ハンブルクの44番がつなぐ兄マリオとの絆。ルカ・ブシュコビッチがトッテナムの期待とともに背負うもの
炎ゆるノゴメット#21
ディナモ・ザグレブが燃やす情熱の炎に火をつけられ、銀行を退職して2001年からクロアチアに移住。10年間のザグレブ生活で追った“ノゴメット”(クロアチア語で「サッカー」)の今に長束恭行氏が迫る。
第21回は、8月29日にトッテナムからハンブルクへの1年間の期限付き移籍が発表され、ブンデスリーガで武者修行中のクロアチア代表CBルカ・ブシュコビッチと、その弟に44番を託した兄マリオの絆について。
2023年3月、フットボリスタで「規格外の16歳」としてクロアチア人CBのルカ・ブシュコビッチを紹介した。日本のメディアでは初登場だったであろう。当時は国際的なデジタルコンテンツ会社に彼の写真素材がまだ存在していなかったため、旧知のクロアチア人カメラマンに写真提供を頼むしかなかった。あれから2年半、ブシュコビッチの成長スピードは筆者の予想をはるかに凌駕している。
マンチェスター・シティやパリ・サンジェルマンと競合する中、2023年9月にブシュコビッチ獲得に漕ぎ着けたのはトッテナム・ホットスパーだった。ハイデュク・スプリトが受け取った移籍金は、同クラブ史上最高額の1100万ユーロ。ただし、イングランドでは18歳になるまで外国籍選手に労働ビザが下りないため、ブシュコビッチは他国リーグへ武者修行に出された。2024年1月からの半年間はポーランド1部のラドミアク・ラドムに在籍。ポーランド人とブラジル人の派閥争いがあり、世代間の交流も希薄なチームだったそうだが、デビュー2戦目からフル出場を続けて経験を積むことができた(14試合・3得点)。
2024-25シーズンはベルギー1部のKVCウェステルローでプレー。こちらは同国人のFWマティヤ・フリガン(現パルマ)が迎えてくれた分、チームにすんなり溶け込めた。開幕からCBのレギュラーとして36試合に出場し(うち31試合にフル出場)、DFではリーグ最多の7得点を記録。圧巻は第20節のクラブ・ブルッヘ戦のスーパーゴールだ。故郷のビーチでいつも練習していたという豪快なバイシクルシュートは、2024年度のリーグ最優秀ゴールにも選ばれた。
飛び級に消極的なクロアチア代表のズラトコ・ダリッチ監督も沈黙は許されず、今年6月のW杯予選でブシュコビッチを初招集。ダリッチいわく「A代表の環境を体験し、今後のインスピレーションを得てもらう」のが目的だったため、出番はジブラルタル戦のラスト5分に限られた。それでも「18歳3カ月17日」のクロアチア代表デビューは史上3番目の若さだ。
満を持してイングランドの労働許可を取得したブシュコビッチは、今夏にようやくトッテナムへの正式加入を果たす。7月19日、レディングとのプレシーズンマッチ初戦で後半頭から出場すると、49分にCKのボールを鋭利なヘディングで繋いで先制弾をアシスト。その4分後にはペナルティエリアに侵入し、利き足とは逆の左足で華麗なシュートを叩き込んだ。彼の底知れぬポテンシャルにトッテナムのサポーターは色めき立った。
「華麗なる一族」の長男マリオを突き落としたドーピング検査の謎
クロアチア人ならではのテクニックと闘争心を兼ね備え、193cmの高さに跳躍力とパワーが加わり、攻撃センスも抜きん出ている。そんな「怪物CB」でも欠点は何かを自覚している。スピードと瞬発力だ。そのためにパーソナルコーチを雇い、毎日のようにウィークポイントを重点的に鍛えている。彼にプロ意識を植えつけてきたのが、5歳年上の兄マリオだ。
「マリオは僕のロールモデルであり、彼のプレーをずっと見てきた。ハイデュクのトップチームで活躍していた頃も、ハンブルクの一員であった頃も。兄から一番多くのことを学んだんだ」
兄のマリオ・ブシュコビッチは紛れもないスター候補生だった。曽祖父、祖父、父の3代にわたってハイデュクの歴史に名を刻む「華麗なる一族」の長男として育った彼は、17歳9カ月で公式戦デビュー。空中戦に強いタフネスな189cmのCBで、精度の高い右足から長短のパスを繰り出し、プレースキッカーとしても高い能力を発揮した。20歳になって当時ブンデスリーガ2部のハンブルクに移籍(2021年8月、1年間のローン込みで移籍金420万ユーロ)。新天地でも彼は瞬く間にレギュラーを勝ち取り、サポーター投票によるマン・オブ・ザ・マッチに何度も選ばれた。また世代別代表の常連であり、2022年6月のネーションズリーグでは初めてA代表の予備メンバーに名を連ねている。
キャリアの階段を駆け上がっていたマリオをどん底に落としたのが、ドーピング“検査”疑惑だ。
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Profile
長束 恭行
1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。近著に『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』(小社刊)。
