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英国で学んだ異色の“育成”研究者。データが示す昇格選手の条件とは?

2020.03.25

異色の研究者・後藤平太氏インタビュー

現在プレミアリーグのすべてのクラブがスポーツ科学部門を置いているように、サッカー界で重用されつつある科学者だが、日本にも「育成の定量分析」を試みる研究者がいることをご存じだろうか。イングランドでプロクラブのアカデミーを指導しながら名門ラフバラー大学で博士号を取得し、現在は九州共立大学で教鞭を執る後藤平太氏に育成の研究事情について話を聞いた。

現場で感じたプロと育成の違い


――まずはイングランドの大学へ入られた経緯からうかがってもよろしいでしょうか?

 「父の仕事の関係で、高校2年生の時に家族全員でイングランドに移りまして。その流れで向こうの大学に行きました。どうせ行くならスポーツ科学で一番上を目指そうと思い、当時は英国のスポーツ科学部でダントツだったラフバラー大学に行くことにしたんです」


――それは当時からスポーツ科学者を目指されていたからでしょうか?

 「いや、もともとはサッカー選手になりたかったんです。大学の修士課程で指導者のライセンスを取って、イングランドのアカデミーでアルバイトをしていたんですけど、そこでU-9から英才教育を受けている子供たちであっても15~20人のうち1人くらいしかプロになれないことを知ってようやく諦めました(笑)。そういう理由で指導者の道に進みました」


――その時点ではスポーツ科学者ではなく、サッカー指導者を目指されていたんですね。

  「その当時、2000年代はマンチェスター・ユナイテッドが強く、オールドトラッフォードから車で30分くらいのところに住んでいたこともあって、ユナイテッドのファンだったんですね。それでアレックス・ファーガソンみたいになりたいと思っていたんですけど、主にアカデミーを指導しながらプロでも仕事をしてみると、プロの世界と育成の世界って指導者の仕事内容が違うことに気づいて」


――違いというと?

  「具体的に言うと、要はプロって勝てばいい。お金といい選手を集めて強いチームを作って勝てばいい。でも私の家系は教員が多く教えることに喜びを感じる血筋みたいで、私も教えることが多い育成に向いていると思いました。だから、『アカデミーダイレクターのようなポストに就きつつ、自分でもチームを見るのが一番理想的かな』と考えたりしながら活動を続けていたんですけど、なかなかそれも狭き門でした。当時はまだサッカー界にスポーツ科学が広まり出したばかりで、やっとスポーツ科学者として活動しながらプロのアシスタントコーチや監督になる人が多少出てきていたくらい。それでも、そういう道もあることを知ったので、スポーツ科学者の道へ進みながら指導力を磨くという選択をしました。それで現在まで至ります」


――そうしてスポーツ科学者としての道を歩まれる中で、大学ではどのような研究をされていたのでしょうか?

 「修士課程では、食べ物の消化速度と運動の関係性について研究を行いました。イングランドのU-21の女子選手を対象に、消化が遅いものを食べるグループと消化が速いものを食べるグループに分けて、その食事の3時間後にサッカーの試合を想定した運動をしてもらいました。15mのスプリントを数分おきに行ってもらいましたが、スピードを持続できたのは消化が遅い食事を摂ったグループでしたね。その後は1、2年ほどプロクラブで働いていたんですけど『もっと勉強しないとダメだな』と思い博士課程に進みました。博士課程では、プロクラブのアカデミーに所属している9~18歳の選手を対象に、体力測定やGPSでの試合中の移動距離の測定を行い、それらの個々の成長パターン、体力と移動距離の関係性、発育の速さと体力の関係、発育の速さと移動距離の関係性などについて研究していました」


――プロクラブで働かれていたというお話がありましたが、どのようなクラブで働かれていたのでしょう?

 「博士課程を始める前までダービー・カウンティでユースチームのコーチを担当しながらクラブ全体のフィジカルトレーナーをしていました。そこで博士課程の研究で使うデータを収集したかったんですけど、その話がうまく進まなくて。新しくトップチームにやってきた監督がアカデミーにスポーツ科学者を連れてきたんですけど、彼は自分で全部やる人だったので交渉が決裂してしまった(苦笑)。そういう経緯があってノッティンガム・フォレストに行くことにしました。フォレストもアカデミーにかなり力を入れていて、年代別のイングランド代表に選ばれるレベルの子たちが毎学年にいる優秀なクラブだったので、結果的には良かったです」


――ノッティンガム・フォレストは当時から2部にいるクラブですが、育成環境は1部のクラブと比べてどうでしたか?

