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【THIS IS MY CLUB】常に勝つことを求められている。和田昌裕、25年ぶりのガンバ帰還

2020.07.03

「DAZN  Jリーグ推進委員会」では「THIS IS MY CLUB – FOR RESTART WITH LOVE – 」と称し、スポーツ・サッカー専門の18メディアによる共同企画として、Jリーグ全56クラブ、総勢100人以上への取材を実施。J1再開を目前にした選手やスタッフにマイクラブへの想いを紹介する。

今回話を伺ったのは1993年のJリーグ開幕戦で、選手としてガンバ大阪のリーグ戦チーム初得点を記録した和田昌裕氏。引退後はヴィッセル神戸の監督やツエーゲン金沢の強化・アカデミー本部長を務めた後、2020年よりガンバ大阪の取締役に就任。新しい挑戦をどのように捉えているのか話を伺った。

「ガンバの成長や安定感がうらやましくもありました」

――25年ぶりにガンバへ復帰されましたが、どういった経緯で復帰されたのでしょうか?

 「昨年12月に今の社長である小野(忠史)さんから連絡をいただいて、『もし良かったらガンバに戻ってこないか』と。ありがたい話ではあったのですが、その時はツエーゲン金沢との契約を更新したばかりでしたのでお断りをさせていただきました。ただ3年間ツエーゲンにいる間、自分は単身で金沢にいて、妻が実家で母親の介護をしているんですね。大変そうだという話を電話で聞きながら、家に1人というのは何かあった時に心配だと思い、どこかで神戸の家に戻れたらという思いもありました。そんな際に神戸からも通えるクラブであるガンバからお話をいただいて」

――ツエーゲン金沢とはどのような話をされたのですか?

 「金沢には正直な思いを伝えさせていただきました。金沢からは『家族のことが気になるのであれば、契約はあるけど和田さんの人生ですから、決めていただいていいですよ』とお話をいただき、実家に戻ろうと。また戻ったところで、(一度断りを入れている)ガンバが採用してくれるかという不安もあったので、『こういった形で金沢を離れることは可能ですが、ガンバとしてはまだ私を呼んでもらえますか』という話をしたら、『いつでも来てくれ』と言っていただいた。それで円満に話が進んで、2月の頭から復帰することになりました」

――「小野社長から連絡をいただいて」という話でしたが、小野社長とはどういったご関係ですか?

 「古い縁で、まだ日本リーグだった時代に私が大学を卒業して松下電器に入社して、最初に配属された職場が一緒だったんです。小野さんは、昨年まではパナソニックで営業をやっておられたんですが、昨年の早い段階で『俺、ガンバで仕事することになったんや』と連絡をいただいて。縁ですよね」

――戻ってくるにあたって、ガンバの中でどんな仕事ができるか、イメージしていた部分はありますか?

 「私にできることはもちろんチームに関する話。チームサイドをしっかりサポートできる。今は松波くんもいて、彼も現役時代一緒にやっているし、そういう意味でもチームを一緒にサポートしていく、その部分には自信を持っています」

――今年復帰されて、まさかコロナ禍で公式戦が中断、というのは誰も予測できなかったかと思いますが、チームの活動休止下にはどんなことをされていたのですか?

 「週に2、3日は会社に来ていたと思います。強化だけではなく、チケットなど様々な部署のWEB会議に参加しました。来て間もなかったというのもあって、いろんなところに顔を出して、情報を知りたかったので。意外と忙しくしていました」

――和田さんが25年ぶりにガンバ大阪に復帰される上で「クラブ初ゴール」を決めたOBであるという紹介が多くの報道でされました。あのゴールのことはクラブ内で話題に上がりますか?

 「違うクラブにいると話題にならないですが、ガンバに戻ってくるとかなり言われますね(笑)。覚えてもらえていてうれしいです」

――ガンバで3シーズン過ごした後、神戸に移籍されて現役を終えられました。その神戸で強化部長や監督をされていた時期に、ガンバは初のリーグ優勝を皮切りに多くのタイトルを獲得します。神戸から当時のガンバの活躍をどうご覧になっていましたか?

 「まず、アカデミーが成果をあげているというのが目に見えてわかっていました。トップチームに昇格して世界に羽ばたいていく選手も出てきていたので。また、西野さんがJリーグのチャンピオンにまで導いて、ガンバというカラーを作った。一度優勝すると、周りの期待値が上がってきて、大変だろうなと思いながら見ていました。私自身は地元のクラブをいつか優勝するクラブに成長させたいなと思いながら、隣のガンバやセレッソもどんどん成長していると考えると、まだまだ追いついていないなと。毎年毎年、ガンバの成長や安定感がうらやましくもありました」

――「ガンバというカラー」というお話がありましたが、在籍されていた時、あるいは神戸に移ってスタッフになられた時、どのあたりから、どのような「ガンバというカラー」を感じられていましたか?

 「とにかくサッカーが美しいというか、綺麗というか……ショートパスを多彩に操って、最後は相手の守備を崩してゴールを奪う。1人ひとりの技術の高さを生かしながら、それをチームとして発揮する印象です。もともと松下電器の時から、ボールを動かすようなスタイルではありました。最後のところで崩せないというか、そこまで能力が高くないというところもあって、目指してはいるけれどなかなかできない、それが私がいた時のガンバだったように思います。力強さ、スタミナや運動量は欠ける部分で、そこを植えつけられれば、強いチームになるのではとは思っていました。そういう部分で今年の開幕戦(横浜F・マリノスに2-1〇)は、今までのガンバのイメージを変えるような力強さを凄く感じました」

引退後は京都サンガやヴィッセル神戸で監督を歴任した和田氏

「全身全霊で彼をサポートしようと思います」

――神戸で強化部長や監督をされていた時は、現在ガンバ大阪を率いる宮本恒靖監督が選手として在籍されていたと思いますが、どんな印象でしたか?

