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母国イングランドに刻まれたDNA。リバプールにも通じる「ロングパス戦法」を支える思想

2020.07.29

『戦術リストランテVI』発売記念!西部謙司のTACTICAL LIBRARY特別掲載#1

フットボリスタ初期から続く人気シリーズの書籍化最新作『戦術リストランテⅥ ストーミングvsポジショナルプレー 発売を記念して、書籍に収録できなかった西部謙司さんの戦術コラムを特別掲載。「サッカー戦術を物語にする」西部ワールドの一端を味わってほしい。

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 フットボールの母国、イングランドといえば「ロングパス戦法」だった。スコットランドの「ショートパス戦法」とのコントラストは最初の国際試合から明確だったという。

 なるべく早く相手ゴール前に到達するための手段としてのロングパスはイングランドの伝統であり、やがて「ダイレクトプレー」に行き着いた。パスの本数はゴールの確率と反比例する、手数をかけずにゴール前へというダイレクトプレーはイングランドの国是となり、1966年W杯優勝はその最大の成果だろう。現在のリバプールも考え方としてはこの流れを汲んでいる。

トルシエの「ウェーブ」の意味

 日本代表監督だった頃のフィリップ・トルシエは、「15秒の攻防が200回繰り返されるのがフットボール」という認識の下、「練習のミニゲームでも15秒以上キープした時は止める。そんな状況は実際の試合では起こらないからだ」と話していた。

 ボールを奪ってから15秒でフィニッシュするには、ボールを奪う位置を相手ゴールへ近づけること。そうでなければロングパスを使うことになる。現在のリバプールはロングパスで相手ゴールに近づき、相手ゴールにより近い位置での奪回を狙っている。ハイプレスとロングパスの循環を作っているわけだ。

 トルシエ監督は「ウェーブ」を使っていた。FWが逆サイドのDFの外へ回り込んでロングパスを受ける動きだ。これだけがウェーブではないが、ボールサイドへプレスしている相手のどこにスペースができているかを想定した攻撃方法である。プレッシングが世界的に普及していた当時、この一発で裏を取る攻撃ルートはセットとして考えられていた。日本代表では中村俊輔、三都主アレサンドロ、小野伸二など、左サイドにロングパスの名手を起用して、右側のウェーブにボールを届ける形があった。

 ロングパスは縦方向だけでなく、斜めもあれば、クロスボールやサイドチェンジという形での横もある。

 CBから対角のロングパスは定番だった。ボールと反対サイドのDFは中へ絞ってポジションを取る。対角ロングパスなら、コンパクトな守備ブロックを通らず、なおかつ相手の最終ライン近くへボールを運べる。プレッシングの主戦場がハイプレスからミドルプレスへ移行した時期に必須と言えるルートになっていた。ティエリ・アンリのようなスピードスターがいればそのままゴールへという攻撃も可能である。

「フロー・パス」は教義そのもの

 斜めのロングパスで思い出すのは、「フロー・パス」である。[4-5-1]の右サイドMFに192cmの長身頑健なヨスティン・フローを置き、そこへ左SBから斜めのロングパスをつける。フローは主にヘディングで中央へ落として味方がそれを拾う。ノルウェー代表を率いたエギル・オルセン監督が導入した。オルセンは「ポゼッションを信じない」というバリバリのダイレクトプレー主義者だ。

90年代のノルウェー代表ではヨスティン・フローに入れる斜めのロングパスをメインの攻撃パターンとし、「フロー・パス」と言われた。ロングパスを戦術に組み込んだ一例であり、今のリバプールに通じる部分もある

 ロングパス+ノックダウン+POMOからのシュートというのは、1950年代にダイレクトプレーを提唱したチャールズ・リープの思想そのものと言っていい。リープは「パス3本優位説」「9本シュート1点説」「12.3ヤードポジション」の3点セットで知られている。最後の12.3ヤードは、後にチャールズ・ヒューズによってPOMO(Positions of Maximum Opportunity)と呼ばれ、このゴール正面地域からシュートする、あるいはそこへボールを入れることが重要であるとされた。オルセン監督の「フロー・パス」はまさにリープの3点セット。リープやヒューズが泣いて喜びそうな攻撃方法だった。

 1990年代はクロッサーの全盛期だ。サイドのタッチライン際からハイクロスを繰り出すクロッサーが重宝された。第一人者はデイビッド・ベッカムで、右足から繰り出す正確無比なキックはセットプレー同様の効果があった。アンドレアス・ブレーメ、ロベルト・カルロス、ガイスカ・メンディエタなど、サイドMFやSBが担当。クロッサーは、ダイレクトプレーをより精度高く実行するための必須アイテムとなっていた。

 サイドチェンジで手薄な方へボールを回す時もロングパスが使われる。トニ・クロースのサイドチェンジはレアル・マドリーの定番だ。ただ、クロスやサイドチェンジはボールが届けられた先の状況がどうかも重要で、そこで優位性を出せる受け手とセットで考えるべきだろう。

 高精度なロングパスを出せる選手は昔から重要で、ブラジルのジェルソン、ドイツのフランツ・ベッケンバウアー、ギュンター・ネッツァー、ボルフガング・オベラート、オランダのヨハン・クライフなど、プレーメイカーはたいていロングパスの名手だった。彼らは縦も斜めも横も自在。近年のこの系譜としてはアンドレア・ピルロやシャビ・アロンソがいる。アメリカンフットボールのタッチダウンパスのように、敵の急所をぐさりと刺すロングパスが得意だった。この手のタイプにとってパスの距離は問題ではなく、ショートでもロングでも「そこ」が空いていればパスを届けるだけ。パターンでなく眼と技術で勝負できる選手だ。

Photo:Getty Images

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Profile

西部 謙司

1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。