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王国に試練…難敵スイス戦で露わになった、今のブラジルにとってネイマールが“代替不可能”な理由

2022.12.02

深堀り戦術分析スペシャルレビュー

大会の優勝候補と目され、2連勝で早々にグループステージ突破を決めたブラジル代表。しかしながら、セルビア代表との初戦で負傷したネイマールを欠いた第2節スイス戦では相手を崩し切れず、終盤に飛び出したカセミロのスーパーゴールで白星をたぐり寄せる厳しい展開を強いられた。この1戦で露呈した、今のブラジルにとってネイマールがいかに唯一無二の存在であるかについて山口遼氏が分析する。

 いつの時代もそうであったように、今大会も優勝候補の1つに挙げられるブラジル代表。初戦のセルビア代表戦では危なげなく勝利したものの、ネイマールが負傷で残りのグループステージを欠場し、真価が問われることとなる。そんな彼らがグループステージの第2節で対戦したのは、UEFAネーションズリーグにてスペイン代表に唯一黒星をつけた難敵、スイス代表である。試合を決定づけるようなビッグネームこそいないものの、マヌエル・アカンジやグラニト・ジャカ、ジェルダン・シャキリにブレール・エンボロなど確かな実力を持った選手を擁する。守備のインテンシティが高く、ハイプレスも引き込んでのブロック守備も柔軟に使い分ける、ソリッドな好チームである。ブラジルにとって、グループステージの中でもおそらく最も戦いづらいチームとの戦いを通して、今大会のブラジルの仕上がりがどのようになっているのかを考えてみよう。

“剛”のブラジル代表、バーティカルなビルドアップと強かな守備

 ここ最近のブラジル代表の特徴として、以前のような輪を乱しがちな“軟派な”テクニシャンの割合が減少し、ヨーロッパの舞台、特に中堅クラブで傭兵として活躍するインテンシブな選手が増えた。今大会のメンバーを見ても、フレッジ、ブルーノ・ギマランイス、ラフィーニャ(去年までリーズに所属)、リシャルリソンなどこうしたタイプがチームの中で大きな割合を占めている。そのため現在のブラジル代表には、かつてのような華やかさも柔らかさも感じられない。その代わり彼らは非常にチームとしてソリッドで、直線的なプレッシングの強度やバーティカルでスピーディなビルドアップなど、効率的なフットボールを武器にする“剛”のブラジル代表だと言えるだろう。

 監督のチッチの戦術はモダンで、現代フットボールの要点をきっちりと押さえている。筆者がかつてユースに所属していた鹿島アントラーズでの経験上、ブラジルと言えばクラシカルな[4-4-2]([4-2-2-2]とも表現される)のイメージが刷り込まれているために違和感満載だが、現在のブラジルは偽SBを活用してウイングに幅を取らせる[4-3-3]を採用。従来のブラジルサッカーには、ウインガーもインサイドハーフも偽SBもそもそも概念として希薄なので、選手も含めていかにブラジルサッカーが近代化(≒欧州化)しているかがよくわかる。守備についても、[4-1-4-1]⇄[4-2-3-1]⇄[4-4-2]を巧く組み合わせながらソリッドなゾーンディフェンスを披露。ボールホルダーに対してファーストDFが後方のパスコースをカバーシャドウしながら直線的に圧力をかけ、それにカバーリングポジションを連鎖させながら芋づる式にスペースを埋めていく。

 プレーのインテンシティは攻守ともに高い。特に攻撃では、ショートパスを主体にしたビルドアップを行う一方で、その目的はボール保持やゲームテンポのコントロールではなく、常にダイレクトにゴールに向かうことである。そのため、プレーテンポは非常に速く、少ないタッチ数でやや性急にボールを動かしながらスピーディにウイングや(出場時は)ネイマールへとボールを渡すことを目指す。ボールを受けた彼ら、特にウイングの選手たちはやり直すことよりもスピードアップして一気に裏のスペースを攻略しようとする。特にビニシウス・ジュニオールやロドリゴはこの傾向が強い。チーム全体としてプレースピードが上がるため、ブラジルにしては意外なほどにミスが多く、攻撃のリズムがやや単調なのは事実だ。だが、その分スピードとテクニックが世界トップレベルのタレントが、スペースがあるうちに息つく暇もなくアクションを起こすということになるので、ほとんどのチームにとって脅威となるのは間違いないだろう。

 一方、守備でブロック守備に移行した際には、ハイプレス時に比べると緩慢な対応をする選手が目立ち始める。それはやはりブラジルの伝統と言うべきか、チーム屈指のクラックであるビニシウスやネイマールだ。ネイマールはまだ“気まぐれにサボる”程度で基本的には献身的なのだが、ビニシウスは逆に“気まぐれに守備をする”レベルで守備へのモチベーションが低いように見える。試合によってその強度が大きく異なるのも特徴で、タイトルが懸かった試合や強豪同士のビッグマッチでは献身的かつインテンシブな守備を見せる一方で、自身がリスペクトできない相手との試合ではブロック守備の際に高い位置に残って守備に貢献しないことがたびたびある。

スイス戦でラボーナを披露するビニシウス。攻撃を牽引する存在である反面、守備には緩慢な面も

 それでも、元来ブラジルのような南米諸国の特徴でもあるが、ペナルティエリア内に侵入された時の守備の堅さは特筆に値する。コパ・アメリカなどでも特に目立つが、ボックス内ではDF陣のファーストDFおよびカバーリングポジションの決定、また次のプレーへの予測/反応といったすべてのスピードが上がり、ゴールまでの“要塞”と化す。戦術的に見れば難しいことは何もなく、ただただ律儀にファーストDFとカバーリングを連続して決定しているだけなのだが、ここまで素早く行えばそれだけで武器になる。これはもちろんペナルティエリアという狭いエリアを守れば良いことも意思決定の素早さに繋がっているのだろうが、それ以上にボックス内で仕事をするクラックたちとしのぎを削ってきた歴戦のDFたちの集中力が研ぎ澄まされる、一言で言えばそういう「文化」なのだろう。今大会でも、ペナルティエリア付近までは時間帯によってはあっさりと前進されてしまうシーンもあるのだが、そこからは絶対に侵入させない堅牢なブロック守備は間違いなく現在のブラジル代表のパフォーマンスの根幹である。

オールラウンドなスイスに苦しむブラジル、ヨーロッパサッカーの戦術的な進化

 マッチレビューに移ろう。ブラジルはネイマールを欠いている影響か、いつも以上にオーソドックスな[4-3-3]でウイングを最終目的地としたバーティカルなビルドアップを行う。スイスは、非常に流麗かつ堅牢な美しい[4-4-2]のミドルブロックで迎え撃つ。ファーストDFをなんとか粘り強く決定し、DFラインを高く保つことで、ブラジルの選手に中盤のラインを簡単には越えさせず、ブラジルは前進に大きなストレスを抱えているように見えた。ウイングにボールをなんとか渡しても、制限されたスペースと選択肢しか与えてもらえず、なかなかチャンスもクリエイトできない。さらに、途中からはDFラインの背後の広大なスペースに目が眩んだのか、一発狙いの単調なロングボールも目立ち始めるなど、その攻撃は精細を欠き続けた。……

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Profile

山口 遼

1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd

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