 「もともとは私が強化部長の時に神戸に来てもらって、彼のそれまでの経験値や、代表で主将を務めている、そういう経験をチームに植えつけてもらいたかった。どちらかというと彼は口で言うタイプではなく、一生懸命打ち込む姿を見せて凄いと思わせるタイプだったので、すんなりチームに入ってくれましたし、いろいろな部分で頼りにされていたと思います」

――ガンバではフロントと監督という関係になりましたが、監督とフロントの両方をやられている和田さんは、宮本監督をどうご覧になっていますか?

 「監督にもいろんなスタイルがあると思います。選手と距離を置いて接するタイプがいれば、常に選手と触れ合い、コミュニケーションを取りながら、選手の意見を聞いてチーム作りをしていくタイプもいる。ツネに関しては距離を取るようなタイプでもなく、もの凄く近いタイプでもなく、彼らしい距離感で……宮本恒靖と言えば誰もが知っている監督で、選手としても尊敬される部分があるだろうし、距離感を保ちながらやっているなと思います。すごく近寄りがたいタイプではないですし、かといっていじれるタイプでもないですし(笑)」

――戻ってこられてからはどんな話をされましたか?

 「いろんな話をしましたよ。シーズン途中で監督という立場になって、難しい部分もありながら、シーズンの頭からキャンプをやって、チーム作りをすると全然違う、とか。ツネの色をどんどん出していかないと、後悔するよという話はしました。これは自分が(監督を)経験していないと言えないです(笑)」

――宮本監督の印象に変化はありましたか?

 「神戸の頃からはだいぶ経つけれど、FIFAマスターを受講したり、アカデミーの指導者になったり、ガンバでU-23の監督をしたり、いろんな経験をして、凄くいい感じに大人になったなと。選手から指導者へ、いい感じにステップアップしているなと。親父が言っているみたいですけど(笑)。選手同士だったり、強化部長と選手だったり、監督と選手だったりこれまでもいろんな立場でともに戦いましたが、今回はツネが監督で僕が強化部で、ツネのためにしっかりと、全身全霊で彼をサポートしようと思います」

――ガンバ大阪がクラブとして目指していきたい場所と、その中で力になれる部分はどこだと考えていますか?

 「戻ってきて耳にするのは、やはりこの4年間タイトルが獲れていないこと。従業員の中でもそうですし、スポンサーさんやパートナーさん、ファンの方々に言われているのだろうなと。『とにかく優勝しようよ』『優勝してくれよ』というプレッシャーはありますし、それだけ期待されているクラブということをあらためて感じました。タイトルを獲るのは簡単なことではないですが、常勝軍団というか、常に勝つことを求められているクラブということを意識したいです。当然それに耐え得るメンタリティも必要ですし、これだけの人数を抱える大所帯のクラブなので、みんなが同じ方向を向くことが大事かなと思っています。私は強化、編成のところに大きく影響してくると思うので、松波くんといろんな話をしながら進めていきたいです」

――和田さんが戻ってきたこと、社長が変わったこと、アカデミーでも大きな人事異動があったことなども含め、今クラブは改革期、という意識は内部にありますか?

 「そこまで改革期という意識はないと思うのですが、社長が変わり、私も戻ってこさせていただいて、アカデミーのところも人が入れ替わって、偶然ではありますがコロナの影響なども考えれば、変わることは当然必要かなというのは自粛期間中に感じました。意図して改革をしようとしていたわけではないですが、今までの流れを少し変えてみたいというのはクラブの中にもあったのかなと思います」

――最後にサポーターについて伺わせてください。選手として在籍されていた当時と現在とでは、サポーターの印象は違いますか?

 「柏レイソルとのルヴァンカップ(2月16日、0-1●)で初めてスタジアム観戦したのですが、ゴール裏のサポーターの圧力には少しびっくりしました。これまでは『DAZN』で見るくらいしかなかったのですが、スタジアムでゴール裏の雰囲気を見た時に、これは相当頑張らないといけないなと(笑)。背中を押されるし、相手にとってもプレッシャーになるなというのは感じました。私が選手として所属していた時の雰囲気とは全然違いますね」

――その背中を押してくれるサポーターは、Jリーグが再開してからもしばらく入場できない無観客試合が続きますが、最後にメッセージをいただければと思います。

 「ようやく日程が決まってみなさんも待ち望んでいたことだと思いますが、残念なのはやはり、最初はスタジアムでみなさんに見てもらっての試合ができないことです。徐々に観客を入れてやっていくことも決まっていますが、まだ全員が入れるわけではありません。1年通してご迷惑をかける部分はありますが、クラブとしても大変な状況の中、力を合わせて優勝を目指します。7月4日に向けて練習も一生懸命やっていますので、期待して応援していただければと思います」


Photos: GAMBA OSAKA, AFLO

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ガンバ大阪ビジネス和田昌裕

Profile

邨田 直人

1994年生まれ。サンケイスポーツで2019年よりサッカー担当。取材領域は主にJリーグ(関西中心)、日本代表。人や組織がサッカーに求める「何か」について考えるため、移動、儀礼、記憶や人種的思考について学習・発信しています。ジャック・ウィルシャーはアイドル。好きなクラブチームはアーセナル、好きな選手はジャック・ウィルシャー。Twitter: @sanspo_wsftbl