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ワールドカップ初出場国から学ぶ、ジャイアントキリングの起こし方

2018.06.08

TACTICAL FRONTIER

サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか?すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。

 EURO2016のラウンド16でイングランドを破りベスト8入りを果たしたアイスランドは、続くロシアW杯予選でもクロアチア、トルコ、ウクライナがそろう激戦のグループを首位通過。ダークホースに過ぎなかった小国が、イタリアやオランダが脱落に追い込まれた欧州予選を勝ち抜いて初めてのW杯行きを決めた。

 一方、北中米カリブ海予選ではパナマがアップセットを起こしている。ヨーロッパの一線で活躍するドルトムントの俊英クリスティアン・プリシッチを擁する北中米の盟主アメリカを上回る偉業を成し遂げた。今回は、W杯初出場となる2つの小国の共通点から「限られたリソースを最大限に活用する方法」を考察しよう。

ダイナミックな育成改革

 パナマの人口は約400万人で、日本の静岡県(約370万人)に近い。アイスランドはその10分の1に満たない約33万人で、秋田県秋田市(約31万人)と変わらないレベルだ。さらにパナマは野球人気が高く、少ないリソースを2つのスポーツが取り合っているような状態にある。そんな中で、パナマとアイスランドが徹底的に取り組んだのは「育成システムの抜本的な改革」だ。

 近年の快進撃により欧州で一躍注目を浴びるようになったアイスランドは、指導者の質を高めるアプローチによって少ない人口を有効活用することに成功。サッカー協会が質の高い指導者を国中に派遣することによって、郊外の小さなクラブからも才能を抜擢できるシステムを完成させた。14歳向けのトレーニングキャンプでは、各クラブのユースから選手が集められ、栄養学や生活習慣の講義、A代表チームで活躍する選手との交流、国内トップレベルの指導者によるトレーニングといった充実のプログラムを経験する。

 選手を一定の強豪クラブから選出するエリート教育ではなく「包括的な育成」を目指すアイスランドは、すべての子供に世界屈指の環境を提供することを目指している。遅咲きの選手にも積極的にチャンスを与えており、アウグスブルクでプレーするアルフレズ・フィンボガソンは15歳の時にブレイザブリクのユースチームに加入。本格的にプロを目指し始めるのが比較的遅い選手にも機会を与えるために、アイスランドでは「選手のレベルを問わず、18歳までの選手は好きなクラブで練習参加できる」というルールが設けられており、10代後半まで芽が出なかった遅咲きの選手を指導者が見つけやすくなっている。育成改革を支えるのは15年近く前に始まったプロジェクトで、全天候型のグラウンドへの積極的な投資によって「一年中練習できる環境」を整えたことも成功に繋がった。

 パナマも同様に環境を整えることによって、多くの子供たちに機会を提供している。90年代のユース代表チームは砂利のグラウンドで練習しなければならない劣悪な環境に苦しみ、初期のプロリーグは野球場を借りて試合を開催せざるを得なかったという。そんな環境の中、パナマのユース代表は2003年にワールドユース(現U-20W杯)出場を決める。この偉業をきっかけに、多くの投資家がフットボールのポテンシャルに気づき、グラウンドへの投資が急激に増加。ビジネス的な価値の高まりを追い風に育成への注力が進んだ。

 特徴的なアカデミーとしては「GK専門のアカデミー」として知られる『Academia Solo Para Porteros PTY』があり、トップレベルの指導者をそろえ、座学で理論を学べる育成プログラムが用意されている。パナマの若い世代にも、育成改革の結果が出てきていることは間違いない。左ウイングのイスマエル・ディアス(21歳)はポルトBで57試合に出場し、15ゴールを記録。現在はデポルティーボBに移籍し、スペインの地で腕を磨く。中盤でプレーするリカルド・アビラ(21歳)は現在、ベルギーリーグのヘントのリザーブチームで激しい競争に挑んでいる。イタリアのパルマに引き抜かれ、現在はポルトガル1部のエストリルで活躍する23歳のストライカー、ホルマン・アギラルも代表の座を狙う。欧州組の増加は、北中米の小国にとって1つの明確なレベルアップの指標だ。

