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イングランドのセットプレーに見る“戦術のバスケ化”の可能性

2018.07.11


1990年イタリアW杯以来、実に28年ぶりとなる準決勝進出を果たしたイングランド代表。その躍進の要因の一つに、セットプレーがある。特に話題となっているのが、チームを率いるギャレス・サウスゲイト監督が、わざわざ米国まで出向きバスケットボールの戦術を参考にしたというエピソードだ。

今や母国では時の人となった指揮官はいかにしてバスケの戦術をセットプレーに組み込み、果たしてどれほど効果的なのか。両競技の特性を比較しながら考察する。


 総得点11のうち8点がセットプレー(3点はPK)、5点がヘディング――今大会のイングランド代表の得点の内訳だ。52年ぶりの栄冠まであと2つ、というところまで来た彼らの得点方法の偏りはとても面白いけれど、あるところでこの偏りがさらに興味深くなる話を耳にした。「イングランド代表が、セットプレーにおいてバスケットボールの戦術を参考としている」という話だ。

 「バスケットボール化するサッカーの戦術」

 この言葉を聞いたのは、グアルディオラ率いるバルセロナを指した表現が最初だったように思う。それはどちらかというとボールを握り、相手が狭く守るところをどのように崩すか、という文脈が強かったように記憶している。

 しかし、今回のロシアW杯において、イングランド代表はまた少し違ったアプローチで、バスケットボールの戦術を採り入れてきたということらしい。


類似点と相違点

 もともと、サッカーとバスケットボールは似通ったゲーム性を持ったスポーツだ。自陣と相手陣、それぞれの中心あたりに置かれたゴールへシュートを入れることで勝利に近づく。その勝利条件に引っ張られて守備の方法が似通い、そこに対抗するための振る舞いも同様に似通ってくる、という構図だ。しかし、別のスポーツである以上、まったく同じというわけにはいかない。一番わかりやすいのは「手を使うか足を使うか」であろう。だが、戦術をコンバートする時に最も悩ましいのは、「身体接触に対する考え方」の違いのように思う。

 バスケットボールにおける身体接触の基本的な考え方は、「攻守、そしてボールの行方にかかわらず、先にそのポジションを占有したものに優先権がある」というものだ。例えば、先にポジションを取った守備側の選手が攻撃側の選手の動きを遮った時、反則を取られるのはボールの有無を問わず“攻撃側の選手”である。一方でサッカーの場合、基本的な考え方は「ボールに直接プレーできなければ妨害となる」である。先ほどと同じシチュエーションで考えると、守備者がボールにアタックできれば正当なプレーと見なされるが、ボールに触れられなかったり、あるいは両選手ともボールがプレーできる範囲内にない状況であった場合(インピード、以前はオブストラクション)、“守備側の選手”の反則となる。

 この違いが端的に現れているのが、バスケットボールの戦術である「スクリーン」だ。このプレーは、ボールを持たない攻撃側の選手が守備側の動く方向へと先にポジションを取り、守備側の選手に遠回りやマークの受け渡しを強制的に強いる。「ピック・アンド・ロール」と呼ばれるプレーにしろ他のプレーにしろ、バスケットボールにおいてはこのプレーなしでは攻撃は成り立たないと言っていい。スクリーンを使って少しでも多くの守備のズレを作り出し、良いシュート機会を作ろうとするのが現代バスケットボールにおける攻撃チームの振る舞いになる。

 しかし、前述した通り、このバスケットボールの戦術をそのままサッカーに採り入れようとしても、インピードの反則となってしまう。ではどのように採り入れていけば良いのか。その一つの解答にたどり着いたのが今回のイングランドのセットプレーになる。先日行われたイングランド対スウェーデン戦におけるイングランドの先制点のシーンは、彼らがバスケットボールの戦術の考え方を採り入れてセットプレーをデザインしたであろうことがはっきり表れていた。詳しく見ていきたい。

スウェーデン対イングランド、イングランドが先制したCK時のスタートポジション

 スウェーデン陣右サイドからのCK。キッカーは右利きのアシュリー・ヤングなのでインスイングの軌道、という形だ。まず、蹴る直前に❽ヘンダーソンがニアにダッシュ。⓴アリもゴール近くのニア寄りに詰める。これに対してスウェーデンの⑦ラーションと⑰クラーソンがそれぞれ対応。

A.ヤングがボールを蹴る直前のヘンダーソンとアリの動き

 そして、この動きにタイミングを合わせて、❺ストーンズと❾ケインが少しだけニア寄りに詰めた❿スターリングとすれ違って回り込むようにファーへ移動。これにより、おそらくはどちらかのマークマンだった⑧エクダルに加えファーで備えていた④グランクビストと⑥アウグスティンソンがファー側に引っ張られる。この時点で、スウェーデンは11人で守っているにもかかわらず、図の黄色のゾーンは2対2の数的同数の状況ができている。

