EURO2024開催決定も、ドイツは白けた反応。危機に瀕するドイツサッカー

ドイツサッカー誌的フィールド
皇帝ベッケンバウアーが躍動した70年代から今日に至るまで、長く欧州サッカー界の先頭集団に身を置き続けてきたドイツ。ここでは、今ドイツ国内で注目されているトピックスを気鋭の現地ジャーナリストが新聞・雑誌などからピックアップし、独自に背景や争点を論説する。
今回は、喜んだ人はほとんどいない!? 招致の勝因とサッカー大国内の意外なリアクションの意味を探る。
9月25日と26日に行われたブンデスリーガ第5節。その各スタジアムで試合開始から20分間、ファンたちが沈黙するという抗議が行われた。サッカーの商業化やドイツサッカー連盟(DFB)とブンデスを運営するドイツサッカーリーグ(DFL)の傲慢さ、彼らファンと選手たちやクラブ首脳陣との距離が広がっていくことに対してのものであった。
直後の27日、ドイツはEURO2024開催国に選ばれた。だが、「2006年のW杯開催国に決まった時のような熱狂はない」と『ターゲスシュピーゲル』紙が記すように、歓喜した人はほとんどいなかった。ブンデスのタイトル争いがずっと退屈であること、欧州カップ戦での失望、エジル、ギュンドアンとトルコのエルドアン大統領との一件に端を発する人種差別の議論……これら数々の良くないニュースが、ドイツサッカーに対するポジティブなフィーリングに深い傷痕を残してしまったからである。
事実、スタジアムではDFBの大会誘致のための「ユナイテッド・バイ・フットボール」というスローガンをもじった「ユナイテッド・バイ・マネー」というバナーが掲げられていたのだ。「メンタリティの転換が求められる、プロサッカー全体で。地に足をつけることだ」と『ジュートチューリンガー新聞』は説いている。


“ドイツの勝利”ではなく…
ドイツサッカーを注意深く見守っている人たちからすれば、EURO開催決定が国民の気持ちの高揚や誇りの醸成に何ら寄与しないことはわかり切っていた。また、UEFAもドイツサッカーがスポーツ的、組織的、雰囲気的な意味で危機にあることは承知していた。
DFBを率いるラインハルト・グリンデルは批判が多いだけでなく非常に不器用な会長であり、『フランクフルタールントシャウ』紙に言わせれば招致期間中、スポーツ政治の舞台で「瀬戸物屋にいる象のようだった」。
ではなぜ、それでもドイツなのか。それは「相手はトルコで、リングに上がったのは目線が同じ高さのライバルではなかった」(『南ドイツ新聞』)から。同紙はさらに「UEFAの首脳陣は、経済的にも政治的にも不安定な国を開催国にしたくなかった」と指摘する。経済危機に突き進み通貨は暴落、学校の教師たちが大量解雇されジャーナリストたちが投獄されるような国は問題外だった。ゆえに12対4という投票結果は、ドイツの勝利ではなく反トルコという意味だったのだ。
熱狂的な解説者の中には、2006年に魅惑的なW杯を開催し世界を驚かせたサッカー大国ドイツが、2024年に「夏のメルヘン第2版」(『ビルト』紙)を世に送り出すと本気で思っている。しかし、12年前のあの歴史的な瞬間は完全に過去となったのだ。当時サッカーは、プロレタリアートのスポーツから社会の中心に移るフェーズのピークにあった。言い換えればつまり、サッカーとは立ち見席でのビールとソーセージからビジネスラウンジでのシャンパンとサーモンサンドウィッチを意味するようになった。またそれに伴い、従来の立ち見席の客は憧れの対象となった。
このプロセスが今、逆行し始めている。ファンたちは昔の、1980年代のサッカーを望んでいる。そして多くの、流行に乗ってファンになった人たちはサッカーへの興味を失い、ブンデスの観客数はかなり減少している。
“幸運”を生かせるか
「ドイツのサッカー界と国そのものが今、一致団結するためのきっかけを緊急に要している。だが、あの時のような魅惑的な夏はほとんど望めないだろう」とは『FAZ』の弁だ。確かにそうだが、そもそも比較対象が2006年となるとどんな大会も敵わないだろうし、このEUROがドイツで必要とされる刷新のプロセスを早めるかもしれないという希望を持つこと自体は真っ当だろう。大会の組織委員会会長を務める元ドイツ代表主将フィリップ・ラームが、これからの数年で若きリーダーに成長し、知性と経験で埃っぽいDFBを刷新するかもしれない。さらに、近年あまり成果の出ていない育成部門とA代表のコンセプトの立て直しが加速する可能性はある。
ゆえにDFBは、自分たち以外の候補がトルコしかいなかったことを幸運に思わなければならない。スペインやデンマーク、チェコ、スウェーデンなどのサッカー連盟であったら、ドイツサッカーの現在の弱点を、自分たちのために生かす術を知っていたに違いないのだから。
■ 今回の注目記事
「EURO2024、ドイツで開催」
敗れたトルコでの反応を紹介。政府寄りのイスタンブールの日刊紙『イェニシャファク』はこの決定が「人種差別にイエス」(UEFAとFIFAのスローガン「Say no to racism」にかけたもの)を意味するとし、「もし理性と正義感のかけらでもあったら、(大会を)私たちにくれていただろう」と怒りを露にしている。
(『ターゲスツァイトゥンク』 2018年9月28日)
Photos: Bongarts/Getty Images
Translation: Takako Maruga
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Profile
ダニエル テーベライト
1971年生まれ。大学でドイツ文学とスポーツ報道を学び、10年前からサッカージャーナリストに。『フランクフルター・ルントシャウ』、『ベルリナ・ツァイトゥンク』、『シュピーゲル』などで主に執筆。視点はピッチ内に限らず、サッカーの文化的・社会的・経済的な背景にも及ぶ。サッカー界の影を見ながらも、このスポーツへの情熱は変わらない。