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なぜ乾貴士は特別扱いされるのか? シビアなスペイン人が「激甘」なワケ

2018.09.05

現地在住ライターのセビージャダービーレポート


大きな期待を受けてベティスに加入した乾貴士だが、キケ・セティエン監督の下で精鋭がそろうチームのレギュラー定着は容易ではなさそうだ。そんな中で迎えた9月2日のセビージャダービーでは先発フル出場。現地在住の木村浩嗣氏が乾の現在地をレポートする。


 初めてのセビージャダービーを経験した乾。先発フル出場、というのは正直言って想像していなかった。開幕のレバンテ戦は左インサイドMFとして65分から途中出場、前節アラベス戦は左トップ下的なポジションで先発するも60分で交代。いずれもスペースがないところで窮屈そうにプレーしており、セティエン監督が乾のポジションを見つけられていない印象があったからだ。


オンリーワンのポジション「左トップ下」

 スピードに乗ったドリブルが最大の持ち味である乾には走るスペースが必要だが、ベティスの通常システム[3-5-2]でスペースが与えられているのは2トップだけ。だが、トップで使うには乾はゴール不足。かと言って、1列下げてインサイドMFに置くとさらにスペースがない上に、カナーレス、グアルダードほどの足下の器用さがないので、窒息してしまいかねない。可能性としては左WBというのもあり、前にスペースはたっぷりあるし守備にも献身的な乾であればできないポジションではないかもしれない。だが、「できる」のと「生きる」は別。アタッカーである彼の守備力を上げても攻撃が目減りすれば、損な取引でしかない……。

 エイバルで左サイドから切り込む鋭いドリブルを見せていた乾を、セティエンはいったいどこで使うつもりで獲ったのか? その答えが前節アラベス戦と同じ、この日の“左トップ下的なポジション”なのだろう。突破力を生かせ、かつゴール不足が問題にならない。まさに乾のために用意されたようなポジションである。

 「トップ下的」と曖昧な呼び方をするには理由がある。

 FW(ゴールゲット)でもなくMF(ボールキープ)でもない役割を期待される攻撃的MF(崩しとアシスト)、いわゆるトップ下なのだが、乾はトップ(ローレン)の背後にポジショニングをせず、彼が落としたボールを拾う役でもない。点取り屋ローレンが右寄りにポジショニングし、乾は左に張り出してポジショニングするが、2トップとして左右同列に並ぶことはない。つまり、トップとトップ下の関係が縦ではなく斜めになっている。乾の後ろにはウインガー+インサイドMFが控えており、その並びをあえて数字にすると左右非対称な[4-1-3-1-1]で、2列目の「1」に当たるのが乾。3列目の「3」も左右非対称で右端にウインガー的にテージョが張り出し、中に絞った位置に右カナーレス、左グアルダードが並ぶ。カナーレスとグアルダードはインサイドMF、テージョはウイング的インサイドMFである。その後ろはシンプルで4バックの前にセントラルMFウィリアム・カルバーリョが位置する――。この4バックはセビージャダービー用にセティエンが用意したサプライズだった。3バックだった前節アラベス戦のシステムは[3-3-2-1-1]で、左トップ下の乾はやはり2列目の「1」に当たる。

ベティス監督キケ・セティエン

 ダービーでの乾は活躍したとは言いがたい。地元メディアの評価も「現れたり消えたり」(『ディアリオ・デ・セビージャ』紙)、「もっと1対1で貢献すべき。5(10点満点)」(『エル・デスマルケ』)といったところ。0-0の59分にセティエンが動きFWのサナブリアを投入した場面では乾が代えられるのでは、と危惧した。点を取りに行くのならローレンとサナブリアの2トップにする手もあったし、セビージャの圧力で乾にボールが渡らなくなっていたからだ。だが、66分にセビージャのロケ・メサの退場で数的優位になると、75分に乾とポジション&役割が重なるホアキンが投入されても乾は下げられることはなかった。彼は右サイドに移り、今度は右トップ下的なポジションでプレーした。