 「トップチームの実績とアカデミーの実績は必ずしもリンクしているわけではありません。マンチェスター・ユナイテッドやチェルシーみたいに大きなチームは施設も凄いですけど、2部のクラブとプレミアリーグ中位以下のクラブを比べてみるとそんなに遜色はない。けっこう、入れ替わりも激しいですしね」

第37節時点で昇格プレーオフ圏内の5位につけているノッティンガム・フォレスト。17-18シーズンに発表されたイングランド国内のアカデミーランキングでは当時1部のワトフォード、ストーク、ブライトン、ボーンマス、バーンリー、スワンジーを上回る85クラブ中28位に

GPSが普及していないのはチャンス?


――当時、ノッティンガム・フォレスト独自の取り組みなどはあったのでしょうか?

 「登場したばかりのGPSをかなり早くから導入していたので、独自の取り組みと言っても過言ではなかったと思います。当時はまだ数えるほどのクラブしかGPSを持っていませんでしたからね」


――そうした環境で早くからデータを収集されていたんですね。現在のイングランドではかなりGPSが普及していそうです。

 「私がノッティンガム・フォレストでデータ収集をしていた2011年までは、地域ごとにアカデミーのクラブを上も下もなく分けていたので、リバプールのアカデミーと3部クラブのアカデミーが試合をするようなこともありました。その後、プレミアリーグが環境や設備を評価基準に4つのカテゴリーに分けたと聞いています」


――2012年に施行された「エリート選手のパフォーマンス向上プラン」(Elite Player Performance Plan)で育成システムが見直されて、そうなったんですよね。それを基にプレミアリーグが毎シーズン発行している「ユース育成ルール」(Youth Development Rules)では、年代ごとに細かくアカデミーの評価項目が分かれています。

 「その評価項目の1つに『GPSを使用したパフォーマンスの分析が行えるかどうか』があるので、GPSがないとカテゴリーを上がれないこともあるそうです。GPSはかなり高額ですし、お金のないクラブもあるので実際に普及しているかはわかりませんが、プレミアリーグが普及に努めていることは確かです」

GPSデバイスが装着されたビブスを露わにするアーセナルU-18のマシュー・デニス


――現行のルールについて調べてみると、最上位のカテゴリーではU-12からGPSの使用が義務づけられるケースもあるんですね。現在データを収集されている日本のGPS事情はいかがでしょう? イングランドと違ってあまり普及していないイメージがありますが……。

 「日本でもプロクラブのトップチームでは広まり出しているようですが、 アカデミーでもGPSを使用しているクラブとなると、私の知る限りでは多くないですね。今は中学1年生から高校3年生を対象に研究していますけど、まだ中学生でGPSをつけているチームは見たことがないです(笑)」


――そうした環境でどのようにデータを収集されているのでしょうか?

 「私は研究費で購入したGPSをサッカーチームに持っていって、データを収集しています。むしろ、日本でGPSが広まっていたら門前払いされてしまうかもしれない(苦笑)。イングランドよりも私が入っていける余地があるので研究者からするといいことですね。Jクラブのトップチームが使っていることはアカデミーのスタッフの方々も知っているので、選手たちに『本当だったらプロにならないと着けられないんだぞ』なんて声をかけながら快くデータを取らせてくれます」


――「プロの証」のように扱われているんですね(笑)。ところで、後藤先生ご自身は現在チームを指導されていないのですか?

 「大学のサッカー部と関わることはありますが、今は指導していません」

――それは研究に専念されるためでしょうか?

 「いや、本音を言うと今もアカデミーで指導したいです。ただ、日本のアカデミーで指導をしている人たちから話を聞くと、それだけで貯蓄を増やしたり家族を養っていくのは難しいそうです。将来のことを考えると、今のように大学講師を続けていた方がいいかなと。そもそも日本のアカデミーで指導する場合は常勤になってしまうので兼業すること自体が難しいです」


――イングランドのアカデミーでは、後藤先生がかつてされていたようにアルバイトで指導できるんですよね。そのせいか、ユース育成ルールではスタッフの勤務形態も決まっているんですけど、常勤の指導者の必要人数は少なく定められているみたいです。

 「私がイングランドにいた当時も、アカデミーの指導者のほとんどがアルバイトでした。だから、スポーツ科学者が指導経験を積む場としてもアカデミーが機能していましたね」


――研究に話を戻すと、世界的にサッカーの研究は多くないのでしょうか?

 「医学などの他分野と比べると、サッカーの研究はその競技人口だけが対象になるので少なくなってしまう。逆にスポーツ業界で見るとメジャースポーツの1つなので多いですが、個人的にはまだまだ少ないと思います。特に育成関係の研究はプロを対象とした研究に比べると少ないですね」


――その貴重な育成の研究を後藤先生はされているんですよね。具体的にはどのような研究を?

 「アカデミーでチームに残留できた選手と残留できなかった選手を比較しました。全体としては低速度での移動距離が長い選手ほど残留できていることが判明しましたね」


――そのような研究結果が出た理由はなぜでしょうか?

