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偶然ではなく必然に。松波正信が考えるガンバ大阪アカデミーの「意識改革」

2020.06.01

ガンバ大阪、アカデミー改革の時 #1】

長年クラブを支えてきた上野山信行氏や鴨川幸司氏といった指導者が2019シーズンをもってクラブを去り、大きな変革期を迎えたガンバ大阪アカデミー。そうした状況の中、キーマンとなるのが強化とアカデミーの責任者を務める松波正信強化アカデミー部長だ。今シーズンオフには横浜F・マリノスから坪倉進弥氏、クラブOBである明神智和氏をアカデミースタッフとして招へいするなど着実に変革は進んでいるように見える。クラブのレジェンドとして選手・監督も経験した松波氏が考える今後のガンバ大阪アカデミーの在り方とは。

チャレンジすることによってさらなる発展を


――上野山さんの退任や、鴨川さん、梅津さんと長くアカデミーの中心を担っていた指導者がいなくなり、今年はアカデミーに大きな変化が起こりました。まず、変化の理由を教えてください。

 「僕もガンバから一度外に出て、2018年に帰ってきました。外では違うクラブも含めて、いろいろと触れさせていただいた。そんな中で、上野山さんが作ってきたガンバのサッカー、スタイル、指導法はベースとして今もあるのですが、それをもう一回、モデルチェンジではなくブラッシュアップして、育成のスピードを上げるためにはどうしたらいいか。そういう思いが、僕の中ではありました」


――そのための策の1つが、坪倉さんの招へいでしょうか?

 「僕自身、彼が一度、ベルギーから帰ってきて、横浜で研修会があった時に話をさせてもらったんです。その時の印象があり、育成年代の指導歴も長く、ベルギーに1年行って個人の育成に関する経験も積んでいる。それを取り入れたいな、というのはありました。もっともっと個の育成、というものに特化していかないといけないのかな、と感じていたので。僕も1、2週間はヨーロッパのクラブを回ったりもするんですけど、実際1年ぐらい行かないと、いいことも悪いこともわからない。そういう経験を坪倉自身がしてきた、というのは1つ大きい。ガンバが育成をスピードアップさせる上で必要な人材じゃないか、と思いオファーを出しました」


――ガンバ大阪のアカデミーと言えば、これまでも個の育成に長けている印象がありましたが。

 「飛び級を使い、少し背伸びさせた環境でチャレンジさせていくという方法は、上野山さんが大事にしてきたところで、それはすごく成長スピードに繋がりました。宇佐美(貴史)、家長(昭博)、稲本(潤一)、宮本(恒靖)監督ら、海外に出ていく選手は出てきました。ただ、偶然ではなく、より必然に、もっとできるんじゃないかと。自由にやっておけば、個が育成されるか、と言えばそうじゃないと思うんです。環境、トレーニング方法、アプローチの仕方も構築していく中で、もっと世界に出ていける人材が育成できるんじゃないかと。将来的にはヨーロッパとかでやれるというのは一番だと思いますけど、まずJリーグ、ガンバの中で主力になっていく人材を育てる、プラス代表やヨーロッパに輩出する人材を育成していくということを、もう少し必然的にできるんじゃないか。そういう思いから『個の育成』というのを言葉にしています」


――ガンバの育成スタイルに、欧州のスタイルを加えて育成スピードを速めたいという意味ですか?

 「そうですね。ガンバの育成スタイルに欧州の強みを取り入れて育成スピードを上げていく。そのために外国人の指導者も考えましたが、やはり日本の文化や、環境のことも熟知している人材の方がより具体的プランと指導が促進されると思いました」


――近年でも堂安律や食野亮太郎ら、ガンバのアカデミー出身の選手が20歳前後で引き抜かれ、ヨーロッパへ渡っています。そういう意味では、他のJリーグクラブと比較しても育成がうまく進んでいるように見えます。その中で、大きな変化を加えることにリスクは感じませんでしたか?

 「ただ、J1に出場している20代前半の選手が少ないのが現状。リスクというより、育成スピードを上げて18歳から22歳の年代で試合に出場する選手を育成しなければと。リスクよりはチャレンジすることによってさらなる発展に向かうべきだとすごく思っていました」


――2016年から若手育成のためにU-23チームがJ3に参戦したことで、若手が試合経験を積んで、そこからトップチームに食い込んでくる選手も出てきました。しかしそのU-23チームのJ3参戦は、今季限りで終了となります。そのことによって生じる、アカデミーを含めた若手育成の変化はありますか?

 「18歳までに完成度の高い選手を育てていくことが重要になると思います。18歳でもJ2や他のJ1チームからオファーが届く選手であれば、期限付き移籍で経験を積ませることもできますからね。今までのようにJ3のゲーム環境だけあっても、デメリットもあるんです。競争もなく、試合に出られてしまう。トップなら競争があってつかみ取る、という部分と、J3では与えられる、という部分。ただ与えられるだけじゃ、ハングリーになれない。競争に勝ってこそ、トップになれる。試合に出られるだけでも、育成はできない。そこをメンタル的にどうコントロールするのか。大きな課題かなとやってみて実感しました」

堂安律(写真)や食野亮太郎はU-23チームで成長し、海外クラブへ移籍した

中1でガンバイズムを落とし込む


――今年の人事では、アカデミー指導者の入れ替わりが多かった印象があります。ジュニアユースコーチに明神さん、ユースコーチに高木和道さんとガンバでプレーヤーとして過ごした元選手たちが入りましたが、なにか理由があるのでしょうか。

