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プレミア開幕5戦未勝利→11戦10勝を支える「疑似カウンター+中央攻略」への原点回帰。3位アストンビラに学ぶ首位アーセナル攻略法

2025.12.17

第16節を消化した今季も熾烈な争いが繰り広げられているプレミアリーグの3位に、開幕5戦未勝利の19位から2位マンチェスター・シティと勝ち点1差まで順位表を駆け上がった古豪の名前がある。前節では首位アーセナルにも土をつけた直近11戦10勝を収めているアストンビラのことだ。復調の秘密である「疑似カウンター+中央攻略」への原点回帰を、Xで「AVFC Japan」として日本のサポーター向けに同クラブの情報を発信している安洋一郎氏がたどる。

 今のプレミアリーグほど、予測が困難なリーグはないだろう。リーグ全体で戦力が拮抗しており、簡単な試合が1つもない。1節ごとに大きく順位が変動することが熾烈な環境であることを物語っている。

 この予測が難しいことを象徴するクラブが、ウナイ・エメリ監督が率いるアストンビラだ。彼らは開幕から絶不調に悩まされ、ようやくリーグ戦の初ゴールが生まれたのが第5節サンダーランド戦。続くフルアム戦で開幕6試合目にして初勝利を飾った。

 開幕5試合で未勝利だったことから一時は降格圏の19位に沈んでいたが、第6節から第16節までの11試合で10勝と驚異的なペースで勝ち点を稼いだ。本稿執筆時点では、首位アーセナルと勝ち点「3」差の3位まで順位を上げている。

 なぜ、アストンビラは「残留争い」から一転して、「上位争い」へと加わることができたのだろうか。

支出制限、ケガ人続出…今季開幕直後が不調だった理由

 まずはアストンビラが開幕直後に不調だった理由について言及する。最大の要因は、夏の移籍市場における不安定さだろう。

 アストンビラはエメリが2022-23シーズン途中に監督に就任して以降、7位→4位→6位と3季続けて欧州カップ戦出場権を獲得している。従ってプレミアリーグの財務規定だけでなく、より厳格なUEFAの財務規定も遵守する必要があり、その影響をダイレクトに受けた今夏の移籍市場では支出制限を余儀なくされた。

 結果的に移籍金をかけて獲得した選手は、控えGKのマルコ・ビゾット(←スタッド・ブレスト)と昨季のリーグ1で頭角を現したFWエバン・ゲザン(←ニース)の2名のみ。マーケットの最終日にローン移籍でジェイドン・サンチョ(←マンチェスター・ユナイテッド)とハービー・エリオット(←リバプール)、フリーでビクトル・リンデロフを獲得したが、移籍金の合計は3050万ユーロ(約51.8億円)と、プレミアリーグの20クラブの中では最下位だった。

 選手獲得だけでなく、主力選手の放出の噂もマーケットの最終日まで絶えず。正GKのエミリアーノ・マルティネスやエースのオリー・ワトキンスにも移籍の可能性があった。こうした不安定な要素が重なってチームにまとまりが欠けたのは事実だろう。

 また3列目の選手たちの負傷離脱が相次いだことも痛恨で、一時は1~4番手までが全滅。本来は2列目で起用したいジョン・マッギンと5番手のラマル・ボハルデでダブルボランチを形成する試合もあり、チームの舵を取る中盤のクオリティも足りていなかった。

 ピッチ上では、プレシーズンマッチで負傷し、ぶっつけ本番で開幕戦に間に合わせたモーガン・ロジャーズのコンディション不良も悪い方向に響いた。足にボールがつかず、フェイントや重心移動の巧さで得意の相手の矢印を折るドリブルが鳴りを潜めた。簡単なパスを相手に引っ掛け続け、パス成功率が50%を下回った試合もあった。

 それでもエメリはロジャーズをリーグ戦のスタメンから外すことはなかった。これは年間を通したマネージメントとピーキングに長けている彼ならではの起用法だろう。シーズン全体のことを考えると、戦術的なキーマンであるロジャーズの調子が上がらない限りはチームの強さはピークに達しない。これは昨季のワトキンスの起用法にも重なる。昨季もエメリはケガの影響でプレシーズンを全休していたチームの絶対的なエースを我慢して起用し続けていた。