 「あくまで仮説ですけど、移動する距離が長い選手ほどボールに関わる回数が増えることが推測されるので、それが理由ではないかと考えています。ただ、今行っている研究の結果が出ればいろいろ明らかになると思うんですけど、当時はどうボールに関わっているかを見ていなかったんですよね。あと、もう1つ踏み込んで研究したいのはポジションです。チームの選手を丸々混ぜて研究しましたが、それをポジションごとに分けて行うとまた違う結果が出てくると思います」


――年代ごとに違いはあったりしたのでしょうか?

 「ありましたね。U-9とU-10では、残留できた選手の方が出場時間が長かったです。U-11とU-12、U-15とU-16では、残留できた選手の方が残留できなかった選手よりも中速度や低速度での移動距離が長かったですが、U-13とU-14ではそのような試合中の運動量に関する差は見られませんでした」

「ゲーム」と「ミニゲーム」の違い


――トレーニングに関する研究もされているのでしょうか?

  「6対6のミニゲームと11対11の試合での移動距離と技術面を比較した研究をしました。近年『試合に勝る練習はない』じゃないですけど、試合環境に近いトレーニングをする考え方が広まっていて、ミニゲームはどの国でもどの年代でもよく行われていると思います」

ゲーム形式の練習をするマンチェスター・ユナイテッドの選手たち


――近年広まっているトレーニング理論、戦術的ピリオダイゼーションサッカーのピリオダイゼーションでもゲーム形式の練習が中心となっていますね。それこそイングランドでもそうした練習が増えてきていると聞いたことがあります。

 「でも、11対11の試合環境に類似したミニゲームに関する研究結果はあまり発表されていないんです。ミニゲームの人数を増やしたらどうなるか、ピッチを広くしたらどうなるか、条件を加えたらどうなるかっていうのは報告されているんですけど、11対11と比較した研究はあまりないので研究してみました」


――では、それをどのように比較されたのでしょうか?

 「まずは11対11の試合における選手1人あたりの面積を算出しました。一般的なピッチの大きさは縦105m×横68mで面積は7140平方mですよね。そこに敵味方合わせて22人が立つと1人あたり325平方mの面積になる。この1人あたりの面積を同一として6対6のピッチの広さを考えると、12人が立つので3900平方m。これを11対11のピッチと同じ縦と横の比率にすると、およそ縦78m×横50mのピッチになります。同じ要領で1人当たりの面積がその半分になったピッチ、さらにその半分になったピッチを作り、その3種類のピッチで6対6を行ってそれぞれデータを収集しました」


――研究結果はどうなったのでしょう?

 「1人あたりの面積が同じでも、6対6の方が11対11よりもかなり負荷がかかることがわかりました。選手1人あたりの総移動距離はそんなに変わらないんですけど、高速度での移動距離は約1.5倍になったんです。11対11では平均300m、6対6では平均470mとかなり大きな違いが出ましたね。一方で、ボールタッチ数はピッチが狭くなるほど増えました。11対11の試合では選手1人あたりおよそ40回ボールに触ってたんですけど、一番小さいミニゲームでは60回以上ボールに触ることができていた。つまり、ボールタッチ数がおよそ1.5倍にも増えるんですよね。これはあまりレベルが高くない高校生を対象にした研究だったので、レベルや学年、性別が異なればまた違った結果が出ると思いますが、指導現場でも役に立つ研究結果だと思います。トレーニングの重点を変えるにはピッチの広さを変えることがかなり有効な方法だという結論に至りましたね」


――今後はどのような研究をされていくのでしょうか?

 「イングランドでは体力測定と身体測定、移動距離の測定を行っていましたが、日本に帰ってきてからはパス本数、タックル成功数、クリア回数などの技術面もよく見ています。それを長年収集してデータを蓄積しながらいろんなものを検証していきたいですね。今特に考えているのが、先ほどお話した過去の研究でプロのクラブに残留できた子には移動距離だけでなく技術面でも差があるのか、それをポジション別に見ていった時に全ポジションで同じ結果が出るのか、そこに興味があるので今研究していますね」

Heita GOTO
後藤 平太

兵庫県芦屋市出身。高校時代に家族でイングランドへ移住し、卒業後はスポーツ科学の名門校として知られるラフバラー大学へ進学。学部・修士・博士課程を歩む傍ら、UEFA-Bライセンスを取得しダービー・カウンティでアカデミーのサッカーコーチ兼フィジカルコーチ、ノッティンガム・フォレストでアカデミーのフィジカルコーチ兼マッチアナリストを務めた経歴を持つ。2013年より九州共立大学スポーツ学部にて講師を担当し、現在に至る。Twitter:@ffcgoto


Photos: Getty Images

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Profile

足立 真俊

1996年、岐阜県出身。生まれもっての“人見知り”を克服するためにアメリカにあるウィスコンシン州立大学でコミュニケーション学を専攻。学業の傍らで趣味として始めた翻訳活動がきっかけとなり、翻訳を通じたサッカーに関する情報発信を模索中。2019年5月、結局“人見知り”のままfootballista編集部の一員に。