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「イニエスタは一生ベンチ」!? ドイツで始まる“時代への逆行”

2018.10.10

ドイツサッカー誌的フィールド


皇帝ベッケンバウアーが躍動した70年代から今日に至るまで、長く欧州サッカー界の先頭集団に身を置き続けてきたドイツ。ここでは、今ドイツ国内で注目されているトピックスを気鋭の現地ジャーナリストが新聞・雑誌などからピックアップし、独自に背景や争点を論説する。

今回は、ロシアW杯でのドイツ代表惨敗が引き金となり国内に広がる「ポゼッションサッカーは傲慢」という価値観への“回帰”に対する懸念と警鐘。


 ロシアW杯後の長い沈黙を経て、8月末の記者会見で驚くほどの謙虚さを持ってドイツ代表の早期敗退を分析してみせたヨアヒム・レーブだが、その中で特に際立った一言がある。

 「私の最大の過ちは、自分たちのポゼッションサッカーでグループステージを勝ち抜くことができると信じたことだった」

 これほど厳しい自己批判には、多くの人たちが驚かされた。と同時に、この言葉にはかなり不吉な示唆が含まれている――「ポゼッションサッカーは傲慢である」というものである。

 このテーゼは、ドイツがW杯であのように無残に散った今の時代精神と合致する。“ボールと遊ぶ”ことは副次的なものであり、より重要なのは闘い、ひたむきさ、強固な意志といった、前世紀のドイツが誰にも負けなかった要素である、と。「この大会は過去の精神と、原ドイツ的な美徳に対する憧憬を目覚めさせた」と『シュピーゲル』電子版はおののき、こう予見する。

 「ブンデスリーガのためにならない」

 ドイツサッカーは本当に、時代に逆行し発展する恐れがあるのだろうか?


“研磨工”への絶賛

 シーズン開幕直後に発売された『ビルト』紙日曜版が、デュッセルドルフを率いて1部に返り咲いた老将フリードヘルム・フンケルをどれだけ称賛したことか。“研磨工”であるフンケルの下での夏のキャンプは激しく、「選手たちは、これまでこんなハードな準備はしたことがないと言っている。毎日3部練で、インターバル走や重量挙げまである」。『ビルト』紙の記者たちの目には、これが新シーズンに向けた最高の準備に映ったらしい。

デュッセルドルフを昇格に導き、1部に挑戦する64歳の指揮官フンケル

 “研磨工”という言葉がどちらかと言うとネガティブな意味で使われていたのは、そう昔のことではない。ドイツ代表がそのフィジカルと強固な意志で、世界中で軽蔑されると同時に恐れられていた1980~90年代の後、20年におよぶ刷新により監督と選手たちは別の能力を身につけた。テクニックが洗練されるとともに、フラットなヒエラルキーの中で誰とでも同じ目線の高さで付き合うようになったのだ。

 しかし、「機嫌を悪くするドイツのこの夏は、過去の遺物と思われていた声や雰囲気を再び浮かび上がらせた」と『シュピーゲル』電子版は指摘する。飲み屋での会話の中だけでなく、テレビでの専門家たちの討論や、クラブ首脳陣たちの発言にも表れている。

 例えば、今夏のドルトムントの強化戦略の最優先事項は、頑強さと鉄のようなメンタリティをチームに植えつけることであった。中盤で主にプレーするのはカストロ(シュツットガルトに移籍)、ゲッツェ、バイグルからウィツェルやデラネイ、ダフードらに代わった。「バイエルンも以前よりアグレッシブにプレーする。なんせ監督はニコ・コバチなのだから」と『フランクフルターアルゲマイネ』。主要なエキスパートたちはこの変化を歓迎し、“弱者”はチャンスを守備とカウンターに見出している。


“非複雑”なサッカーへの理解

 新しい時代精神がドイツサッカーを捉えたのか、それともサッカーを格闘技のように考える保守的な勢力が盛り返したのか。サッカーに対するほとんどのドイツ人の考え方は、常に時代遅れであり続けたと確信しているのが『ツァイト』紙だ。彼らはこう綴る。

 「ナンバー1のサッカー大国であろうとするにしては、ドイツでのサッカーの理解は“非複雑”とでも言おうか。それは新聞、テレビ、飲み屋談義、文化面だけでなく、監督やベンチにおいてさえもである」

 大敗するたびに、この国は直感的に「選手たちの心がけが悪いからだ」と叫んできた。「フリーになる時の走りが良くなかったとか、パスを出すタイミングが早過ぎた、遅過ぎた、精確でなかった、クリエイティブさが足りなかったということはほとんど聞かない」と『ツァイト』紙は嘆く。

 スペインのスカウトが、ヘルタ・ベルリンについてこんな冗談を言っていたらしい。「ベルリンのこの地味なクラブでは、イニエスタのようなタイプは一生ベンチ要員で終わっただろう」と。もちろんこれは極端だが、ドイツの根本的なあり方をよく表している。

現ヴィッセル神戸MFアンドレス・イニエスタ

 グアルディオラがバイエルンを指揮し、レーブのスペインサッカー崇拝を蔑視する者はおらず、2014年のW杯王者が祝福された短い時代があった。だが今では、プレミアリーグの主流スタイルがお手本となっている。フィジカルを強調したシンプルなサッカーに対する嗜好が息を吹き返したことでブンデスリーガが非魅力的になることを、私たちは恐れなければならないだろう。


Photos: Getty Images, Bongarts/Getty Images
Translation: Takako Maruga

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FIFAワールドカップアンドレス・イニエスタドイツ代表戦術

Profile

ダニエル テーベライト

1971年生まれ。大学でドイツ文学とスポーツ報道を学び、10年前からサッカージャーナリストに。『フランクフルター・ルントシャウ』、『ベルリナ・ツァイトゥンク』、『シュピーゲル』などで主に執筆。視点はピッチ内に限らず、サッカーの文化的・社会的・経済的な背景にも及ぶ。サッカー界の影を見ながらも、このスポーツへの情熱は変わらない。