たな挑戦を始める。未知の魅力にあふれた新たなサイクルの幕開け――Jリーグ新監督のビジョンに迫る。
第6&7回は、5シーズン率いた藤枝MYFCを離れ、横浜FCで新たな挑戦を始める須藤大輔監督。前編では横浜FC監督就任の経緯、新天地で掲げる「インプレッシブサッカー」に込められた意味、そして「今の横浜FCの状況と似ている」と語る藤枝MYFCでの新スタイル導入秘話を赤裸々に語ってくれた。
「横浜FCのビジョンにすごく感銘を受けた」
——今年からは横浜FCで指揮を執るということで、心機一転という感じなのでしょうか。
「はい。まず、オファーをいただいた時に、横浜FCのビジョンにすごく感銘を受けたんです。クラブからは、これまでの横浜FCはクラブとしてのフィロソフィがあまり見えてこなかったかもしれないが、これからそれを打ち出していくという話をしていただきました。具体的には、見ている方に希望や勇気や感動を与え、魅了していくサッカーをして、魅力的なクラブになっていく。それをアカデミーも含めて全カテゴリーで一本化し、ユースからトップチームに昇格させて、しっかり育成しながら勝っていくスタイルを構築していこうと。その話を聞いた時に、自分にすごく合っていると感じたんです。
僕は0から1を作り出すのが楽しいタイプです。それは本当に大変なことだけれども、横浜FCの魅力的なサッカーを『インプレッシブサッカー』というテーマで今シーズンから構築していきます。見ている方が感動する魅力的なサッカーで勝つ、そういうことをやりたいと思っている矢先にこのオファーが来たので、その期待に応えたいと思った。それが、今回の就任に至った運びです」
——藤枝MYFCも歴史のあるクラブながら、J3昇格後もなかなか観客が増えず、藤枝東高校の試合の方がお客さんが多いくらいの状態でした。そこから5シーズンかけて藤枝のオリジナルのスタイルを構築した須藤監督が、今度は横浜FCでもそういったチャレンジなのですね。
「そうなんです。自分の中でもチャレンジしたいという思いがあったタイミングでしたし、何よりサッカーって、周りに波及していくんですね。やはり魅力的なサッカーをする、ひたむきに最後まで諦めない姿勢を見せるということは、見ている方にいろんなものを届けることができて、それこそ300人のサポーターしかいなかったのが1000人、2000人、3000人と増えていく。昨シーズンの藤枝のホームゲーム平均入場者数は約5000人になりました。そういうことを考えると、やはりサッカーには力があるなと。
だから僕は自分自身もサッカーを通じて感銘を受けたり感動したりしたことを、もっと多くの方に感じてもらいたいという思いが強いんです。僕はこう見えてロマニスタなので、夢やロマンを求めてやっていきたい。
そういう僕の思いもクラブと合致していたんです。横浜には横浜F・マリノスだったり、野球でも横浜DeNAベイスターズという大きな存在がいますが、そこでナンバーワンになることを目指したいんです。藤枝でも同じカテゴリーに清水エスパルスがいてジュビロ磐田がいた中で、僕はその序列を変えると宣言して、それぞれに1回ずつは勝てたというところで、爪痕は残したのかなと思っています。藤枝には、藤枝東高校もそうだし、藤枝市役所にも藤枝東OBがいて、サッカーを見る目の肥えたご年配の方々がたくさんいらっしゃって、ただ勝つだけじゃ拍手はしてもらえないんですよね。逆にいいサッカーをすれば、極論、負けても拍手してもらえる。そういう文化の中で自分も鍛えられました。清水や磐田という名門に対しても、スタイルだけでなくサッカーの大前提のところ、インテンシティや強度、走力でも絶対に勝てるよう上げていきたかったし、それを貫くことができました。
この横浜FCというクラブにも大きなポテンシャルがありますから、やはり横浜ナンバーワン、神奈川ナンバーワンを目指す。それくらいの大きなものを感じています。それをしっかり具現化して、ただ勝つだけでなく、魅了して勝つというサッカーを、この百年構想リーグからやっていきたいと思っています」
「インプレッシブサッカー」に込められた意味
——藤枝では「超攻撃的エンターテインメントサッカー」というキーワードを掲げていましたが、横浜FCでは「インプレッシブサッカー」になるんですね。
「攻撃的というワードが自分の中には一貫してあるのですが、それよりも現在の横浜FCが何をしたいかというと、魅力的なサッカーをしてサポーターを増やすとか、アカデミーのレベルをさらに上げて、選手をトップチームに昇格させたいとか、明確なものがあります。小さいお子さんたちがジュニアチームに入って、トップチームのような楽しいサッカーをやりたいと思ってくれると地域が活性化する。それを僕は現実に体験したので、やはり『印象づける』ということを考えると、『インプレッシブ』は僕の中で外せないワードとしてのトップでした。それをサッカーとして表現していきたいと思っています」
——ボール保持率やパス本数などの目標値も提示されたとお聞きしていますが。
