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「選手の息遣い、監督の感情まで含めてデータと向き合うことが求められる」――小井土正亮(筑波大学蹴球部監督)×梨本健斗(ガンバ大阪アナリスト)対談

2024.02.19

2023年8月10日、ガンバ大阪はテクニカルスタッフとして梨本健斗を追加登録したことを発表した。当初は強化部所属だったが、ポヤトス監督が能力を高く評価し、シーズン途中から“アナリスト”としてチームに帯同することになった。

そんな梨本が2022年まで所属していたのが筑波大学蹴球部。Jリーグクラブで活躍するアナリストを多く輩出している大学サッカー界の名門であり、監督を務めるのはガンバ大阪や清水エスパルスでコーチ(分析担当)を歴任した小井土正亮である。

新旧のガンバ大阪スタッフであり、監督と部員という関係でもあった2人はアナリストという仕事をどのように捉えているのか。そして、データ分析の専門家目線で考える今シーズンのガンバ大阪は――。

卒業生でモデルがいないタイプのアナリスト

――最初に梨本さんがガンバ大阪でアナリストとして働くことになった経緯を教えてください。

小井土「私が(2013年に)ガンバでコーチを務めていた縁もあって、強化部の方から『データを活用したチーム分析や映像の編集ができて、事務作業の能力も高い人材いない?』と連絡をもらったのがキッカケですね。梨本が大学卒業を控えていたタイミングでもあったので、数字にも強い彼ならニーズにピッタリだなと推薦しました」

梨本「最初にガンバに来たのは、インターンという形で強化部の仕事を経験させてもらった大学4年生(2022年)の夏です。そこで仕事内容の説明を受け、実際に自分でチームを分析した内容をプレゼンして、採用のオファーをいただきました。

 正式な在籍は2023年1月からで、当初は強化部所属として事務的な業務も含めてクラブとチームを繋ぐ仕事をしていました。強化部の立場でポヤトス監督と5試合単位くらいでデータを活用しながら考えを擦り合わせるミーティングを重ねる中で、『1試合単位で対戦相手の分析も含めた形で活動して欲しい』とリクエストがあり、夏頃から監督の近くでサポートするアナリストのポジションで仕事をさせてもらっています」

――筑波大学蹴球部は選手だけではなく、プロのアナリストも輩出し続けている組織としても有名です。どのような環境要因があるのでしょうか?

小井土「これまでプロになったアナリストは、スポーツや健康について学ぶ体育専門学群の学生が多かったのですが、梨本は情報学群というプログラミングなどを学ぶカリキュラムの卒業生なんです。だから、データ分析や映像の編集に関して『ナッシー(梨本氏のニックネーム)、そんなことできるの!?すごいな』ということが多くて、これまでのアナリストと比較しても特殊な存在です。本人が筑波の環境をどのように捉えていたか私も聞きたいですね」

梨本「筑波のアナリストはコーチ寄りの方が多いのは分かっていたので、競技経験がそこまでない自分がチームに貢献するためには、データ分析に関しては一番の存在にならなきゃいけないなと考えていました。対戦相手の試合映像を誰よりも繰り返し見て、分析することは自分に課していました」

小井土「アナリストにありがちなのは『私はこういう風に分析しました』で完結してしまうことなんです。数字ばかりを追うアナリストもいますが、梨本は毎日グランドに来て、選手とボールを蹴って、良い関係性を築いた上で言いたいことを言う。彼の人柄によるところが大きいと思いますけど、グループの中での立ち振る舞いが上手なので、先輩に可愛がられながら、頼りにもされていたなという記憶があります。『ナッシーが言ってるデータなんだから、うまく使おうぜ』という選手間の雰囲気はありました」

梨本「データ分析は選手が受け止めてくれて初めて意味があるものなので、(データに)関心をもってくれる選手が多かった筑波の環境に恵まれたところも大きかったです。選手がどのようなデータを求めているか、伝え方については、大学院生の先輩コーチから多くを学ばせてもらいました」

筑波大学蹴球部のミーティングの様子。小井土氏は「ナッシーは現場のニーズをキャッチアップする能力が優れていた」と評価する

――梨本さんには学生時代に筑波大学蹴球部OBである山原怜音選手(清水エスパルス)の分析記事をフットボリスタに寄稿いただいたことがあります。当時のコミュニケーションで印象的だったのが「データの使い分け」についてです。相手、目的、時期、対象……状況に応じて取得・分析するデータを変えていると話されていました。

