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Rマドリーらが“史上最長移動”、エースはチェルシー獲得の17歳…CL初見参のカイラトとは?

2025.09.15

フットボール・ヤルマルカ 〜愛すべき辺境者たちの宴〜 #7

ヨーロッパから見てもアジアから見ても「辺境」である旧ソ連の国々。ロシア・東欧の事情に精通する篠崎直也が、氷河から砂漠までかの地のサッカーを縦横無尽に追いかけ、知られざる各国の政治や文化的な背景とともに紹介する。

footballista誌から続く連載コラムの第7回(通算87回)は、CL予選プレーオフでセルティックを下して初の本戦進出を決めたカザフスタン王者の歴史的快挙と、その本拠地アルマトイという今大会随一の「異境」について。

薄氷を踏む予選8試合、カザフスタンの誰もが後押し

 現在カザフスタンの首都はアスタナだが、1997年の遷都までこの国の首都は長らくアルマトイであり、同国を代表するサッカークラブもこの町で1954年に創設されたFCカイラトであった。ロシアやウクライナ、ジョージアなどの強豪クラブがしのぎを削ったソ連リーグでは24シーズンを1部で戦い、1976年と1983年には2部優勝の栄冠に輝く。特に「カイラトのコンクリート」と呼ばれた鉄壁の守備はクラブの代名詞となっていた。

 しかし、近年は2009年に誕生したFCアスタナがカザフスタン・プレミアリーグ最多優勝回数(7回)を誇り、2015-16シーズンにはカザフスタン勢として初めてCL本戦に出場。新興クラブの後塵を拝する名門カイラトは2021-22シーズンにカンファレンスリーグのプレーオフを勝ち抜いてようやく欧州カップ戦デビューを果たしたばかりだ。

 昨年、4シーズンぶりにカザフスタン王者となり、CL本戦出場への挑戦権を得たカイラト。4月に開幕した国内リーグは中盤に差しかかり、優勝争いを繰り広げながら7月~8月のCL予選を迎えた。「正直に言えば、最初はこんなに遠くまでたどり着けるとは思っていなかった。我われが目標としていたのはカンファレンスリーグ出場だった」とラファエル・ウラズバフティン監督が語るように、CL本戦出場を勝ち取るまでの道のりは信じられないような薄氷の勝利の連続だった。

 1回戦からの登場となったカイラトはオリンピア・リュブリャナ(スロベニア)を相手GKのミスにも助けられながら2戦合計3-1で撃破。2回戦はクオピオン・パロセウラ(フィンランド)に対してアウェイの第1レグを0-2で落としたが、ホームの第2レグでは3-0とスコアをひっくり返し大逆転。この辺りからにわかに期待が高まっていく。スロバン・ブラチスラバ(スロバキア)との3回戦は2戦合計1-1の同点のままPK戦に突入し、1人目のキッカーとなったMFバレリー・グロムイコが失敗。劣勢に立たされるも、守護神アレクサンドル・ザルツキーがチームを救うセーブを見せ、プレーオフへの切符をつかんだ。

 セルティックと相対したプレーオフはアウェイの第1レグでザルツキーが負傷交代するアクシデントが発生。急遽出場した21歳のテミルラン・アナルベコフが第2レグもそのままゴールマウスに立つことになった。スコットランド王者の攻撃を粘り強く跳ね返し続けたカイラトは2戦連続でスコアレスドローに持ち込み、PK戦に望みをかける。そしてPK戦ではアナルベコフが5本中3本のシュートをストップ。セルティック5人目のキッカーとなった前田大然のシュートを弾き出した瞬間、カイラトがクラブ史上初となるCL本戦出場の快挙を達成し、スタジアムだけではなく国中が言葉にならない絶叫と歓声に包まれた。カイラトのライバルであるFCアスタナのベラルーシ人FWマックス・エボングはカザフスタン全体が一体となってカイラトに声援を送っていた光景を目の当たりにしていた。

 「カザフスタンでは他のクラブも、そのサポーターたちも、みながカイラトを応援している。これはこの国のサッカー全体にとっての偉大な成果だ。カザフスタンのクラブは毎年CLに出場できるわけではない。他のクラブのファンがカイラトを妬ましく思うことは絶対にないだろう。誰もが欧州での彼らの戦いを後押ししている」

8月26日に行われた予選プレーオフ第2レグのハイライト動画。前田大然と旗手怜央も先発出場したセルティックをPK戦3-2で撃破した

レアル・マドリー、アーセナル、インテルとの対戦にうれし泣き

 この試合直後から5日間でカイラトの公式Instagramのフォロワーは160万人も急増。国民的英雄となったアナルベコフの場合は1800人から100倍も増えて18万人以上のフォロワーを集めている。国内の有力企業「アスタナ・モータース」の創設者ヌルラン・スマウグロフはウラズバフティン監督に自社の車を1台、アナルベコフにはノートブックをそれぞれプレゼントするなど、お祝いが止まらない。

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Profile

篠崎 直也

1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。

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