SPECIAL

ベルナルド・シルバが抱えた劣等感。「1番小さな選手」が伝えたい想い

2019.03.19

 「今、彼を先発から外すなんてあり得ない。今は彼とあとの10人で成り立っているからね」

 先月あの名将ペップ・グアルディオラにここまで言わしめたのは、「欧州で最も過小評価されている男」ことポルトガル代表 MFベルナルド・シルバだ。シルバは自ら“風船ガム”にたとえる足に吸いつくようなボールタッチと、今季プレミアリーグ最長走行距離13.7kmを記録した豊富な運動量を兼備する173cmの小さなレフティ。 今でこそマンチェスター・シティでペップから絶大な信頼を勝ち獲っているが、 ユース時代はそのサイズが大きな足かせになっていた。

 「実際のところ、僕の道のりはとても険しかった。ずっと小さかったから、10代に入ると一部の指導者たちからそのことを問題視されるようになったんだ。16歳の時、僕はキャリアの中で危機的なステージを迎えた。ユースチームでまったくプレーできなかったんだ。僕にとってそれは拷問だったよ」

 『The Players’ Tribune』で本人が綴ったカミングアウトによれば、元ポルトガル代表MFマヌエル・ルイ・コスタに憧れてベンフィカのアカデミーに7歳で入団したものの、10代後半になって小さなサイズを理由に出場機会すら得られない日々が続いたという。

■シルバ少年を救った「小さな天才」

 そんなシルバに救いの手を差し伸べたのは、当時ベンフィカユースでコーチを務めていた元ポルトガル代表FWフェルナンド・シャラーナだった。1984年の欧州選手権で母国を準決勝に導いた163cmの“小さな天才”は、ある日シルバを呼び出してこんな言葉をかけた。

 「よく聞くんだ。監督にフットボールを見る目がないだけで、君はここで1番の選手だ。私が保証しよう。いつか君がチームに欠かせない存在になれる日がやってくるよ」

 「彼の言葉が僕の背中を押してくれたんだ。とりわけほとんどフットボールをプレーできなかった時期だったからね。彼は僕の恩人だよ。ベンフィカとポルトガルで史上最高と謳われるレジェンドの1人がああやって僕の言葉に耳を傾けてサポートしてくれたら、それはもう大きな助けになるに決まっている。彼には深く感謝しているよ」と『i NEWS』が実施したインタビューでシルバは回想している。

 恩師との出会いをきっかけに、失意の底からベンフィカのBチームまで登り詰め、シルバはアイドルであるルイ・コスタと比較されるほどの有望株に成長した。トップチームでは公式戦2試合のみの出場に終わったが、出場機会を求めて移籍したモナコでフランス代表FWキリアン・ムバッペらとともに大ブレイク。2017年夏に4300万ポンドで加入したシティでも、かつてシャラーナが予言したように「欠かせない存在」になりつつある。

 その証拠に、今季記者会見の場でペップは幾度となくベルナルド・シルバを絶賛している。中でも最大級の賛辞が贈られたのは、年明けにリバプールと対戦した時のパフォーマンスだ。

 「ベルナルド・シルバがすべてをやってくれた。彼は1番小さな選手だけど、フットボールをプレーするのに高い身長や優れたフィジカルなんて必要がないことを示したんだ。凄まじいよ。あれだけのパフォーマンスを見るのは久しぶりだね。クリーンで、クレバーだったよ。ファン・ダイクを相手にしながらデュエルで余裕を奪ったんだ」

首位リバプールを2-1で下した1月3日の試合後、ファン・ダイクと言葉を交わすベルナルド・シルバ。 身長の違いはご覧の通りだ(奥はこの試合負傷でベンチ外だったシティのDFバンジャマン・メンディ)

 “小さな天才”から小さな背中を押された少年は、今や193cmもある世界トップクラスのDFフィルジル・ファン・ダイクと互角以上に渡り合うまでに成長。シティ公式インタビューではむしろそのサイズが自身の成長を促していると明かし、小さな体に苦しむサッカー少年たちにアドバイスを送っている。

 「フィジカルで上回ることができれば、それは後押しになる。でも、フットボールをプレーする中で僕はずっと1番小さな選手なんだ。それなら他のことで補っていけばいい。速さや強さで上回ることができれば、それが力になってくれるからね」

 「速く頭を回転させて他の手段でボールを奪おうと挑戦すれば、そこから学ぶことができる。そうやって歩んできたのが僕のフットボール人生なんだ」

Photos: Getty Images

TAG

ベルナルド・シルバマンチェスター・シティ

Profile

足立 真俊

1996年、岐阜県出身。生まれもっての“人見知り”を克服するためにアメリカにあるウィスコンシン州立大学でコミュニケーション学を専攻。学業の傍らで趣味として始めた翻訳活動がきっかけとなり、翻訳を通じたサッカーに関する情報発信を模索中。2019年5月、結局“人見知り”のままfootballista編集部の一員に。