梨本「そうですね。例えば『パス数』1つとっても、エリアで見るのか、人で見るのかによって数字の意味が変わってきます。チーム状況や、監督が伝えたいことをふまえた上で何を選択するが重要だと思っています」

小井土「それ(選択眼)は、これから最も求められるスキルになるでしょうね。データって無限に取れるんですよ。カタールW杯についてのFIFAの分析を見ていても、パスは『ライン間に出したものなのか』『ブロックの外側に出したものなのか』等、細かく分類されている。だからこそ、現場の空気感……つまり、選手の息遣い、監督の感情まで含めてデータと向き合うことがアナリストには求められる。極端なことを言えば、『セレッソ相手にはデータなんて関係ねぇんだ!』と切り捨てることも必要かもしれない。データの背景も含めて解釈できる能力が必要です」

――そんな小井土監督に対して、梨本さんが大学時代にデータを提供する時に意識していたことはありますか?

梨本「意識決定の基にしてもらいたいということです。私自身は大量のデータを持っている中で、相手が必要なデータは何かを常に考えていました」

小井土「ナッシーはデータの出し方のセンスが良かった。一方通行にデータを見せてくるのではなく、こちらの質問に対して臨機応変にデータを出し分けることができました」

――何か具体例を挙げてもらえませんか?

梨本「自分が4年生になるタイミングで、前シーズンの失点シーンをすべて分析し直したんです。今考えると多くのチームにも当てはまると思うんですが、(失点に至るまでの)3プレー以内に誰かが球際で負けている割合が高いことが分かりました。筑波の選手は皆上手いけど、守備の意識や、戦う姿勢がライバルの大学と比較して足りないとスタッフと話していたので、選手のモチベーションを高める上でも、そのデータを見せたことはありました」

小井土「監督として面白いと思ったのは『相手よりポゼッション率が高い時は勝率が低い』というデータ。このデータが頭にあったので、試合中に『これは負ける試合のパターンかもしれないな』と考えながら指揮ができ、ハーフタイムに選手交代を含めて早めの判断ができたこともありましたね」

「アナリストはデータを見て、これから起こることを想像する視点も大切」と小井土氏は語る

――小井土さんは以前、選手に対しては戸嶋祥郎選手(柏レイソル)など、練習姿勢などの面でモデルとなるOBの名前を挙げて指導されていると話されていました。アナリストにおいては、そのようなOBの存在はいますか?

小井土「過去、筑波に在籍したアナリストは選手と兼任というケースが普通で、4年間でアナリストに対する関心が生まれ、大学院で専門的なスキルを磨くというルートを歩むことが多いんです。梨本は私が監督を務めるようになってからは初めての専任のアナリストなので、繰り返しですが、情報学群の卒業生という点も含めて卒業生にモデルがいないタイプ。入学時から覚悟が違ったというか、大学の4年間が終わる時には修士(大学院卒業)以上の経験を積んでいたので、安心してガンバに送り出せました」

「自分が裏でコントールしているんだ」

――いわゆる新卒入社に近い形でガンバ大阪の一員になった訳ですが、昨年フットボリスタで実施させていただいたインタビューでも梨本さんが即戦力であった趣旨の発言が何度かありました。評価を勝ち得た要因を自己分析してもらえませんか?

梨本「え~!難しいですね(苦笑)。筑波でもそうでしたが、データを活用した分析においてはクラブの中で自分に専門性がある部分で、ポヤトス監督も(データ分析を)求めてくださっているのが大きいと思います。コーチングスタッフの方々が自チームや対戦相手を分析されている中で、私はデータ面や映像編集の部分で“なんでも屋”じゃないですけど、サポートする役割をやらせてもらいますというスタンスです」

小井土「実は少し心配していたところもあったので、ガンバでも可愛がられて、うまく使ってもらえているようで良かったです(笑)。課題に対して環境が整っていなくても、ソリューションを自分で考えられるタイプなので今後も大丈夫だと思います」

――少し細かい話になりますが、ガンバ大阪で使っている分析ツールは筑波大学時代と同じものですか?