 結果的にエメリの“忍耐力”が功を奏し、ロジャーズは10月あたりから調子を取り戻す。12月にはベストなコンディションとなり、第16節ウェストハム戦ではクオリティの高い2ゴールを決めてアストンビラを逆転勝利に導いた。

パウ・トーレスとともに“原点回帰”で復調

 ロジャーズの復活に加え、リーグ戦開幕5試合未勝利から復調するキッカケとなったのが、序列を落としていたパウ・トーレスのスタメン復帰である。

 昨季終盤にエメリ監督は攻守のバランスを調整し、その中で左CBは守備的なタイロン・ミングスと攻撃的なパウ・トーレスの間で序列が入れ替わっていた。両者の昨季の90分あたりの平均失点数は「0.88」と「1.38」と大きな隔たりがあり、この指揮官の決断は功を奏した。大量得点の試合こそ少ないながらも、リーグ戦のラスト11試合を8勝1分2敗と上り調子で駆け抜けている。

 今季も昨季終盤の守備的な戦い方を継続する形でミングスが先発、パウ・トーレスがサブという序列だったが、第6節フルアム戦の前半に前者が負傷。ビルドアップでクオリティを出せるスペイン代表DFに強制的に出番が回ってきた。すると、本来のエメリのチームらしい「相手を自陣に引き込んでからの疑似カウンター」と「中央からの攻略」が復活。

 この試合で3-1の逆転勝利を収めると、続く第7節バーンリー戦では、2025年1月に加入したドニエル・マレンがトップ下でスタメンに抜擢された。それまでオランダ代表FWは、最前線のワトキンスと併用される際はワイドで起用されることが多かったが、ブロックを組んだ際の守備意識の低さから序列を上げ切れずにいた。しかし、バーンリー戦にてトップ下で起用されると、自慢の加速力やターンの巧さを生かして2ゴールを記録。2023-24シーズンにFWムサ・ディアビ(現アル・イテハド)が担っていた「ファイナルサードでの加速」の要素も復活し、エメリ2季目に似たフットボールへと原点回帰した。

 試合を経過するごとに、マレンを含めて昨シーズンに加入したMFアマドゥ・オナナやDFイアン・マートセンら2季目の選手たちも順応に時間がかかるエメリのフットボールに適応。昨季後半戦にレバークーゼンにローン移籍していたMFエミリアーノ・ブエンディアも完全復活を果たし、補強が限定的だった中でも戦力アップに成功した。

WG全盛期になぜ?10番の3枚同時起用が生む“迷い”

 今夏にアストンビラはFWレオン・ベイリーをローマにローン移籍で放出したことから、スピードが武器のワイドアタッカーが不在の中で戦っている。従来のポゼッション型のチームは、敵陣に押し込んだ際に違いを作れるワイドアタッカーが欠かせない。アーセナルのブカヨ・サカ、マンチェスター・シティのジェレミー・ドク、チェルシーのペドロ・ネト、リバプールのコーディ・ガクポらがその代表例だろう。

 しかし、エメリのチームには上記のようなワイドアタッカーがいないに等しい。左ウイングで起用されることが多いサンチョはプレミアリーグではスピード不足のため個人で打開できるシーンが少なく、右ウイングで起用されることが多いゲザンもインサイドでのプレーの方が得意だ。

 リーグ戦のスタメンに抜擢される2列目の選手は、ロジャーズやマッギン、ユーリ・ティーレマンス、エミリアーノ・ブエンディアのような“10番“に近いキャラクターの選手たちである。ボールを簡単には失わない技術を持つ彼らを2列目に配置する理由はエメリ流のプレス回避にあるだろう。

……

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Profile

安 洋一郎

1998年生まれ、東京都出身。高校2年生の頃から『MILKサッカーアカデミー』の佐藤祐一が運営する『株式会社Lifepicture』で、サッカーのデータ分析や記事制作に従事。大学卒業と同時に独立してフリーランスのライターとして活動する。中学生の頃よりアストン・ヴィラを応援しており、クラブ公式サポーターズクラブ『AVFC Japan』を複数名で運営。プレミアリーグからEFLまでイングランドのフットボールを幅広く追っている。

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