 活躍はしなかったが、乾がセティエン監督のベティスの中で異色の存在だ、というのはわかった。左トップ下的なところで、「反転+ドリブル」、「中に切り込んでシュート」を期待される存在。ボールを繋ぎコンビネーションで崩すというチームの中で、個人技を出して良い、という許可を得た存在、閃きを期待される存在だ。そういう特別扱いをされているのは、乾の他にはホアキン、ブデブズがいるだけ。誘った相手のイエローカードは2枚。ボールを受けて反転しドリブルで突破し始めると足を引っかけて止めるしかない。

 カナーレスやグアルダードのテクニックはチーム戦術であるボールキープに捧げられているが、乾にはキープへの貢献は彼らほど求められていない。ということは、今後はインサイドMFでの起用ではなく、左トップ下としての起用が増えるのではないか。これはネガティブな見方をすれば、左トップ下で結果が出ない場合はベンチへ送られる、という意味でもある。

 カナーレスやグアルダード、ジュニオールとのコンビネーションはまだまだでボールの受け渡しのタイミングが合わなかったりするシーンはたくさんあった。だが、結果的にボールをもらえなくても、もらいに走っている姿をチームメイトは見ているだろうし、必要なタイミングでスペースに走り込み、忠実にプレスに行き、ファウルで相手を止める、といった戦術的な賢さは監督に評価されるはずだ。エイバル時代アタッカーとして不調でも、ホセ・ルイス・メンディリバル監督は攻守バランスを崩さない乾を下げなかった。そういう日本の新聞の見出しにはならないような地味なポイントを稼ぎながら、徐々にベティスの一員になっていくのだろう。


ダービーで見た不思議な光景

 グラウンド外の部分に話題を移そう。乾がずい分ファンに可愛がられているというのは、スタンドの反応ですぐにわかった。反転しドリブルを仕掛けて引っかかる――それで拍手をもらえている。「結果」ではなく「トライ」でも褒められる、というのはシビアなスペインのファンにしてはかなり甘い。

 加入の噂があってから一貫して乾に注がれる視線は温かい。彼の何がこんなに気に入られているのか? W杯での大活躍もあるが、それは結局はエイバルでも見せていた献身的な姿勢だろう。ベティスのエンブレムのために全力で戦い続ける選手、緑と白のチームカラーと契りを結んだ選手がベティスファンは好きなのだ。大袈裟なアピールは皆無だが、無表情であることが多い日本人選手の中では表情が豊かでクールではなく、スペイン人も親しみを抱きやすい。こういうプレー以外の部分で乾はとても得をしていると感じる。

 ホアキンのゴールが決まると、5万6000人がかけ声に合わせていっせいにジャンプし始めた。コンクリート製のベニート・ビジャマリンがたわんで揺れる。底が抜けるのではないかと心配するほどだ。ベティスがホームで勝利するのは2006年4月以来、12年ぶりだという。セビージャのホームで勝利するベティスは2度(昨季のリーガ、13-14のEL)見たが、そう言えば記憶にない。

“ベティコ”と呼ばれるベティスのサポーター

 セビージャダービーの雰囲気には乾も驚いたのではないか。エイバルとソシエダのファンが肩を並べて観戦するギプスコアダービーのような友好的な空気はまったくなく、殺伐としている。セビージャのユニフォームを着た外国人女性が罵られているのを見たが、彼女は安全に観戦できたのだろうか。

 5万6000人あまりの観衆のうち、クラブを通してチケットを手に入れたオフィシャルなセビージャファン(大部分はフーリガン)は500人ほどで、彼らは完全に隔離されている。スタジアム入りもテロ専門の国家警察に護送されて40分ほどの距離を歩いて来る。普通のセビージャファンはベティスのホームで生観戦した経験がなく、その逆も同じである。スタジアム内の中立地帯は我われがいる記者席のみで、他は緑一色であり、そこに赤が混じろうものならトラブル必至である。事情はセビージャのホームゲームでも同じなので、来年4月に観戦を予定している人は間違っても乾のユニフォームなど着て来ないように!

Photos: Getty Images

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Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。