梨本「同じです。ポヤトス監督のリクエストで導入された『スポーツコード』(hudl社)を使用しています。Jリーグの中で最も使われているツールだと思います。大学時代に使用経験があったので、私が未経験のスタッフの方々に対してレクチャーする機会もあって、そういう点でも(ガンバ大阪のアナリストとして)良いスタートが切れたところもあります」

――『スポーツコード』で取得できるデータは多岐に渡る中で、ポヤトス監督が志向する戦術に合わせて重視している分析ポイントを言える範囲で教えてもらえますか?

梨本「ポヤトス監督が重視しているのは、ポゼッションの局面において、どのエリアでボールを保持しているのかという点。ピッチを縦に4分割して考えて、映像やデータを活用しながらチームとして目指すボール保持の形は繰り返し伝え続けています」

――選手のコメントを見聞きすると、ポヤトス監督の戦術は約束事が多く、細かい印象もあります。アナリストの立場としては“翻訳”することも求められるのでしょうか?

梨本「ポヤトス監督が話したこと以外を選手に伝えることはあまりしません。目指す戦術をふまえた上で、監督やコーチングスタッフに対して『このデータがハマるんじゃないですか?』という提案をすることはあります。ポヤトス監督は情報量を少なくコンパクトに選手に伝えたい意向を持っているので、そういう意味でもデータや映像は分かりやすいと思います」

小井土「とはいえ、選手からナッシーに『あれはどういうこと?』と質問されることはあるでしょ?」

梨本「はい。ただ、基本的なコンセプトは選手も理解しているので、調整が必要なのは『戦術は理解できるけど、現実的には実践が難しくない?』と選手が感じた時の擦り合わせですね。そういう話を選手から聞いた時はコーチングスタッフ間で共有して、次のミーティングの議題に取り入れるような形にしています」

小井土「ナッシーの立場で『データ的にはこうした方がいいです』とは選手には言えないよね。今の話の前提として、ポヤトス監督とナッシーの間でデータ解釈のズレはないの?データは解釈の仕方次第で意味が変わるから」

梨本「最初の頃はデータの定義についての認識を合わせる時間もありましたが、そこが共有できてからは(ポヤトス監督との)データの解釈にズレを感じたことはないです。逆にデータについて次に伝えようと考えていたことを、先に読み解いてくださることも多いです」

――監督と選手を繋ぐ役割という視点では、小井土さんが長谷川健太監督体制下で分析担当のコーチとして働かれていた時に意識されていたこともあったかと思います。

小井土「あくまで選手に発信するのは監督ですが、選手の意見も聞きつつ、データもふまえながら両者にとっての最適解を監督に言わせるように仕向けるのもコーチの仕事だと考えていました。当時は自分も若く、選手らとの距離も近かったので『自分が裏でコントロールしているんだ』くらいの気持ち。こんなことを言うと健太さんに怒られちゃいますけど(笑)」

筑波大学OBでもある長谷川健太監督。小井土氏とは2013年に監督とコーチ(分析担当)の関係性

――中立的な立ち位置で行動されていた。

小井土「ストレートに『選手が●●と言っているんで、明日の試合は●●でやりましょう』と監督に言っちゃうと『そんなの知らねぇよ!』となる。だから、健太さんの考えていることにデータや、欧州の映像などを活用しながら刺激して、みんなにとってベターな解を探るような感覚です。それくらいの気概を持たないと、コーチは監督に使われるだけになっちゃうし、選手の愚痴聞き役で終わってしまう。それがナッシー(アナリスト)に求められることなのかは分からないですけど、組織のバランスをとる上では必要な役割だと思います」

沖縄キャンプでデータを取得する梨本氏

ガンバ大阪2024シーズンプレビュー

――ここからは、お二人の独自目線でガンバ大阪2024シーズンのプレビューをお願いしたいと思います。まずは筑波大学出身(2019年卒業)の鈴木徳真選手がセレッソ大阪から加入しました。

梨本「真っ先に挨拶に行かせていだきました」

小井土「そりゃそうだ(笑)。卒業してから毎年大学に顔を出してくれるのはアイツくらいで。いつも1時間くらい話すんですけど、『今シーズンはこんな発見がありました』とか『こんな風に人生を生きていこうと考えているんです』と、日々考えて生活している奴です。サッカーも同じで、特別体が大きい訳でも、足が速い訳でもないですけど、ずっと考えながらプレーするので、ガンバで欠かせない選手になるんじゃないかなと期待しています」