 「明神コーチは選手時代に、彼しかできない経験をしている。それを伝えてほしいし、トップレベルでプレーするためには何が大切かを、ピッチ内での指導とピッチ外での指導ができる人材だと。また純粋に指導者として、これから若い選手をどう育成してくれるか、という期待もあり決めました。昨年まで現役でプレーをしていて、指導者としては1年目ですが、U-13のコーチを任せます。このカテゴリーはすごく大事な部分と考えていて、この年代に置く指導者は上野山さんも大事にしてきました。U-13からU-15年代の間にピッチ内だけでなく、このクラブにいることの意味や価値観を持たなければいけない、その入り口であるU-13のところで、しっかりガンバイズムを落とし込む作業が必要です。技術、戦術も含めて。明神コーチにはピッチ内だけでなく、そういう部分をやってもらいたい。トップに上がるため、これから競争が始まり、カテゴリーが上がる中で絞られていく。メンタルの部分がしっかりしていないと簡単に崩れてしまいます。そんな選手をいっぱい見てきたので。うまい選手なのに、プロになれない選手もたくさんいます。競争の中で勝ち続けるメンタリティというか、そういうものをしっかり落とし込んでほしいと思っています」


――明神さんは現役時代も高いプロ意識で、チームに好影響を与えていました。昨季まで強化部で仕事をしていた高木氏も、その人柄の良さは誰もが知るところだと思います。一方で指導者としては未知数かと思うのですが。

 「明神コーチに関しては、最初いろいろ考えました。誰かの下でサポートさせようか、とか。でも1年目から責任を持たせて、やることが彼自身の成長に繋がるのかなと。1年生はリーグ戦もありますし、まだ精神的に不安定な中で、どうコントロールしていくか。もちろん彼は将来的にはトップの監督という目標も持っていると思うので、そういう面でも責任を早く彼に渡すことにしたんです。彼ならできるという確信もあります。明神コーチも高木コーチも、人間力というところはすごく大事にしています。明神コーチとは僕が監督をしている時(2012年)、苦しい中でいろいろ話もしました。選手としては入れ替わりでしたが、一緒にやってみたかったな、と思っていました。高木コーチも指導者としては今年が初めて。ユースに上がってきた大事なところ(U-16)を任せている。サポートはこちらでしっかりしていきたいとは思っています。二人とも指導者としてガンバに貢献してくれることは、間違いない、と思っています」

OBとして2020年シーズンよりU-13コーチに就任した明神氏


――ガンバアカデミーは技術が重視されている印象が強いですが、明神さんを呼んだ意図でメンタルを重視しているのが印象的です。アカデミーではありませんが、U-23の森下仁志監督もメンタル面へのアプローチが上手な印象があります。彼を登用した狙いは?

 「そうですね、森下さんは厳しく指導をやってくれるな、というのが想像できたからです。あの人は自分にも厳しいですからね、自分にも妥協を許しませんし。最終的になんとかトップに押し上げる、という情熱がある人。想像以上に、やってもらっているなと感じています」


――メンタルへのアプローチは、方法論としてまだまだ確立されていない中で難しい部分もあるとは思いますが。

 「そこはすごく大事な部分。それぞれのコーチでアプローチはしています。ただ経験値として、明神はすごく高い。でもメンタルはすごく強調はしていますけど、技術とかも同時進行で、もっとできることはあると思います」


――率直に言って、ガンバのアカデミー出身者は、技術が非常に高い一方で、メンタル面は成熟していない選手が多い、というイメージもあります。高体連出身者に比べ、どこかひ弱な印象もあるのですが、その点についてどうお考えですか?

 「高校の部活動は何百人という部員の中から11人が選ばれます。一方でJクラブのユースチームは1学年、MAXで15人ぐらい。その中でやっていくので、環境の違いはあります。だからこそ、もっと我われは個人の育成にいろんな面でアプローチしていかないといけないんです。横の競争もありますけど、ユースの選手も縦の競争をもっともっとしていかないといけない。いい選手は中学生でもカテゴリーを上げてユースでプレーできる、レギュラーを取っちゃうよ、としていかないと。坪倉氏が来て、スキーム作り、クラブとしてどう成長させていくかを考えたうえで、アプローチしていく。それを指導者も、理解して育成するということをやっていかないといけないと思います」


――一方でガンバアカデミー出身の選手は、やんちゃで遊び心がある選手が多いという独特のカラーがあると思います。その点については、どう考えていますか?

 「大事にしていますよ。相手の逆を取るとか、シュートの振りをしてスルーパス、とか、アタッキングゾーンでの創造性、ひらめきというのはコンセプトの中でも挙げています。そこに関しては坪倉もそういうイメージを持ってくれていて、そこは捨てちゃだめですよね、と言ってくれています。ずっとうちのコンセプトとして持っていきながら、それだけではトップレベルでは通用しない、というのを育成年代から理解するために意識改革をしたい。そういう意味でも、外からいろんなものを持った人が来て変えていくというのも、すごく前進するためには必要だと。僕もそうですけどガンバに長くいるとそれが染みついちゃうこともある。同じところをずっと歩き、走っていたとしても、なにも景色は変わらないんで。やはり前進するためには改革と新たなリソースをもってそこを飛び出していかないと、進歩しない。そういう状況をガンバのなかでも作りたいと思っていますし、最終的にガンバの育成を日本、世界のトップに立てるような組織にしたいと思っています」

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Photos: AFLO, Getty Images

【特集】ガンバ大阪、アカデミー改革の時

Profile

金川 誉(スポーツ報知)

1981年、兵庫県加古川市出身。大阪教育大サッカー部では関西2部リーグでプレー(主にベンチ)し、2005年に報知新聞大阪入社。野球担当などを経て、2011年からサッカー担当としてガンバ大阪を中心に取材。スクープ重視というスポーツ新聞のスタイルを貫きつつ、少しでもサッカーの魅力を発信できる取材、執筆を目指している。