「目安としてボール保持率は65%、パス本数が650本、パス成功率が80〜85%でシュート数は20本以上。ただ、逆に保持率30%でもパスが200本でも勝つ試合はたくさんあります。その中で我々が650本とか65%を目指すというのは、じゃあ何を目的としているのかと言ったら、やはりゴールなんですね。そのための手段として、65%と650本を頭の片隅に入れておきたい、というところです。やはりそういった数値を出さないと再現性は生めない。偶発性とか、もちろん即興性もあるんですけれども、再現性を求めてゲームをプランニングしていきたいという思いがありますので、その数値を叩き台として挙げさせてもらいました。
もう1つは、相手エンドでプレーし続けしたい。カウンタープレスで即時奪回して、2次攻撃3次攻撃4次攻撃を仕掛けながら、常に相手エンドでプレーしたいと考えています」
——先ほど再現性というお話が出たのでちょっと須藤監督の考えをお聞きしてみたいんですが、縦に速くトランジションの活発なサッカーでは、例えば奪った瞬間にこちらの思惑通りの形ではないことも多いと思います。その中での再現性は、どのように描き出されていくのですか。
「まずカウンタープレスに行ける距離というところで再現性を持っていきたいです。選手は奪える瞬間を共有できるものだと僕は思っていて、『あ、ここ奪えそうだな』と思った時に第1波と第2波、僕はカウンタープレスのゾーン1、ゾーン2、ゾーン3と呼び分けているんですが、そのゾーン1、ゾーン2の選手たちが取れるぞと思った瞬間に、奪いに行く人ともう攻撃のポジションを取る人とを分けていければ、再現性は出るのかなと。だから相手にとっては『ミスを誘われる』という意味で偶発的だと思うんですが、我々としてはそこで奪って速く攻めきるという上で、そのカウンタープレスすらも再現性と言えるのかなと考えています」
——その「ゾーン1、ゾーン2」というのはピッチのゾーンではなく、一般にいうファーストディフェンス、セカンドディフェンスといった意味に近いでしょうか。
「はい。ボールから近いゾーンをゾーン1。第2波でフィルターになるのがゾーン2。ゾーン3は最終ラインでゾーン4がGKといった具合に、ボールの位置で区分けしています。
ゾーン1での、ゲーゲンプレス、カウンタープレスの迫力。そこを抜けてきたのをゾーン2がしっかりシャット・ザ・ゲートするという認知。で、最終ラインは下げすぎるとゾーン2とゾーン3の間にボールが落ちてきて相手に湧き上がってきてしまわれるので、高い位置をキープしながらセカンドボールも拾える、かつ相手の攻め残っている選手にもプレッシャーに行けるという距離を保つ。さらにそこでも抜かれたらゾーン4のGKがしっかりカバーしましょうよ、と。
ただ、それをやっていてもやはりゾーン1のところで漏れてしまって、ゾーン2で行っちゃって剥がされて相手に湧き出されて。先日も横浜F・マリノスとのトレーニングマッチではそれでカウンターを受けてしまった場面があったので、まだまだそこの迫力だったりゾーン2とゾーン3の立ち居振る舞いについては質を上げていかなければならないと思っています」
「ボール保持65%」は基準だが、目的化はさせない
——選手の意識を変える上で、数値目標を提示するのは全員の意識を揃えるにはわかりやすくて効果的だと思いますが、ともすれば手段が目的化してしまうリスクもあると思います。例えば保持率65%、パス650本を達成できても負けてしまう試合もある中で、パフォーマンスのより詳細な判断基準はどのように設定しているのですか。
「1つの基準は、相手ペナルティエリアへの進入回数ですね。ボール保持率と言っても、僕は相手エンドでの保持率を高めてもらいたいんです。自陣でいくらボールを回していても、ただ回させられている感じになってしまう。もちろん相手陣地に入っても、リトリートした相手の前で舐めるようなパスばかりしていればそうなってしまうんですが、まずは相手エンドでどれだけ回せるか、プラス、ペナルティエリア内にどれだけ進入できたか。数値にはいろいろあって、例えばキーパスを入れるとか相手の最終ラインをブレイクするといった数値などもあるんですが、僕はそこまではあまり気にはしていなくて、そこは主観としてどれだけ前にボールが入ったかを判断材料にしています。
だって、恐ろしいじゃないですか、ボール保持で満足するサッカーって。それは本当にエゴでしかないですし、自己満足のサッカーだと、それは選手たちにも言ってあります。保持率30%でも勝てる試合はいっぱいあるし、200本のパスでも勝てる試合はある。じゃあ何が違うのかと言ったら、ゴールへ向かう姿勢や迫力、ゴール方向へのプレー、パス。そこは絶対に度外視してはいけないと。
で、ボールを奪ったら何のためにカウンタープレスを仕掛けるのか。何のためのハイプレスなのか。それは守るためではなくて攻撃してゴールを奪うための時間だと。だからメリハリとしてまず『ゴールからの逆算』を僕は拠りどころにしていて、選手にも共有しています」
——手段が目的化しないようにということですね。
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Profile
ひぐらしひなつ
大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。最新刊は2023年3月『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』。 note:https://note.com/windegg