梨本「小井土監督が話されていたことに加えて、ポヤトス監督が目指すボールを保持して前進するサッカーにおいて、ポジショニングや、ボール保持の技術の高さが素晴らしい選手です。徳島でポヤトス監督と一緒にやられていたこともあると思いますけど、戦術理解もすごく早いです」

セレッソ大阪から加入した鈴木徳真選手

――関東リーグで筑波大学のライバルである法政大学からは今野息吹選手が加入しました。

小井土「彼は(小井土氏がチームスタッフとして帯同した)デンソーカップの関東選抜Aチームで一緒にやったので、対戦相手というよりも、同じチームの選手としての印象はナイスガイですね。生活も、トレーニングも真面目。同じ左SBで(ガンバ大阪で)先発で出場している黒川(圭介)選手もユニバーシアードで一緒にやっていますけど、2人ともプロの世界の伸びる素質があると言うか、謙虚な姿勢を持っているので、応援したくなる選手です」

梨本「トレーニングマッチのデータを見ていても、左サイドの上下動(運動量)は特徴で、フィジカルの数値が高いです。攻撃局面ではペナルティエリアへ侵入するシーンへの関与数も多いですし、プロのスピード感に慣れれば活躍すると思います」

法政大学から加入した今野息吹選手

――小井土さんにはこれまでも何度かプロ入り直前の大卒選手についての印象を伺ってきましたが、活躍できるか否かを見極めることはできるものですか?

小井土「う~ん、様々な要素があるので難しいですね。それこそ三笘(薫)(ブライトン)も1年目にコロナ禍で選手交代のルールが5人までになって、攻撃の切り札として出場する機会を確保できた外的な部分も成長できた要因として大きかったと思うので、一概にはなんとも言えないですね」

――いよいよ開幕も近づく中で、分析担当としてシーズン前に重視してチェックするチームのポイントはありますか?

小井土「組み合わせのところは多分、色々試しているんじゃないですかね。『この組み合わせの良さはこういうところか』という点が根拠も含めて把握できれば、試合展開によっての起用法も整理される。フォーメーションも含めてですね」

――特に今シーズンのガンバ大阪は新加入選手が多いので、組み合わせの確認は重要になりそうです。

梨本「新加入選手は“走れて、戦える”タイプの選手が多く、トレーニングマッチではその組み合わせでハマっている部分もあると思います。守備面において、ポヤトス監督が目指すサッカーは前からプレスして、ボールを奪って即カウンターで仕留める形。ただ、昨シーズンはボールを奪う位置がJ1の中で低かったので、そこは改善点として重視している点の1つです」

――守備面の改善は新加入選手による好影響が大きいと分析していますか?

梨本「新加入選手も影響もありますし、ポヤトス監督が守備局面でのハードワークを昨シーズンより求めているので、選手が新たに高い意識を持っている効果もあると思います。実際にキャンプでもトレーニングマッチでのボールを奪う位置が高くなっているデータをグラフィックで見てもらっていますし、自信やモチベーションの部分でも良くなっていると感じます」

――本日は開幕前のお忙しいところ、ありがとうございました。良いシーズンになることを期待しています。

小井土「今後もナッシーをフィーチャーしてあげてください。ウォーミングアップでピッチに出てきた時にお客さんから『あっ、ナッシーだ』と言われるくらいになって欲しい。『梨本アナリスト』ではなく『ナッシー』。お前はそういう愛されキャラでいかないと」

梨本「ありがとうございます(笑)。今年はガンバに加入して2年目になりますし、言い訳できないというか、結果しか求められていない状況だと思うので、自分はデータ分析のところでチームを助けられるように頑張ります」

小井土「私もJクラブで働く大変さ、楽しさは分かっていますが、目の前のことだけに一生懸命になると3~5年はすぐ経ってしまう。ナッシーには大局的な目線を持って、ガンバはもちろん、日本サッカー界に対してデータ分析の可能性を発信していって欲しいなと思います」

Photos:(C)GAMBA OSAKA , University of Tsukuba , Getty Images

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Profile

玉利 剛一

1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime

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