ストーンズとケインに相手が引っ張られて中央に数的同数ができ上がる

 ここからは中央の数的同数をクローズアップ。すると下の図のようになる。

(1)❿スターリングがニア側で合わせる動きをすると同時に、❻マグワイアはスターリングの横をファー側へ回り込むように動く(2)この状態の時、⑯クラフトにとって❿スターリングと⑩フォシュベリが邪魔となり、❻マグワイアがフリーになる。スターリングはあくまでクロスに合わせる構えのため、インピードにもなりにくい。困惑したクラフトはゴール側に下がってスペースを埋めることを選択 (3)(2)の時点で、⑩フォシュベリが1人で❿スターリングと❻フォシュベリを見る2対1の数的優位に。マグワイアは十分な体勢でジャンプにボールの軌道に合わせる (4)⑩フォシュベリは❿スターリングを捨てて慌てて競りに行くも時すでに遅し。先に飛び頭一つ抜けたマグワイアが強いヘディングでゴール

 つまり、❿スターリングがニアに移動して合わせる動きをバスケットボールで言うスクリーンとして使い、❻マグワイアが優位に合わせられる状況を作り出した、ということになる。

 今回の⑯クラフトはやや困惑気味で下がってしまい、局地的な数的優位をイングランドに与えてしまった形だが、もしマグワイアの後を追いかける形で動いたとしても、マグワイアが軌道を読んで先に跳べる状況には変わりなかっただろう。もう一つの対処方法として、スターリングを自分で見てマグワイアはフォシュベリに競らせるということが考えられる。これはバスケットボールでは「スイッチ」と呼ばれる守り方になるが、これはこれでマグワイアがフォシュベリより高さに勝るという質的優位を作られる結果が見えている。

(2)-a もし⑯クラフトが❻マグワイアの動きを追いかけることを選択した場合、常にマグワイアに先手を取られる (2)-b ⑯クラフトが❿スターリングを、⑩フォシュベリが❻マグワイアをマークするように受け渡すこともできるが、この場合はマグワイアとフォシュベリの間に高さのミスマッチが生まれる

 このセットプレーにおいてイングランドが見せた、スクリーンを使って相手守備に不利な選択を強い、できたギャップをチャンスに結びつける、というやり方は、まさに現代バスケットボールにおける攻撃時の振る舞いそのものだった。NBAなどでも、小柄な選手が大柄な選手の守備にスクリーンをかけてゴールに向かわせ、ミスマッチを作ったり、時にはそのまま空中でダンクさせるアリウープというプレーに繋げたりすることは非常に多い。「バスケットボールの戦術を導入」とはこういうことかと膝を打ったプレーだった。

 では、今回の戦術導入はなぜセットプレーから始まったのだろう。これはやはり、インピードの問題を回避するために、スクリーナーとなる選手がボールに関わりに行っているように見えるデザインが必要になるからではないだろうか。セットプレーなら、キッカーの技術さえ確かであれば、タイミングを合わせてスクリーナーがインピードの反則にならないような見せ方をすることが可能だからだ。

 また、サッカーにおいてセットプレー時の守備側は、通常守備時よりもマンツーマンで守る機会が多い、ということも一つの要因であるように思う。ゾーンで守っている選手はマークの受け渡しを前提としているため、スクリーンでギャップを作りにくくなる。マンツーマンで守る選手が多くなってこそ、スクリーンによるギャップの拡大が有効になるのだ。

 さらに、サッカーのセットプレーが最終的にはバスケットボールと同じく「高さ」という質的優位が武器になるプレーである、というところも親和性を高める要因かもしれない。

 今大会のイングランド代表の成功で、バスケットボールの戦術、動きをヒントとしたサッカーの戦術は、特にセットプレーにおいてはもっともっと増えていきそうだ。ゲームの質という面で似たような部分を持つ競技から与えられるインスピレーションがサッカーにどのような変化をもたらすのか、今後も楽しみにしていきたい。


Photos: Getty Images

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FIFAワールドカップイングランド代表セットプレーバスケットボール戦術

Profile

Kohei Aoi

愛知の片田舎出身・在住。バスケットボールをメインフィールドに、サッカーや野球、他の球技を眺め続けて幾十年の本業サラリーマン。Bリーグのブログではブースターのみならず、選手・フロントからも高い評価を受けている。正しい構造と意図されたカオスが好き。Twitter:@Nacky_FENGCD