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進化型サッカー評論❹ゴール期待値「ExpG」

2016.07.13

月刊フットボリスタ第35号特集「新世代メディアとサッカー」より

 サッカーの試合を客観的なデータを通して切り取り、より深く分析・理解しようという試みは、あらゆるところで進んでいる。本誌2月号の連載コラム『CALCIOおもてうら』で取り上げた「ゴール期待値=Expected Goals」(以下ExpGと略)もその一つ。「勝敗や順位予想の確率が最も高い分析メソッド」として注目を集め、議論の的になっているこのExpGは、一言でいうと「そのチームに1試合あたりどれだけの得点/失点が期待できるか」を示す数値である。

シュートと被シュートを比較した
総合的なパフォーマンス評価の指標

 あらためてその概要を整理しよう。

 得点を挙げるためにはシュートを打たなければならない。したがって、シュートと被シュートの本数は、チームの攻撃力と守備力を反映する一つの有効な指標になるはずだ。

 しかし一口にシュートと言っても、ゴール正面5mからフリーで流し込むだけのシュートと、エリア外でしかも角度のないところから打つミドルシュートでは、同じ「1本」でもゴールになる確率は大きく異なる。だったら、一つひとつのシュートについてゴールになる確率を何らかの形ではじき出すことができれば、単一の試合におけるパフォーマンス評価基準としてはもちろん、ある一定の期間、あるいはシーズン全体を通した攻撃力/守備力の絶対値やその推移を把握することも可能になるはず――というのが、ExpGの基本的な発想である。

 この数値を算出するために使われているのは、大手データ分析会社『Opta』が欧州主要リーグの全試合について提供している、すべてのシュートに関する内訳を細かく分析したデータだ。シュートを打った位置(距離と角度)、シュートの種類(キックかヘディングか)に始まって、ラストパスの種類、直前に行われたプレーの種類、シュートに至るまでのパス本数、プレーの開始点となるボール奪取位置まで、それら数多くのデータ項目をパラメーター化して統計的な操作を行うことで「そのシュートが得点に繋がる確率がどれだけあったかという期待値(0から1まで)」がアウトプットされるという仕組みである。

 例えば、基本的な条件が常に同じであるPKのExpGは0.76。最も期待値が高くなるのは「オープンプレーにおいて、スルーパスの後にもう一つのパスを経て、ゴールエリア内から放たれるシュート」。そのほとんどは、スルーパスで裏に抜け出したプレーヤーがGKと1対1になり、そこからゴール前に走り込んだ味方に横パスを出して、その味方が無人のゴールに流し込むシュートだ。

 こうして算出されたExpGを1試合の全シュートについて積み上げれば、その試合における「得点期待値」が、被シュートについて同じことをすれば「失点期待値」が算出される。そしてその差分である「得失点期待値」は、チームの総合的なパフォーマンスを評価する指標になる。

ExpGが見せてくれる
「もう一つのEURO2016」

 面白いのは、このExpGというコンセプトは、市井(しせい)の愛好家によって考案・発表され、インターネット上のコミュニティにおいて「オープンソース」的に開発が進められているところ。2013年にイギリスのスポーツ・アナリティクス愛好家ポール・ライリーが、自身の『Differentgame』というブログで発表したのをきっかけに、今ではヨーロッパとアメリカでいくつものブログやWEBサイトが、独自のパラメーターに基づくExpGを公表し、そのメソッドについての議論を続けている。

 その対象はプレミアをはじめとする主要リーグにとどまらず、W杯やEUROのようなビッグイベントにも及んでいる。実際今回のEURO2016をめぐっても、WEB上では様々な形でExpGを使った分析が公開されている。その主な舞台となっているのは、最も機動性の高いプラットフォームであるTwitter。例えば、ExpGコミュニティの中心を担うブログの一つ『Cartilage Free Captain』を主宰するイギリス人マイケル・カレーは、EURO全試合について、両チームの全シュートをピッチ上にプロットし、それぞれのExpGを四角形の大きさで表した図表をツイートしている。

 例えば、1–1でPK戦にもつれ込んだラウンド16のスイス対ポーランド。前半終了時点の累積ExpGはスイスの0.6に対しポーランドが1.4と、0–1でリードしている内容がはっきりと反映されている。

First half xG map for #SUI#POL. Good start to the knockouts, deserved lead for #POL. pic.twitter.com/V0bAKYuqne