国際組織/近隣リーグの活用

 前回のブラジルW杯を分析するFIFAの技術会議はパナマで開催されており、多くの指導者が最先端のフットボールを学ぶことに成功した。アイスランドもUEFAの指導者ライセンス取得を義務化することで育成の質を保っている。

 「国際化」は1つのキーワードで、パナマは主力の多くがMLSでプレーしており、その経験が代表チームの組織的な守備を支えている。ビージャやジョビンコのような欧州トップレベルで活躍したアタッカーを抑え込む経験を国内リーグで積ませることは困難だ。アイスランド代表も、多くの選手を北欧のリーグに送り込むことで経験を積ませている。

 両国とも実力者は隣国のリーグでプレーしているが、その反面、国内ではリーグの規模が大きくないことを逆手にとって若手を積極的に起用しており、パナマの若手ストライカー、カルロス・エスモルは23歳の若さで90試合以上に出場している。国内リーグが隣国のスカウトに着目されていることは育成の成功を象徴する長所であると同時に長期的な育成を難しくする課題でもあるが、移籍金によって施設への投資が進むことで育成環境を整えられるピッチ外のメリットもある。

新たなメソッドをもたらす外国人監督の登用

 外から学ぶことに熱心な彼らは、指導者を国外から積極的に登用する。パナマのフットボールに革命をもたらしたのが、ギャリー・ステンペルだ。イングランドとパナマのハーフである彼は、ミルウォールから生まれ故郷に戻ると同時にパナマリーグで監督に就任。実績を評価されて就任したユース代表で才能豊かな若手を次々に抜擢し、チームをU-20W杯出場へと導くと、A代表の指揮官にまで上り詰めた。

 コーチングライセンスはイングランドで取得し選手とは得意のスペイン語でコミュニケーションを取る国際人は、泥臭く原石を磨き続けるタフな一面も兼ね備えていた。新聞販売で生計を立てていたルイス・ココ・エンリケスの交通費を自ら負担して練習に参加させ、選手として大成させたエピソードは有名だ。パナマ代表で90試合以上に出場しレフ・ポズナンで活躍したこの名DFを筆頭に、ステンペルは原石だった若者たちの運命を変えた。現在、パナマを率いているのはコロンビア国籍のエルナン・ダリオ・ゴメス。MLSで活躍するベテランを軸に堅実なチームを作り上げた確かなチーム構築力に加え、時にはゼロトップを採用する戦術的な柔軟性も兼ね備える。コロンビアとエクアドルをW杯へと導いた名将は、今回パナマを率いて世界で3人しかいない「3つの国をW杯に出場させた監督」の1人となった。ユース世代でもアルゼンチン国籍のレオナルド・ピピノを抜擢しており、この年代から世界基準の教育を徹底する。

 一方、近年のアイスランド躍進の基礎を作ったのはスウェーデン人のラーシュ・ラーゲルベックだ。9年にわたって母国スウェーデン代表を率いた経験豊かな指揮官は、アイスランド代表に就任すると多くのテクニカルスタッフを代表チームに雇用。セラピストが過密日程でも選手のコンディションを整えることを可能にし、分析用に試合の映像を残す目的でカメラマンまでスタッフに加える。ミーティングの回数を増やすことで、選手間の相互理解も深まった。プロの集団にサポートされた選手たちは、組織的な守備をベースに相手を的確に抑え込むチームへと変貌した。現在ラーゲルベックの右腕としてアシスタントコーチを務めていたヘイミル・ハルグリムソンがチームを引き継いで成功を収めているのは、テクニカルスタッフ改革の賜物だろう。

 限られたリソースを活用するために2つの小国は工夫を続けてきた。強豪国では目が行き渡らない細部にまで着目し、周辺国から学ぶ努力を怠らない。自陣ゴール前に人数を費やしての組織的な守備をベースに相手を誘い込んでの鋭いカウンターを得意とする彼らは、W杯本番でも番狂わせを狙う。勝利を引き寄せる努力を続けてきた彼らに失うものはない。


Photos: Getty Images

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FIFAワールドカップアイスランド代表

Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。