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トーマス・フランクと「xGを作る能力」。伊沢拓司が紐解く新生トッテナムの“らしくなさ”の正体

2025.10.18

the SPURs for the Spurt 〜N17から眺めるプレミアリーグ〜 #10

熾烈な上位争い、世界中から集まる有望株、終わることのないマネーゲーム……欧州サッカーの中心となったプレミアリーグが、なぜここまでの地位を手に入れたのか、そして今後どうなっていくのか。“クイズ王”としておなじみの伊沢拓司が、敏腕経営者ダニエル・レヴィ率いる(※94日に退任が発表された)トッテナム・ホットスパーを通して、その活況の要因と未来の展望を綴っていく好評連載。

第10回は、ブレントフォードからやってきた新指揮官の、近年のスパーズにおいては新鮮な思想、ゴールとゴール期待値(xG=Expected Goals)に関する考え方について。

レヴィ会長の“解任”とピッチ上の安寧

 現在、トッテナムを取り巻く状況は近年見られなかったものだ。

 ここ5年を一言で表すなら「経営の安定とピッチ上の混乱」。近年のスパーズらしさであるとともに、現地のファンがフラストレーションを溜めていたポイントである。ダニエル・レヴィ会長の下、安定した経営基盤が形作られたが、ピッチ上ではうまくいかないことが多く何人もの監督が就任しては辞めていった。それゆえ、経営陣が私腹を肥やしているなどというお門違いの批判が巻き起こり、ピッチ上のうまくいかなさは根拠なく経営陣へと転嫁されていった。それでも揺るぎなくレヴィは振る舞い続けたし、ゲーム内の課題にもアプローチはし続けていた。

 しかし、今の状況は少し違う。ピッチ上はトーマス・フランクの下で試行錯誤中ながらも短期的には結果が伴っている。新戦力のフィットも上々だ。それに対し、経営層には近年稀に見る大きな変革があった。

 名物会長であるレヴィが突如退任したのである。いや、「退任させられた」が正確だろうか。レヴィの雇い主にあたる本来のオーナー、ルイス一家がレヴィをクビにしたのだ。私がスパーズファンたる拠り所であった人物であり、タフネゴシエーターとして世界中のフットボールファンに知られた男は、あまりにもあっけなく愛したクラブを去った。

 その後、ルイス一家はクラブへの巨額の資金注入を発表。クラブがとんでもない高額で売却されるという報道もあったが、その事実を否定した上での投資であった。そうした一連のムーブは現地ファンから概ね好意的に受け入れられているものの、この動きを「より価値を高めた上でクラブを売るための準備」と見る向きもある。

 現時点ではまだわかることは少なく、レヴィもほぼ口を開いていない中で言えることがあるとしたら、クラブを愛するということにおいてレヴィ以上の執行者は本当に稀であるということだ。ほぼすべての試合を現地で観戦してきたダニエル・レヴィは紛れもなく世界一のスパーズサポーターであったし、そうした人間が愛のみではなく現実主義と財政規律でもってこのクラブを支えてきたことは大変な幸せであった。

 今回はよほどこの騒動について書こうと思っていたが、日々情勢が動くがゆえ、一旦ここでは言及を避けたい。数カ月かそれ以後に、いろいろと見えてきた段階で書くのが良いだろう。

 むしろ今回は、もうひとつの「イレギュラー」について書きたい。これまでになかった、ピッチ上の安寧のことだ。フランク政権下の公式戦は現時点でまだ1敗(6勝4分)、結果だけを見ると安定感がある。アンジェ・ポステコグルーだって就任当初は勝ちまくっていたのだが、その頃とはまた違う安定感や将来性をフランクからは感じることができているし、それは悲しいかな「スパーズらしくなさ」でもある。ピッチ上での新生スパーズはどのように振る舞い、そして今後どのように変化していくのか。ここ数カ月と、ブレントフォード時代のフランクを糧にして、その「スパーズらしくなさ」を紐解いていきたい。

デンマーク出身の新監督は10月9日に52歳の誕生日を迎えた

ゴール数>ゴール期待値か、ゴール期待値>ゴール数か

 就任して数カ月のトーマス・フランクを知るには、なによりもまずブレントフォードでの実績から考えていくことになるだろう。2部にいたチームをプレミアリーグまで引き上げ、さらには十分に戦えるチームへと仕上げてみせた。相次ぐ主力の引き抜きに小さな予算規模と、マネーによるパワープレーに満ちたこのリーグを戦っていくにはだいぶ不利な条件の下で、だ。

 実は、このたびフランク政権下のブレントフォードを知るためにとても良い日本語書籍が出た。

 ジェームズ・ティペット著、田邊雅之監訳『xGENIUS エックスジーニアス 確率と統計で観るサッカー』(イースト・プレス)、あまりにもfootballista読者が好きそうな本である。私も即購入し読んでみると、期待通りブレントフォードの話がたくさん書いてあった。帯文はブライトン推しだったが、内容的にはブレントフォードの話題のほうが多い。プロギャンブラーにして統計分析会社の創業者であるオーナー、マシュー・ベナムと、指揮を任されたフランクの哲学が随所から読み取れる一冊であった。

 やはり注目すべきはタイトルにもある通り「xG」、ゴール期待値についての考え方であろう。そして、xGと、その見方に関するフランクの思想は、我々スパーズファンの多くにとって新鮮で、それゆえにもしかしたら受け入れがたいものなのかもしれない。

……

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Profile

伊沢 拓司

私立開成中学校・高等学校、東京大学経済学部卒業。中学時代より開成学園クイズ研究部に所属し開成高校時代には、全国高等学校クイズ選手権史上初の個人2連覇を達成。2016年に、「楽しいから始まる学び」をコンセプトに立ち上げたWebメディア『QuizKnock』で編集長を務め、登録者数200万人を超える同YouTubeチャンネルの企画・出演を行う。2019年には株式会社QuizKnockを設立しCEOに就任。クイズプレーヤーとしてテレビ出演や講演会など多方面で活動中。ワタナベエンターテインメント所属。

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