— Michael Caley (@MC_of_A) 2016年6月25日

 そして120分を終えた時点でのExpGはスイス1.5対ポーランド1.7。トータルで見ればほぼ互角と言っていい内容だったが、後半と延長を合わせた75分では、スイスが1.1ゴールに値する攻撃力を見せたのに対し、ポーランドは0.3ゴール分の攻撃しかできなかったことがわかる。

xG map for #POL#SUI. #SUI much better in second half and extra time, but overall basically even match. pic.twitter.com/ONIonlevb5

— Michael Caley (@MC_of_A) 2016年6月25日

 ExpGは、単一の試合だけでなく、大会を通したパフォーマンス評価にも使える。

 グループステージの3試合を通して、最も「得失点期待値」が高かったチームは、累積のゴール期待値6.4に対して被ゴール期待値を1.0に抑えたドイツ。これを3得点0失点という実際の数字と比較すると、挙げた得点は期待値に見合っていない(フィニッシュの詰めが甘い)一方、守備は数字通りにしっかり機能している(1試合平均0.33ゴール分のチャンスしか相手に与えていない)ことがわかる。

Group stage xG map for #GER. The Germans walked the group and only poor finishing kept this from getting silly. pic.twitter.com/ALO3tFwMY2

— Michael Caley (@MC_of_A) 2016年6月23日

 一方、最もパフォーマンスが低かったのは北アイルランド。得失点期待値は参加24チーム中最低のマイナス4(1.1-5.1)で、1勝2敗で3位抜けしたとはいえ、それに見合った内容ではなかったことがわかる。

 もう一つの有力ブログであるオランダの『11tegen11』も、グループステージの得失点期待値(1試合平均)をランキングにしている。これを見ると、スペイン、ドイツ、イングランド、ポルトガルの4チームが傑出していること、イタリアのパフォーマンスが見た目の印象ほどではないことがわかる。

前半戦終了時点で
セリエAの結果を「予言」

 ExpGは、こうした1試合あるいは数試合のパフォーマンスだけでなく、シーズンを通したチームのパフォーマンスを評価したり、順位を予測したりする上でも有効な指標となり得る。1試合、あるいは数試合を単位とする目先の勝ち負けは、様々な不確定要素に左右されることが多く、試合内容を直接的に反映するとは限らない。しかしより長いスパンで見れば、そうした誤差は平均化されて、結果と内容の相関性はより高まるものだ。その観点から見た時に、単純な得点/失点よりもExpGの方が指標としての精度は高いと考えられている。

 セリエAを例に取ると、リーグがウィンターブレイクに入った12月末(第17節終了時点)における順位は、インテル、ナポリ、フィオレンティーナ、ユベントス、ローマ、ミランという順番だった。しかし、『Cartilage Free Captain』が算出した同じ時点での得失点期待値はユベントス、ナポリ、ローマ、インテル、フィオレンティーナ、ミランという順番。1–0を積み重ねて首位に立っていたインテルだが、実際のパフォーマンスはそれに見合うほどのレベルにはなく、一方ユーベは内容に見合うだけの結果を手に入れていないというのが、ExpGをベースにしたこの時点でのパフォーマンス評価だった。


そして面白いことに、シーズンが終わってみれば、最終順位は12月時点での得失点期待値とぴったり一致している。ゴール期待値ベースで見れば、前半戦の内容がすでにシーズンの最終結果を「予言」していたというわけだ。ただし、シーズン終了時点での得失点期待値は、最終順位をぴったり反映しているわけではない。
同ブログに掲載されているセリエAのExpG(残り2試合時点でストップしている)は下表の通り。

ExpG_SerieA_2

 得点期待値はナポリ、ローマがユーベを上回って1、2位を占めているが、失点期待値ではユーベが1位でナポリが2位。得失点期待値ではナポリがユーベを上回っている。シーズンを通したパフォーマンスで言えば、ナポリのそれはユーベに匹敵するどころかそれを上回るレベルにあったということだ。

 にもかかわらず最終的にはユーベが圧勝したとすれば、シーズンを通して見た時に「取りこぼし」が少なかったから、つまり勝つべき試合をきっちりものにしてきたからということになるだろう。それを象徴するのは、被シュートに対する失点率。前半戦のそれが8.38%(シュート12本に対して1失点)だったのに対し、後半戦は2.11%(シュート47本に対して1失点)まで低下している。後半戦19試合でわずか6失点という数字を裏付けるこのデータからもわかる通り、ユーベは何よりも守備力でスクデットを勝ち獲ったということだ。

 このように結果に対する解釈を助け豊かにしてくれるのが、ExpGをはじめとする分析データの大きなメリットの一つだと言えるだろう。

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Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。