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バルセロナよりミュンヘンより、今が幸せな理由

2020.04.03

ウォッチング・グアルディオラ特別公開 #1

戦術、指導、分析、会話、移籍、参謀、料理……ペップ・グアルディオラのAll or Nothingな仕事術を密着取材で明かす『ペップ・シティ スーパーチームの設計図』が3月31日に発売となった。その刊行を記念して、共著者ル・マルティンが雑誌『footballista』で連載中の『ウォッチング・グアルディオラ』から、選りすぐりのエピソードを特別公開。

#1は、シティ到来後初のレポート。マンチェスターでの最初の練習でのリアクションや、ミュンヘンを去った背景を解き明かす。

 マンチェスター・シティの壮大な練習場は「ザ・アカデミー」という名で呼ばれる。スポーツディレクターのチキ・ベギリスタインは、グアルディオラの練習グラウンドが見えるオフィスで慌ただしく電話を受けていた。

 あれはまだプレシーズンのこと、7月のとある火曜日で強い日差しが照りつけていた。チキの座っている場所からはグアルディオラの姿が見えなかったが、スタッフのマネル・エスティアルテからある報告を受けて満面の笑みを浮かべた。その笑顔はグアルディオラから良いパスをもらい、祝福に駆け寄っていた選手時代のそれと同じだった。ペップとチキは、2人ともクライフ監督の申し子だ。「彼らは最も賢かった」とクライフが描写したように、ペップとチキは偉大な先人の哲学を完全に理解していた。2人ともフィジカル面ではサッカー選手として物足りなかったが、それをタレントで克服したのだった。

 そんな2人が、1人はグラウンド、1人はオフィスで同じクラブのために働いている。お隣のクラブの前監督ルイス・ファン・ハールもお気に入りだった中華レストランで「クライフが見たらどう思うかな?」と2人で話すのだそうだ。クライフは誇りに思うに違いない。

練習を止めて選手に感謝する

 あの日はマンチェスターに降り立って1週間ほどしか経っておらず、グアルディオラはまだ選手全員と顔を合せたわけではなかった。EURO2016とコパ・アメリカに参加した選手は夏休み中で、下部組織の若手が多数練習に参加していた。それでも、マネルはチキに良いニュースを届けざるを得なかった。

 「チキ、顔を見ればわかる。彼が幸せだって!」

 練習終了後、ある選手の去就について交渉中だったチキは電話を置き、監督室を訪ねた。報告にあった通り、グアルディオラは満足そうにこう言った。

 「チキ、素晴らしい、素晴らしいよ!」

 その夜、先のレストランで夕食をともにした際に、グアルディオラは「練習を中断せざるを得なかった」と告白した。態度があまりにも良く熱心に練習していた選手たちに、感謝する時間が欲しかったのだという。

 「チキ、素晴らしい選手たちで、飲み込みも早い。ありがとう!」

 それからフェルナンジーニョをはじめとする個々の選手の印象を語り始めた(その時には、体重オーバーで「痩せてから戻って来い」と言われたトゥーレ・ヤヤとサミル・ナスリはすでにグループ練習から外されていた)。

 グアルディオラがバルセロナでトップチームの監督に就任して過ごした4年間は、苦しみの方が多かった。過剰な責任感、信頼してくれた人を失望させたくないという気持ち、世界一の選手メッシの存在……。様々なものが重圧となって、すべてやり尽くしたとは言えない4年間だった。バルセロナを去る時には、遠く離れたニューヨークでサッカーとは縁のない日々を送り、自分の感情を見つめ直してトラウマや恐怖から解放される必要があった。

 ミュンヘンの地を踏んだ時は、勝者のクラブにさらなるタイトルをもたらそうという夢にあふれていた。最終的にタイトルを獲得し、その道中でバイエルンは変わり、彼も変わった。ただ、監督として成長したものの苦しみもした。なぜなら、変えるべきものを変えられなかったし、クラブから愛された実感を得られなかったからだ。本当に愛してくれたのは、はるばるニューヨークまで説得に赴いた元バイエルン会長ウリ・ヘーネスだけだった。

愛されないと働けない男。ミュンヘンではウリ・ヘー ネスだけが特別だった

 ミュンヘンでの日々は大半は満足できるものだったが、去る時にはやり残したことがあると感じていた。(アトレティコ・マドリーとの準決勝で)ミュラーがPKを外さなければ、CL決勝へ進んでいたはずだったのだ。

 「調子はとても良いよ。バルセロナでは足りないものはなかったしミュンヘンでも親切にしてもらった。文句はないよ」

ドリームチームのコンビが復活

 本音? マンチェスターほど居心地の良いところはないはずだ。シティはグアルディオラのOKを待っていた4年の間に、しっかりと準備を整えていたからだ。ただ、家だけは1月に完成予定で一家は今、ミュンヘンの大きな邸宅から市役所近くの小さなアパートへ引っ越し仮住まいをしている。

 マンチェスターにやって来たグアルディオラはオアシスのボーカル、ノエル・ギャラガーとシティのレジェンド、マイク・サマービー、クラブTVのサプライズ企画で赤毛の少年ファン、ブライドン君と知り合い、そしてチキと再会した。今グアルディオラには初めて自分専用の応援ソングが捧げられ、愛されていると実感しているようだ。バルセロナやミュンヘンではグアルディオラの方が感謝しなくてはいけない感じだったが、マンチェスターでは誰もが向こうから抱擁して来るのだ、という。

熱狂的“シティズン”として知られるノエル・ギャラガーとペップの対談動画

 チキは問いただすことなく、グアルディオラが欲しい選手はすべて獲った。クラウディオ・ブラボ、ジョン・ストーンズ、イルカイ・ギュンドアン、レロイ・サネ……。医者、医学療法士、栄養士もそろえた。

 あのドリームチーム時代のように、チキと一緒なら何もかもが簡単だ。球質の良いロングボールを送り込めば、GKの飛び出し際にゴールへとシュートを流し込んでくれる。果たして歴史を刻むゴールを決めることができるのか? オールドトラッフォードでの勝利を含め、ここまでは白星街道をひた走っている。

Translation: Hirotsugu Kimura
Photos: Getty Images, Bongarts/Getty Images

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ジョセップ・グアルディオラマンチェスター・シティ

Profile

ル マルティン

高名なスペイン人記者。1980年代からラ・リーガと母国代表をテーマに執筆活動に勤しむ。2001年出版の『La Meva Gent, El Meu Futbol(私の人、私のサッカー)』は、ペップ・グアルディオラ自身との共著。マンチェスターとバルセロナを行き来しながら、シティのグアルディオラ体制を追う。2016年から『footballista』で「ウォッチング・グアルディオラ」を連載中。

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